EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EY新日本有限責任監査法人 テクノロジーセクター 公認会計士 前田和哉
主に総合電機メーカーの監査業務に従事するとともに品質管理本部会計監理部において、会計処理および開示制度に関する相談業務などに従事。2018年から2020年の間、金融庁企画市場局企業開示課に在籍。業種は、情報通信、ソフトウェア、産業機器、民生機器など。
要点
テクノロジー業界では、すでに統合報告書やサステナビリティレポートなどの任意の開示書類でサステナビリティ情報の開示を行い、投資家との対話を積極的に行っている企業があります。
ESGの課題にはさまざまなテーマがあり、その重要性も各企業で異なると考えられます。すでに開示が行われているテクノロジー企業の開示内容から、テクノロジー企業において重要と考えられるテーマや現状の開示に対する課題や取り組むべきポイントについて解説します。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。
テクノロジー企業がサステナビリティ情報として開示しているテーマは、主に気候変動リスクと人権や多様性などの人的資本への取組みが挙げられます。これらのテーマは、テクノロジー企業にとって、重要な経営課題として認識されていることから、その重要性を踏まえて開示に至っているものと考えられます。
気候変動リスクに関する開示は、TCFD※1の枠組みに沿って「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の観点での開示が行われています。
「ガバナンス」では、多くの企業がサステナビリティを議論する会議体を取締役会とは別に設置し、当該会議体と取締役会などとの関連性について図示しながら開示しています(<図1>参照)。
出典:セイコーエプソン株式会社 Sustainability Report 2021
※ 詳細はセイコーエプソン株式会社ウェブサイトをご覧ください。
www.epson.jp/SR/report/
「戦略」では、シナリオ分析が重要な開示要素となります。この点、TCFD提言に沿った2°Cシナリオ※2や、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の1.5°C特別報告書に基づく気候変動による影響を開示している企業が多くあります(<表1>参照)。シナリオ分析に関する開示は、例えば財務影響に関する定量的な情報など、その他の開示項目と比べて難易度が高いと考えられます。
出典:セイコーエプソン株式会社 Sustainability Report 2021
※ 詳細はセイコーエプソン株式会社ウェブサイトをご覧ください。
www.epson.jp/SR/report/
「リスク管理」では、気候変動関連のリスク評価が全社的なリスク評価プロセスによって行われることが多いことから、気候変動関連に特化したリスク評価プロセスではなく、この全社的なリスク評価プロセスを開示している企業が多く存在します。
リスク評価プロセスの開示としては、企業における重要なリスクの特定方法を具体的に開示することが重要と考えられます。<図2>は影響度と発生可能性の観点から重要なリスクを特定している開示例です。この他、ステークホルダーの関心度や重要性と企業にとっての影響度の観点から重要なリスクを特定する例もあります。
出典:富士通株式会社 Sustainability Data Book 2021
※ 詳細は富士通株式会社ウェブサイトをご覧ください。
www.fujitsu.com/jp/about/resources/reports/sustainabilityreport/2021-report/
「指標と目標」では、企業の戦略とリスク管理プロセスに即して気候関連のリスクと機会を評価するために用いる指標のほか、温室効果ガス(GHG)総排出量の削減目標について、Scope 1、Scope 2およびScope 3※3についても開示している企業があります。なお、指標と目標については、その実績値も含めて開示することが重要となります。これらのデータについては、データブックとして別冊としている企業が多くあります。
気候変動リスクの開示については、現在の企業価値に影響を及ぼさない場合であっても、将来生じ得る影響を踏まえて開示を行う必要があり、そこに難しさがあると考えられます。
このように不確実な情報の開示には、開示内容の前提を示すことが重要になると考えられます。そのためには、経営者がどのようにリスクを捉え、その対応策を検討しているかが重要であり、気候変動リスクを評価するガバナンス体制を整備することが重要と考えられます。
人的資本の開示については、多様な人材の雇用、経営リーダー層の育成や役員のダイバーシティの強化に関する開示が行われています。また、指標として、例えば、女性役員比率や女性管理職比率、障害者雇用率、社内認定制度の認定者などが定められています。
人的資本に関する開示についても、気候変動リスクの開示と同様に、経営者が人材についてどのように課題を認識しその対応策を検討しているかという観点での開示が重要と考えられます。このため、単に指標を掲げるのではなく、経営戦略に関連した開示を行うことが重要と考えられます(<図3>参照)。
出典:コニカミノルタ株式会社 統合報告書2021
※ 詳細はコニカミノルタ株式会社ウェブサイトをご覧ください。
www.konicaminolta.com/jp-ja/investors/ir_library/ar/ar2021/index.html
統合報告書などを作成し、サステナビリティ情報の開示を行っているテクノロジー企業は限定的です。一方で、2021年11月に国際サステナビリティ基準審議会が設立され、また日本でも金融庁においてサステナビリティ情報の有価証券報告書での開示の議論が行われるなど、サステナビリティ情報の開示を取り巻く環境は急速に変化しています。
今後、サステナビリティ情報の開示の枠組みが大きく変わる可能性があるため、これらの動向に留意しつつ、企業価値向上に向けた投資家との建設的な対話に資するサステナビリティ情報の開示の充実を図ることが重要と考えられます。
※1 気候関連財務情報開示タスクフォース
※2 地球の平均気温を産業革命以前の平均気温から2°Cまでの上昇に制限できるエネルギー・システム展開経路および排出曲線を示したもの。
※3 Scope 1:企業自ら直接排出した温室効果ガス排出量
Scope 2:他社から供給されたエネルギーを使用することによる温室効果ガス排出量
Scope 3:サプライチェーン全体からのScope1、Scope2以外の温室効果ガス排出量
ESGの課題にはさまざまなテーマがあり、その重要性も各企業で異なると考えられます。すでに開示が行われているテクノロジー企業の開示内容から、重要と考えられるテーマや現状の開示に対する課題や取り組むべきポイントについて解説します。
テクノロジーは、ビジネス転換の中心にあり、組織がビジネスおよびオペレーティングモデルを変革して、競争圧力に迅速に対応することを可能にするものです。
ディスラプションの推進者であり、実践者であるテクノロジー企業。ディスラプト(破壊)する側とされる側、どちらになりますか?
企業会計ナビでは、会計・監査や経営にまつわる最新情報、解説記事などを発信しています。