国内大規模工場新設エリアにおける地価動向等の考察

情報センサー2024年11月 Trend watcher

国内大規模工場新設エリアにおける地価動向等の考察


近年の円安進行に伴う諸外国と比べた国内生産コストの相対的な低下等を背景に、生産製造拠点の国内回帰の動きが予想されます。本稿では、日本政府の後押しによって既に新設された、または新設が予定されている、半導体関連機器部材生産工場の周辺地における地価動向等について考察します。


本稿の執筆者

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 バリュエーション、モデリング&エコノミクス 七谷 文啓

金融機関において不良債権の投融資業務および不動産NRL等のストラクチャードファイナンス業務、不動産セクターおよびフィナンシャルスポンサーセクターのカバレッジ業務に従事。EYでは、M&Aや資本政策、不動産流動化に係るアドバイスなどのアドバイザリー業務に従事。

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 バリュエーション、モデリング&エコノミクス 原 裕揮

不動産鑑定士。会計・税務目的の有形固定資産(動産・不動産)の時価評価をはじめ、不動産アドバイザリー業務、不動産デューデリジェンス/価値算定業務、ホテル・商業施設等に係る市場調査/フィージビリティスタディ業務等に従事。



要点

  • 日本は世界における主要な半導体関連機器部材生産拠点の1つ
  • 熊本、北海道、宮城における工業地の2024年平均地価公示価格が2023年に比し10%超の上昇
  • 国、地方、事業者が一体となって地域経済の発展に寄与


Ⅰ はじめに

近年の継続的な米ドル高円安基調、世界的な半導体不足、サプライチェーンの複雑化、地政学的リスク等を背景に、日本各地で大規模な製造工場、特に半導体工場の新設が相次いでいます(<表1>参照)。日本政府は2021年に策定した「半導体・デジタル産業戦略」を2023年に改定し、半導体や蓄電池に関する取り組みのみならず、生成AIを念頭においた情報処理基盤の構築や、データセンターの分散立地をはじめとする高度情報通信インフラの整備などの取り組みを後押ししており、熊本県へのTSMC(台湾積体電路製造)工場誘致に際しては巨額(最大1.2兆円)の補助金を交付するなど、官民一体となった競争力強化に努めています(2024年8月時点の各種公開情報に基づき執筆)。


Ⅱ 半導体工場新設エリアにおける地価動向等の考察

新工場の建設により、周辺地域における雇用の創出、税収の増加、人口流入による消費の活性化等の効果が期待されます。国土交通省が公表している毎年1月1日時点の地価公示によれば、工場誘致の効果は既に土地価格に反映され始めていることが確認でき、特に、規模が大きく注目度の高い熊本県、北海道、宮城県における工業地の平均公示価格は、対前年変動率で10%を超えるなど、今後も堅調に推移していくものと予想されます(<表2>参照)。

上記3道県内の工場新設地である熊本県菊陽町(TSMC)、北海道千歳市(ラピダス)、宮城県大衡村(JSMC)における近年の人口増減について確認してみると(<表3>参照)、いずれの地域においてもまだ顕著な人口増加の傾向は認められないものの、今後、当該工場のみならず当該工場に関連する企業の従業員やその家族による住宅需要が顕在化するとともに、その他商業施設・宿泊施設の増設に伴う人口増加も期待されます。

熊本県では、大規模半導体工場の県内進出に伴い、中核都市として物流拠点機能を担うべく、企業誘致のための区画整備を進め、2024年6月には物流大手ESRと「県南地域の発展に向けたやつしろ物流拠点構想の推進に関する覚書」を締結しています。本覚書では、1. モノを集め、販路を拡大するための多様な取組みの展開、2. 国際貿易港を中心とした物流拠点を支えるソフトインフラの充実、3. フードバレー構想や国際クルーズ拠点港の好機等を最大限に活かす民間投資等の誘発、の3事項を中心としており、今後、熊本県経済への波及効果が予想されます。北海道千歳市では、ラピダスの進出を契機に、市民や事業者に対して適切な情報発信を図る目的で、半導体関連情報を一元化した千歳市半導体情報ウェブサイト*を開設しています。同サイトによれば、2024年夏から秋ごろには最大で4,000人を超える従業員が市内で生活することになるため、地域経済への寄与が期待されます。宮城県は2024年2月に、「半導体国内生産拠点の安定操業、関連産業集積及びサプライチェーン強靭化に関する要望書」を国に提出しています。同書では、1. 半導体生産拠点の円滑かつ安定的な操業と関連産業の集積促進、2. 地域の雇用環境に配慮した半導体人材の安定的な確保・育成、3. サプライチェーン強靭化を下支えする道路・港湾・空港の整備、4. 海外半導体人材の受入環境整備及び国際交流推進等に関する支援策や制度の整備、等を要望しています。


Ⅲ おわりに

前述のように、大規模工場の新設により、雇用創出や地価上昇等を通じて、地域を超えた経済波及効果が見込まれます。国および行政においては、人材の育成や確保、交通インフラの改善といった課題に事業者と一体となって対応するとともに、今後日本が世界のキープレーヤーの一国となることへの継続的なサポートが求められるでしょう。

EYでは、産業連関分析・応用一般均衡分析・自己回帰分析等を含むさまざまなモデルの中から目的に適したモデル設計を行い、経済波及効果のみならず、雇用創出効果や税収効果の計測に関するソリューションを提供し、より良い意思決定をサポートしています。

(2024年8月時点の各種公開情報に基づき執筆)
 

表1 国内における半導体工場新規投資

地域

企業

製品

2024年

三重県四日市市

キオクシア

フラッシュメモリー

2024年

岩手県北上市

キオクシア岩手(キオクシア)

フラッシュメモリー

2024年

石川県能美市

加賀東芝エレクトロニクス(東芝)

パワー半導体

2024年

熊本県菊陽町

JASM(台湾TSMC)

ファウンドリー

2024年

宮崎県国富町

ラピダスセミコンダクタ(ローム)

パワー半導体

2024年

山梨県甲斐市

ルネサスエレクトロニクス

パワー半導体

2025年

広島県東広島市

マイクロンメモリジャパン

DRAM

2027年

北海道千歳市

ラピダス

ファウンドリー

2027年

宮城県大衝村

JSMC(SBI HD・台湾PSMC)

ファウンドリー

出典:2024年8月時点の各社公開情報を基に作成


表2 熊本県・北海島・宮城県の工業地における地価公示価格の推移 単位:円/㎡

熊本県

北海道

宮城県

2022年

40,600 (  1%)

22,400 (  4%)

36,500 (  8%)

2023年

42,500 (  5%)

25,100 (12%)

38,900 (  7%)

2024年

46,800 (10%)

26,900 (  7%)

44,100 (13%)

出典:国土交通省 地価公示
 

表3 各市町村における人口の推移 単位:人

熊本県菊陽町

北海道千歳市

宮城県大衡村

2022年

43,449 (1%)

97,172 (0%)

5,650 (▲2%)

2023年

43,673 (1%)

96,965 (0%)

5,569 (▲1%)

2024年

43,811 (0%)

97,173 (0%)

5,538 (▲1%)

出典:各市町村公表資料を基に作成

* 北海道千歳市「最先端の半導体を千歳市から世界へ」、chitose-semiconductor.jp/ (2024年10月2日アクセス)


サマリー

近年の円安進行に伴う諸外国と比べた国内生産コストの相対的な低下等を背景に、生産製造拠点の国内回帰の動きが予想されます。本稿では、日本政府の後押しによって既に新設された、または新設が予定されている、半導体関連機器部材生産工場の周辺地における地価動向等について考察します。


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