EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
建設・不動産セクターは、大量の資材を使用し、建物や構築物は使用期間が長いことから、排出量ベースで全産業セクターの37%(2021年国連環境計画調べ)を占める、気候に重要な影響を与えるセクターです。企業自体も、今後の気候関連の政策やマーケットのシナリオによっては大きく経営環境に影響を受けます。
本稿では、2021年3月期の建設・不動産セクター企業のTCFD開示状況と、気候関連の経営戦略に対する各社の認識を振り返ります。また、今期のTCFDの改正や今後の開示の検討課題をご説明します。なお、文中の意見にあたる部分は筆者の見解であり、所属する組織のものではない点をご承知おきください。
第1章
気候の激甚化や制度面の変更は、企業にリスクをもたらすと同時に、機会をももたらしています。
建物や構築物は建設過程で大量の資材を使用することから、カーボンプライシングが導入された場合には建設費が大きな影響を受けることが予想されます。カーボンプライシングの価格や導入時期も、現段階では見通せません。また、資材メーカーも今後生産過程で推進される技術革新や、費用の全てを建設・不動産メーカーに転嫁するとは限らないことから、現段階での影響額は不明です。ただ、大手住宅メーカーの試算では、仮に建設費を1万円/tとした場合、主に資材費に200億円弱の影響があるとしています。価格を顧客に転嫁できた場合でも売り上げや受注に影響を与える可能性もあり、今後の経営上のリスクと言えます。
建物や構築物の取り扱う資材数は非常に多く、また、購入先は国外にも及ぶとともに重層的な構造を持っています。資材納入先の工場が水没や災害にあった場合には、工事の中断や、代替品の調達に伴うコスト増、さらには工期を守れないことによるペナルティーのリスクがあります。
保有資産の環境面での規制対応リスクとしては、気候が激甚化して気温が上昇した場合の省エネルギー追加投資や追加管理費用が挙げられます。また、水害や海面上昇に対応する災害対応コストのリスクもあります。保有不動産は環境に対応する性能によって差別化され、市場価値や家賃に反映される時代になる可能性があります。今後の気候関連への投資が、業績や財政状態に大きな影響を与える事業環境になるものと思われます。
ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)やZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)などの新たな需要や投資が見込まれ、技術力や企画力に優れた会社が、商品の差別化を果たして市場で有利なポジションを占める可能性があります。既存の設備の省エネルギー投資やリニューアル工事需要も見込まれます。また、気候激甚化による災害復旧、予防に伴うインフラ更新需要も期待できます。
第2章
投資や融資に資する情報開示を行うには、数値の説明やシナリオ分析の質の向上が重要です。
TCFDは、金融市場から見た投資や融資に資する情報開示の仕組みです。会計情報と同様に経年で比較ができ、会社間での比較が可能なことを志向しています。このことから、投資家目線の温室効果ガスの排出量の指標や、実績の理解に資する定性的な情報や説明、補助資料の充実が期待されます。温室効果ガスの開示については、自社の事業活動の中で排出されるSCOPE1、2と、サプライチェーンの中で排出されるSCOPE3とを分けて開示することが求められています。多くの会社は3~4年の経年での温室効果ガスの排出実績を目標に、対比した形で開示しています。一方で、現状は数字を経年で比較した場合に数値が急に増減することや、同規模の同業者間でもかなり排出量の水準が異なるなど、情報の利用者が分析しにくい場合もあります。マネジメント自体の数字の増減に関する説明があればより有効です。
また、温室効果ガスの排出量についての算定方針や引用したデータの開示も有効です。GHGプロトコルでは、建設業は建物の引き渡し時に一括して温室効果ガスの排出量を耐用年数分計上するルールになっています。増減の数字の裏側にある完成引き渡し面積や使用した耐用年数、原単位の使用データの開示などがあれば、数字の理解や分析が可能となります。
シナリオ分析では、定性的、定量的な説明と結論があると良いと考えます。シナリオ分析の結果、リスクの影響を定性的に「大」とだけ評価して終わっているケースもあり、会社がレジリエントなのか十分な説明が必要です。また、投資家が重視しているポイントについては、結果だけでなく、その仮定や影響が小さいとした理由も含めてストーリーの質を向上させるという観点から、有効と考えます。
一例を挙げると、自然災害が多く海に面している日本では、不動産セクターでは一般的に、4度シナリオで気候が激甚化した際の災害リスクは大きいのではないかという外国人投資家の懸念があり得ますが、実際の開示を見ると、影響はほぼないとだけ分析している会社もあり、すぐには理解が難しいケースもあります。判断根拠も合わせた開示をすることで、投資家の理解が深まり、納得感も高まると考えます。
第3章
開示ルールの改正は、開示の質向上のための機会となります。
TCFDは、利用者からは整合性を取ることや企業間の比較が難しく、改善してほしいという声が多くありました。今回、4つの要求項目のうち「戦略」と「指標と目標」について新たな記載項目のガイダンスが設けられました。開示は推奨ベースであることは変わりませんが、今後検討することをお勧めします。
「戦略」に係る改正
・移行計画 目標を設定されているときの具体的な活動とスケジュール
・財務影響 実際の影響、および将来の潜在的影響
(収益、費用、資産、負債、資本、キャッシュフローに与える影響)
「戦略」については、気候関連の目標を定めている場合の移行計画の開示です。
例えば建設会社で排出量の50%減などの削減計画を目指す場合に、当初3年間は使用重機の燃料の工夫で進める、次の3年間は重機のEV化で対応する、その後は資材の技術革新が実を結んで活用していく、というような具体的な活動とスケジュールの開示が推奨されています。
また、財務的影響は実際の影響額と共に将来の潜在的影響額を示すことになります。影響額は利益や費用に対するインパクトの開示が主ですが、今回のガイドラインでは、資産、負債、資本、キャッシュフローへ与える影響への開示も検討するよう求めています。
「指標と目標」に係る改正
① 温室効果ガス排出量
② 移行リスク
③ 物理リスク
④ 気候関連機会
⑤ 資金配分
⑥ 内部炭素価格
⑦報酬
SCOPE1,SCOPE2,SCOPE3の開示
移行リスクがある資産の額や割合
物理リスクがある資産の額や割合
気候関連の機会で期待される収入の額や割合
気候関連で投じられる設備や投融資の額
使用される内部炭素価格
気候関連の成果に関して支払われる報酬制度
「指標と目標」についても、開示推奨項目が温室効果ガス排出量以外にも増えて7つの指標と目標が例示され、この中から選択や選定を行うことが推奨されます。移行リスク、物理リスク、気候関連機会については、影響を受ける資産の額や割合を具体的に示すことになります。例えばZEHやZEBなどの新たな製品の販売が拡大する計画の場合は、総売り上げに対する割合や販売予定棟数などを開示します。また、浸水リスクのあるエリアにある不動産については、総資産に占める割合などの記載が考えられます。
また、ガイダンスでは投資家が特に関心のある以下の事象を前提とした丁寧な説明が求められています。
・厳しい排出制限と高額のカーボンプライシングを選定にした経済環境
・気候激甚化によるサプライチェーンの寸断や作業条件への影響。保有ポートフォリオへの影響
・ZEBやZEH。省エネルギー関連の事業機会獲得
TCFDは新しい制度で、開示の面ではまだ発展途上の制度と言えます。また、建設・不動産業は長期の供用資産である建物や構築物を提供するという業種の特性があります。建設・不動産業の気候関連への貢献が正しく評価されるよう、今後制度の改善や業界としての連携を図ることが重要となります。