サプライチェーンのESGリスクに対処するために法務部門が取るべき4つの行動

サプライチェーンのESGリスクに対処するために法務部門が取るべき4つの行動


各社の法務部⾨は、早急に、自社のサプライチェーンのサステナビリティリスクを特定し、軽減するための体制を率先して整備するよう求められています。


要点

  • ステークホルダーの関心は、サプライヤーを含む企業のバリューチェーン全体の環境活動や労働環境にまで広がっている。
  • その結果、多くの企業が抱えるリスク範囲も広がっており、また、報告義務の対象も拡大している。
  • 法務部門は、時勢に応じた、既存・新規サプライヤーをマネジメントするサステナビリティ基準の策定・適用を行うという、重要な職責を担っている。

EY Japanの視点

サステナビリティに関する開示義務の拡大は世界的な傾向であり、日本でも開示府令が改正され、2023年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等において「サステナビリティに関する企業の取組みの開示」が必要となります。

規制当局やマーケットにおけるサステナビリティに関する情報への関心は高まるばかりで、今後もこの傾向は続くとみられています。各企業は自社における取組みにとどまらず、サプライヤーを含むサプライチェーン全体においてサステナブルな経営体制を構築することが求められており、日本でも「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」が2022年9月に公表されています1

サプライチェーンのサステナビリティについては、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック対応を含む安全衛生、カーボンニュートラル対応を含む環境保護・気候変動対策、個人情報保護を含むサイバーセキュリティ、自然災害リスク、地政学リスク、人身売買や奴隷労働などの人権侵害リスク、反社会的勢力の排除など、検討課題は極めて多岐にわたる分野に及び、法務部門に求められる役割も拡大しています。このため、法務部門の業務効率化の重要性が飛躍的に高まっており、「リーガルオペレーションズ」への関心も増加しています。

1. 経済産業省「日本政府は『責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン』を策定しました」、https://www.meti.go.jp/press/2022/09/20220913003/20220913003.html(2023年3月30日アクセス)


EY Japanの窓口

松田 暖
EY Japan Law リーダー EY弁護士法人 代表弁護士
 

規制当局、消費者、投資家は、事業のサステナビリティを高める取り組みを一層強化するよう、企業への圧⼒を強めています。彼らの関心はサプライヤーの在り方にまで拡大しています。サプライヤーが環境に及ぼす影響やその労働環境が、どのような企業においても、当該企業の総合的なサステナビリティの指標に重⼤な影響を与えるものとされるようになっているからです。
 

法務チームは、サプライチェーンとの関係を規律する自社の戦略、ポリシー、プロセスの強化を助けることができる理想的な⽴場にあります。法務担当責任者(ジェネラルカウンセル)や法務部⾨は、⾃社がこれらの規制の変化に先んじて対応し、潜在的リスクを軽減するために重要な役割を果たすことができるでしょう。なぜなら、法務チームは通常、事業の主要部⾨に横断的に関わっており、さまざまな要因が自社の事業にどのように影響するかを深く理解しています。また、現⾏の規制状況および日々発展する規制環境について理解があり、今⽇の決定が将来どのような影響をもちうるか検討してきた経験をもっています。さらに、多くの場合、法務部門は、企業とサプライチェーンとの関係を規定する契約の策定・管理を職責としているか、少なくとも重要な影響⼒を持つ立場にあるからです。
 

しかし、サステナビリティへの取り組みを求める声が拡⼤し、潜在的なリスクが増⼤しているにもかかわらず、サプライチェーンのマネジメントを向上させようとする動きは緩慢です。法務担当者が⾏動を起こす時は今です。

 

第三者(サプライヤー)に係るサステナビリティリスクの増大

多くの企業では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが発生する相当以前から、サプライチェーンの再設計と変革は進行していました。しかし、ロックダウンのために部品や製品などの不足や在庫切れが発生し、次善策を必要とする機会が増えたことから、サプライヤーのサステナビリティはより明確な優先課題となりました。このような状況に合わせて、消費者、投資家、規制当局も考え⽅を変え、企業が自身のサプライヤーのサステナビリティの実践について責任を持つよう求めるようになっています。
 

サプライヤーのサステナビリティへの注目が高まる中、企業には多様なリスクが生じています。消費者は企業に対し、サステナビリティの目標を、明確に定義された行動とより高度の透明性を通じて裏付けるよう求めています。一方、投資家は投融資の対象企業の総合的なサステナビリティの検証のため、企業のサプライチェーンに対して実施するデューデリジェンスの水準を高めています。究極的には、消費者と投資家は商品・サービスの購⼊や投融資の対象の選択を通じて企業に圧⼒をかけることとなり、これは財務リスクとレピュテーションリスクの双⽅につながる問題となります。
 

同時に、規制当局は、新たに規則と報告ガイドラインを提案・制定し、企業の法的義務を拡⼤して、サプライチェーンに関連する問題への対処を義務に含めることとしています。制定された新規則の顕著な例として、欧州グリーンディールがあります。欧州グリーンディールでは、サプライチェーンにおける人権侵害やガバナンス違反、環境を害する行為に対して企業が責任を負うよう提案されています。これらの規則の一部はEU全域で施行されていますが、多くは国レベルで導入されています。ドイツ、フランス、米国カリフォルニア州などの国・地域では、サプライチェーンの管理について独自に、同等レベルまたはより厳格な規制を実施しているため、企業が対処しなければならない規制環境はさらに複雑化しています。

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サステナビリティの問題により生じるリスクの増加にともない、法務部門には、企業のコンプライアンスを推進する上で重要な役割を果たすことが期待されています。

    また、欧州グリーンディールでは、サステナビリティに関する誤解を招く表示、広告、公式声明、または公的報告などの「グリーンウォッシング」の防止措置が提案されています。グリーンウォッシングに関する規制がまだ制定されていない一部の国・地域では、規制当局はグリーンウォッシングを不公正な商慣行または同様の競争規則違反とみなし、企業に説明責任を課しています。これらの新たな規制がもたらすリスクは重大です。「グリーンウォッシャー」という烙印を押されたブランドの重⼤な毀損(きそん)にとどまらず、企業のグローバルな収益の10%に及ぶ罰⾦を科される可能性があります。企業によっては数⼗億⽶ドルの罰⾦を科される可能性があるのです。
     

    EUが制定している規則により、他の国・地域の規制当局も触発されています。米国証券取引委員会(SEC)は、企業に対しサプライチェーンに関する環境・社会・ガバナンス(ESG)レポートの標準化の向上を求める規則を提案しています。オーストラリアと日本も、この領域において報告要件の強化を検討しています。これらの新たな規則のために、法務部門は、あふれるほど多くの新規報告要件に直面しています。2022年ジェネラルカウンセルのサステナビリティに関する調査 (以下、サステナビリティ調査)では、法務担当責任者(ジェネラルカウンセル)の55%が、今後3年間で、社内外における、ESGに関するコミュニケーション(法的義務に基づく報告も含む)は増加すると考えていると回答しています。これにより、マネジメントの複雑さとリスクはさらに増えていくため、法務担当者による⾏動の必要性は一層切迫しています。

    行動を起こすポイント

    サステナビリティの取り組み、報告、コンプライアンスの進展に向けて、自社の組織を動かすことが難しい場合もあります。しかし、社外の第三者であるサプライヤーとの調整はさらに困難なものになるでしょう。また、このような取り組みは、成果が表れるまでに時間がかかります。このような理由のため、法務担当者は、今すぐ⾏動を起こさなければなりません。まずは以下の4つの措置に取り組むことが重要です。

    1. サプライヤーと自社のサステナビリティ基準を明確にします。既存の取引先であるか潜在的な取引先であるかを問わず、サプライヤーは、グループ全体のサステナビリティの成果に劇的な影響を及ぼす可能性があります。ESG指標のランクが低いサプライヤーについては、改善を求めるか他のサプライヤーに替えることもできるでしょう。このような事態になる前に、明確な標準ルールが必要です。サプライヤーが、サステナビリティに関して要求されている⽔準の高まりについて理解を深めることができれば、彼らもサステナビリティのパフォーマンスを向上させるために⾃社のリソースと知恵を活⽤しやすくなるでしょう。

    事業部門と協力して、サプライヤーに周知する明確な基準を定義することが、この目標の達成に向けての重要なステップになります。サステナビリティ調査では、回答者の90%が今後3年のうちに自社のサプライヤー向けESG基準設定を支援する計画があると述べていることからも、サプライヤーに対する期待水準の設定が、多くの法務部門の関心事となっていることは明らかです。規制環境の変化に応じて、このような意識を適時に実行に移すことが重要です。

    しかし、これを⾏う前に、企業⾃⾝が⾃社のサステナビリティの目指す指標と、サプライヤーがそれに対してどのようなインパクトをもたらすのかについて理解する必要があります。炭素排出量や資源利用などの問題に対する基準を、明確かつ詳細に示さなければなりません。また、企業は従業員の安全やダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン(DE&I)などの労働慣行に関するサステナビリティ基準も検討する必要があります。法務担当者は、これらの取り組みを支援するに当たって理想的な立場にあります。

    ESG基準の設定
    今後3年間にサプライヤー向けESG基準の設定を計画している法務部門の割合

    2. リスク軽減とサプライヤーのモニタリングを可能にする契約プロセスおよび契約書のテンプレートを整備します。方針を整備したら、現在および将来のサプライヤーにそれらの方針を適⽤するための実践手続が必要になります。各サプライヤーとの合意内容を明確にしておくことが、サプライヤーに対しモニタリングを⾏い、サプライヤーに説明責任を果たさせるための、継続的な取り組みを進めるに当たり必要になるでしょう。

    そのためには、法務チームは、事前に社内で承認した基準と臨時の事態に備えるフォールバック条項(いずれも⾃社のサプライヤー向けサステナビリティガイドラインに沿うもの)の使⽤を求める、新しい契約書テンプレートと契約プロセスを整備する必要があります。このような取り組みにより全社的に⼀貫した対応が可能となり、法務チームが既存の契約を再度検討して⽂書化したり、新規サプライヤーを採⽤したりする際に、ルールからの逸脱が発生する潜在的なリスクが軽減されます。

    今回の調査によると、現在、法務部⾨の67%が、サプライヤー契約が⾃社のサステナビリティ⽬標を実現する支えとなるように、契約条件とポリシーの整備に定期的に取り組んでいます。さらに、89%は現⾏のサプライヤー契約を⾃社のサステナビリティ基準に適合させるため、⾒直しと修正に注⼒することを予定しています。

    サプライヤー契約の更新
    今後3年間に、サステナビリティ基準を組み込むためにサプライヤー契約の修正を計画している法務部門の割合

    しかし、多くの法務部⾨が、この取り組みの妨げとなる可能性のある根底的な契約管理上の課題を報告しています。注目すべきことに、2021年EY Law Surveyでは、標準契約書以外の契約書の使用を禁止していないと回答した法務部門は69%に上り、標準ルールからの逸脱のリスクが生じています。

    さらに問題を難しくしているのは、契約を専門とする方々の90%が、契約書を見つけることにすら苦労していることです。その上、これらの経営幹部の55%は、自社には大量の契約を分析するためのツールがないと述べています。これが示唆するのは、大半の企業には、現行の規制や内部ポリシーに準拠している契約とそうではない契約を効率的に特定する方法がないということです。容易に契約データを抽出・保存できるよう、新たなプロセスの整備とより強固なテクノロジーへの投資を進めていくことが不可欠です。それらを実施することで、法務部門と企業は契約の状況を把握することができるようになり、規制が進化し続ける中でも潜在的リスクを軽減することが可能になります。

    3. 契約前のデューデリジェンスを強化します。サステナビリティ上の考慮事項を織り込むために既存のサプライヤーとの契約を更改したり、再交渉したりするには、かなりのリソースが必要になります。潜在的なリスクを真に回避するには、企業がさまざまな新規の取引関係において、サステナビリティに焦点を定めた事前のデューデリジェンスを実施することが重要です。

    法務担当責任者はこの領域に改善の余地があることを明確に理解しています。92%がサプライヤーの環境活動についてのデューデリジェンスの強化を計画しており、80%が今後3年間にサプライヤーの労働環境についてのデューデリジェンスを強化する予定です。

    法務担当責任者が最初に取るべき措置は、⾃社の組織と協⼒してデューデリジェンスのプロセスのガイドラインを策定することです。ガイドラインの作成と記録化を通じて社内の期待⽔準を明確にし、新規サプライヤーとの契約について企業⾃⾝が説明責任を果たすことができるようになります。また、ガイドラインの策定は、規制当局からのコンプライアンスに関する質問に対処する際にも役⽴つでしょう。

    合計
    サプライヤーの環境に関する業務慣行についてのデューデリジェンスの強化を計画している法務部門の割合
    合計
    サプライヤーの雇用慣行においてデューデリジェンスの強化を計画している法務部門の割合

    4. モニタリングによりサプライヤーによるコンプライアンスを維持します。事業環境の変化に伴い、サプライヤー側のサステナビリティガイドラインを順守する能力や意欲が変化することも考えられます。サプライヤーの業務慣行の透明性が、潜在的なコンプライアンスの問題の特定とリスク軽減の鍵となります。サステナビリティ調査では、法務担当責任者の69%が、環境上のサステナビリティに対するサプライヤーの影響を把握するために必要な透明性を得る上で課題があると述べており、51%が労働条件について同様の回答をしています。他方で、今後3年間にサプライヤーの事後モニタリングの強化を計画している法務担当責任者は55%に過ぎず、多くの企業がリスクにさらされている状況が明らかになっています。

    必要な透明性を確保するためには、法務担当責任者はまず、自社によるサプライヤーへのアクセス権とサプライヤーによる情報提供義務を明確に規定するサプライヤー契約を整備し、サプライヤーに求める必要があります。上述したように、このような義務の履行状況を追跡することは、コンプライアンスプロセスの一環として重要です。

    継続的なモニタリング
    サプライヤーの事後モニタリングの強化を計画しているジェネラルカウンセルの割合

    企業はサプライヤーが実際に契約条件を順守していることを検証するために、モニタリングを実施する責任を負っていると自負すべきです。このようなモニタリングの実施を進めるために、法務担当責任者は事業部⾨と協⼒し、⾃社のモニタリングの実施⽅法・時期を定めるプロセスとガイドラインを策定し、期待⽔準の明確性と正当性を確保する必要があります。サプライヤーのモニタリングにおいて不可欠なこのステップを踏むことで、企業は問題が表面化する前の潜在的な段階で、問題を特定し対処できる重要な機会を得られます。

    タイミングが極めて重要

    今や社会の注目は、企業だけでなく企業の取引先にも及んでいます。また、必要な基準、ガイドライン、プロセスを確立して実践するために必要な時間は短くないかもしれません。しかし、潜在的リスクは日々増大しています。法務部門が次のステップを考えるに当たって、時間は極めて重要な要因です。


    サマリー

    サプライヤーのサステナビリティに関する業務慣行を理解することは、自社に課された責務です。サステナビリティへの注目が高まる中、サプライチェーンリスクの管理向上に向けて、法務部門がサステナビリティに関する基準、デューデリジェンス、および事前・事後のモニタリングを組み込むための措置を講じることが不可欠です。


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