EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) ストラテジー・アンド・トランザクション
インオーガニック・ストラテジー・アドバイザリー統括 小原 林也
経営戦略、クロスボーダー、DX、M&Aをテーマに、20年以上の経営コンサルティング経験を有する。近年は、クライアントの「仕掛けるM&A」の戦略立案に関与し、M&Aコンサルタントとして、日系企業向けにクロスボーダー、新規事業開発、業界再編関連のM&A/コンサル案件を支援。EYにおけるM&A戦略部門であるインオーガニック・ストラテジー・アドバイザリーの統括。EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) パートナー。
要点
古代ギリシャ時代の哲学者アリストテレスは、変化なしに時間は存在しないと考えたと言われています。私たちが時間と呼ぶものは、ビフォー、アフターの差を計測したものにすぎず、日常的に体感する時間はゆっくり推移することもあれば、飛ぶように過ぎることもあります。この変化のインパクトの大きさによって、長くも短くも感じるものです。
2020年春に世界で起きた新型コロナウイルス感染症(COVID-19、以下、新型コロナ)の流行に前後して、M&Aに対する考え方も変わってきたと言えるのではないでしょうか。新型コロナが流行する直前までは、日系企業は①グローバル事業展開のさらなる推進に向けたM&A②周辺領域における新規事業開発のためのM&Aの2つが核でした。新型コロナの流行と重なるように、ESG/SDGsに対する取組みの重要性が増してきたこともありますが、新型コロナの流行以降、これら2つのM&Aの方向性から新しい変化が見られます。本稿では、企業の事業戦略、特にM&A戦略に大きなインパクトを与えている次の4つの変化のトレンドについて解説します。
最初に「DX」です。新型コロナの流行により、われわれの生活が新常態へ移行したことで、世界のDX化は5年以上未来へ時計の針を進めたと言われています。われわれの“働き方”が新しいステージへ進んだことだけではなく、さまざまなテクノロジーの成果が実用化され、デジタルが企業変革を推し進めたのは間違いありません。
そのDXプロジェクトを進める際、自社にとってのDXとは何か、顧客にとってのDXとは何かを真剣に議論することがより重要となってきています。IT化とは異なり、ITとトランスフォーメーションを同時に進めることができる人材は非常に少なく、DXの取組みを加速化させるために、外部から有識者を取り込むことが近道となるケースもあります。そういった観点からすると、DX推進の手段として、外部の力を活用する、オープンイノベーション、CVC、直接出資という選択肢が出てきます。これらの考え方の変化もあり、近年のテクノロジー関連のM&Aは爆発的に増えたと考えられます。グローバルでのテクノロジー企業関連のM&Aの増加は顕著ですが、日本においてもそのトレンドは起きています(<図1>参照)。
現代の企業経営において、新事業への進出、新しいビジネスモデルの確立には新しいテクノロジーの採用を抜きにしては語れず、事業領域を拡大させるためのエンジンとして、新しいテクノロジーの採用が進んでいます。今ほど新しいテクノロジーを変革に生かすタイミングはないとも言えます。逆の言い方をすれば、そのテクノロジーを慎重に、かつ、大胆に選択していくことが経営に求められるようになったと言えます。今、新しいテクノロジーを獲得するためにM&Aをいかに活用して適切なビジネスモデルを創出できるか、これにより、この先10年、20年の企業の競争力は異なってくるのではないでしょうか。
次に「ローカライゼーション」についてです。新型コロナの流行以前から、地政学の観点から中国、米国、欧州をはじめグローバルのバリューチェーンの考え方が変わりつつありました。グローバルの覇権主義の考え方が強まることで、グローバルで完結していたバリューチェーンから、国内でも補完可能なバリューチェーンの再構築がクローズアップされていました。これに加えて、新型コロナの流行により、ローカライゼーションを意識することが増えたのではないでしょうか。
3~5年かけて進めればよかったであろうバリューチェーン改革を、次の数カ月で進めなければならなくなったという点で、新型コロナの流行はバリューチェーン改革においても非常に重要なイベントだったと言えます。グローバルレベルで、ローカライゼーションされたバリューチェーンへの移行を加速化させる必要性が増したと言えます。
これらの状況を受けて、日本国内のバリューチェーン強化を目的にしたM&Aの件数も増えています。新型コロナの流行以降、海外へのM&A(In-Out)は落ち着き、国内同士のM&A(In-In)が増えてきています。
これは、バリューチェーンを国内でも充実化させる動きであったり、新しい国内経済圏の構築を目指した再編であったりというものが多いようです(<図2>参照)。
グローバルで競争力を維持するためにも、グローバルでのバリューチェーンの見直しを進めるとともに、国内の補完的なバリューチェーンの再構築も同時に進めることで、よりレジリエントなバリューチェーンへ変えていくことが必要となっているのではないでしょうか。
3つ目に「サステナブル」についてです。これは新型コロナの影響というよりは、時を同じくして進んだESG/SDGs、脱炭素への関心の高まりによる影響のほうが大きいのかもしれません。ただし、先ほど述べたローカライゼーションの影響も受け、このトレンドが加速したとも言えます。旧来型の化石燃料関連の事業売却、再生可能エネルギー、水素等の新エネルギーを中心とした新しいバリューチェーン/エコシステムの確立を目指したパートナーシップは、ここ数年で急激に増えたと感じます。
これらの新市場の形成によって、企業M&Aのテーマにも、脱炭素、再生エネルギー、新エネルギーというキーワードが多く取り上げられるようになりました。これらの事業を対象としたM&Aは19年以降、再度盛り上がりを見せています(<図3>参照)。
一方で、脱炭素、再生可能エネルギーといったテーマで、事業売却をいくら進めても、真の意味でサステナブルになったとは言えません。経営者として目線を上げ、自社だけではなく、社会全体としてサステナブルとなっていくためには「Decommissioning & Rebuilding(閉鎖と再構築)」、つまり、その仕組み自体を完全に廃止し、新しい仕組みを構築しない限り、全体最適化はなし得ません。現代においてサステナブルは企業経営の最重要テーマの1つであり、これを抜きに企業経営を行うことはできません。事業ポートフォリオの見直しにおいても、今まで以上に高い視座からサステナブルを考えていくことが求められているのではないでしょうか。
最後に「企業統治」についてとなります。企業とは何か、社会に対してどのように貢献するのか、企業に求められる責任は、一昔前と比べてもここ数年で大きく変わってきました。今までよりも透明性が求められるようになり、企業経営者の責任がより問われるようになりました。
海外のプライベートエクイティファンドから日系企業に対する株主提案の数は年々増えており、21年は過去最高の水準となりました。その多くが否決、取り下げという結果となっているものの、特別配当等の株主還元、取引先などとの株式の持ち合い縮小や親会社からの「天下り」禁止などガバナンス(企業統治)強化を求める内容が多く出ました(<図4>参照)。
企業側である経営陣と株主の関係性が、今まで以上に透明で緊張感がある関係になることで、ガバナンスの見直しをテーマにした株主の交代等も今後さらに増えていくことが予想されます。これらの状況を踏まえ、自社の企業統治を主観性だけではなく、より客観性をもって評価し、それをモニタリングする機構へ変革していくことが必要なのではないでしょうか。
「DX」「ローカライゼーション」「サステナブル」「企業統治」の4つのトレンドが加速することによって、今後もM&A業界はより大きな再編や、インパクトのある案件が起きると想定されます。現代の企業経営において、M&Aは必須のツールとなってきており、CxOアジェンダの中心的なテーマの1つと言えます。
トレンドに飲み込まれるのではなく、自らトレンドを作り出し、主役になっていくことで、そのイニシアチブをとることができます。企業が在りたい姿を描き示し、事業戦略を実行に移すためにも、トレンドを見極め、M&Aの時機を逃さないことが求められるのではないでしょうか。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行以降、M&A業界は、グローバル事業展開、新規事業開発中心から、DX、ローカライゼーション、サステナブル、企業統治という4つのトレンドにより変化しました。M&A巧者として勝ち続けるために、見極めるべき変化の4つのトレンドについて解説します。
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