I. はじめに
減損テストを目的とした価値算定の相談が増えています。相談内容は多岐にわたりますが、その背景としては、以下のような点が挙げられます。
- 新型コロナウイルス感染症の影響による業績の悪化に伴い、減損テストの必要性が生じている。
- 会計基準に準拠した適切なプロセスに沿って実施する必要があるが、単純に必要な手続き・分析および減損の要否を判断できない点が多い。
- 不動産や機械設備などの有形固定資産および、のれんを含む無形資産など、減損テストの対象となる資産の価値算定について手法や内容を理解する必要がある。
- 海外拠点の事業に関する減損テストを実施する際に、その使用価値の算定などにおいて、日本国内の事業における減損テストにはない追加的な留意事項を把握する必要がある。
以下で、減損テストのために実施する価値算定の実務上、しばしば論点となるポイントの一部を紹介します。各種用語や規定は、国際財務報告基準(IFRS)を想定して記載していますが、その他の会計基準を適用している場合でも参考になるでしょう。
II. 具体的論点
1. 新型コロナウイルス感染症の影響
2020年4月10日に企業会計基準委員会から「会計上の見積りを行う上での新型コロナウイルス感染症の影響の考え方」の議事概要が公表されており、特に将来キャッシュ・フローの予測を行う際の留意事項が示されています。しかし、使用価値などの算定においては、将来キャッシュ・フローのみならず割引率も重要な要素となります。実務的には資本資産価格モデル(CAPM)などを用いて割引率を算定することが一般的ですが、割引率算定に際して使用する各種市場データが新型コロナウイルス感染症の影響を受けて一時的に不適切なものとなっていないかという点については慎重に検討する必要があります。また、一部では新型コロナウイルス感染症に伴うリスクの増大を追加リスクプレミアムとして割引率に反映する実務も見受けられますが、当該プレミアムの水準に係る定量的な根拠や、将来キャッシュ・フローの予測に織り込まれている前提との重複を回避する必要がある点については留意が必要です。
2. 資金生成単位の帳簿価額の整合性
減損テストの実施に際しては、回収可能価額の算定と整合した資金生成単位(以下、CGU)の帳簿価額を特定する必要があります。仮に将来キャッシュ・フローを生成するために使用されている資産がCGUの帳簿価額に網羅的に含まれない場合には、減損金額が過少に算出される可能性があります。実務的には売掛金や買掛金などの運転資本、リース、年金債務、繰延税金資産などの取り扱いが論点となり得ます。各項目について一律に含めるべきか否かの結論があるわけではなく、将来キャッシュ・フローの基礎となる前提との整合性を踏まえて判断する必要があります。
3. 税引前の割引率の考え方
使用価値の算定においては税引前の割引率を使用することが求められています。しかし、税引前の割引率を観察可能なデータに基づいて算定することは困難であるため、実務的には税引後の将来キャッシュ・フローに税引後の割引率を適用して使用価値を算定することが一般的です。なお、当該論点については、2020年3月に国際会計基準審議会(以下、IASB)から公表されたディスカッション・ペーパーにおいて、税引後の割引率の使用を認める方向で、IASBの予備的見解が示されています。
4. 海外CGUに係る留意事項
日本企業による海外企業の買収の増加などに伴い、海外拠点を含むCGUに係る減損テストの必要性が増加しています。海外拠点を含む減損テストにおける価値算定上の留意事項は多岐にわたりますが、基本的な論点の一つとして将来キャッシュ・フローと割引率の通貨の整合性が挙げられます。例えば、外国通貨建ての名目ベースの将来キャッシュ・フローに対しては、当該通貨建てのインフレ率を加味した名目割引率を適用するべきと考えられます。特に新興国においては相対的に高い割引率が算定される可能性があるため留意が必要です。
5. 有形固定資産に係る価値算定依頼時の留意事項
将来キャッシュ・フローの改善が困難な場合など、使用価値が処分費用控除後の公正価値を下回ることが見込まれる際に、不動産および機械設備などの有形固定資産の価値算定を専門家に依頼するケースが多く見られます。有形固定資産の価値算定の前提となる「価値」にはさまざまな定義がありますが、減損テストにおいては「処分費用控除後の公正価値」を算定することが重要です。減損テストを行うために企業結合時の取得原価配分(PPA)に採用される「継続利用前提の公正価値」を算定している事例が時折見受けられますが、減損テストの目的に照らして妥当性を欠くと判断される可能性があります。価値算定を専門家に依頼する場合には、評価利用目的が減損テストであり、会計基準上、「処分費用控除後の公正価値」を算定する必要がある旨を依頼時に明確に伝えることが重要です。
6. 不動産の土壌汚染に係る留意事項
不動産の処分費用控除後の公正価値の算定に際しては、市場参加者の観点に立って、不動産市場で実際に売却可能な水準の価値を算定する必要があります。化学工場や石油・ガスプラントなど土壌汚染の可能性がある土地が評価対象に含まれる場合には、特に留意が必要です。過去の土地使用履歴や管理状況などから土壌汚染の懸念がある場合、まず「フェーズ1調査」と呼ばれる机上による初期的調査を専門家へ依頼することが望ましいと考えられます。