米国における物価水準の動向とシェアードサービスセンターの利用可能性の高まりについて

米国における物価水準の動向とシェアードサービスセンターの利用可能性の高まりについて


関連トピック

新型コロナウイルス感染症により失速した経済の急回復による米国における物価水準の高騰と、それを受けたコストコントロールの重要性の高まりとして注目を集めているシェアードサービスセンターの利用について解説します。


本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 ニューヨーク駐在員 公認会計士 廣瀬剛史

当法人に入所後、主に日系大手金融機関への会計監査(日本基準、米国基準)業務やIFRS導入支援に関するアドバイザリー業務等に従事。2021年9月よりEYニューヨーク事務所に駐在し、日系金融機関への監査業務やアドバイザリー業務に従事。当法人 シニアマネージャー。


要点

  • 米国においては、新型コロナウイルス感染症により失速した経済の急回復に伴う人件費の上昇や、原油価格の上昇やサプライチェーンの停滞等に伴う物価水準の上昇により、コストコントロールに向けた準備・対応が非常に重要となっています。
  • 本稿では、コスト増加の対応策の一つとして、以前にも増して注目を集めているシェアードサービスセンターの利用可能性の高まりについて説明します。


Ⅰ はじめに

欧州諸国と同様に米国においても新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)に関する政府の規制が徐々に緩和される傾向にある中、コロナの影響によって大きく落ち込んだ経済活動からの急速な回復が進んでおり、米国における企業を取り巻く環境もアフターコロナに向けて大きく変化しています。本稿では、米国における最近の物価水準動向と、近年改めて注目をされているシェアードサービスについて解説します。

 

Ⅱ 米国における最近の物価水準の動向

米国は年末年始のコロナ変異株急拡大による影響から落ち着きを取り戻しており、私の駐在しているニューヨーク市でも2022年3月7日より屋内でのマスク着用義務やレストラン等におけるワクチン接種証明書の提示を取りやめ、アフターコロナに向けた新たな経済活動の再開への動きが加速しています。またコロナ禍の厳しい経営環境下にて事業の効率化等を進めたことで企業業績も回復傾向にあり、日本よりも労働市場が活発な米国においてはこれらに連動するように雇用需要も急速に増加しています。この結果、米国における平均賃金は急速に上昇しており、米労務省の雇用統計によれば、米国全体の21年末における過去1年の平均賃金上昇率は4.5%、22年1月の月次統計によれば前年同月比で5.7%の上昇率となっています。

コロナによる世界的なサプライチェーンの停滞や需要の急回復等に伴うインフレーションは21年夏頃から始まっていましたが、これらに加え前述した人件費の増加、地政学的リスクの高まりに伴う原油価格の上昇やサプライチェーンへの影響等が、さらにインフレーションを加速させており、22年2月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比7.9%の上昇と、約40年ぶりの高い水準で推移しています(<図1>参照)。

図1 米国消費者物価指数(CPI)上昇率の推移

Ⅲ シェアードサービスセンターの利用可能性の高まり

米国をはじめ、世界各国で物価上昇の動きが進んでおり、このコスト増加への対応策の一つとして、以前にも増して注目を集めているのがシェアードサービスセンター(SSC:Shared Service Center)の利用です。

1. SSCとは

SSCとは、グループ企業内に点在する同一管理部門/業務を一つの組織に集約して業務を進めることをいい、一般的には業務集中化による効率化(コスト削減)や業務品質の向上等が期待されています。SSCと比較される手法にBPO(Business Process Outsourcing)がありますが、SSCは内部の組織として業務集約化を行う手法であるのに対して、BPOは外部へ業務を委託する手法という違いがあります。BPOは、初期投資が少額となる一方で、中長期的にはコスト増が見込まれ、一般的には大規模な業務移管にはあまり適さない手法であると考えられています。

2. 従来の日系企業におけるSSCの利用

日系企業においても、2000年代より多くの国内子会社や支店/事業所を持つ大企業を中心にさまざまな業務でSSCの利用がされています。例えば、グループ会社内に重複して存在する一部の管理部門(事務処理、経理、購買、情報システム部門等)の業務を一つのSSCへ集約して統一化し、重複コスト削減による効率化や、業務集約に伴う専門的知識の共有やナレッジの蓄積等による品質の向上が図られてきました。一方で、国外へビジネスを展開している日系企業において、海外子会社や支店/事業所(以下、海外子会社等)の業務を対象としたグローバルなSSCの展開には言語や業務オペレーション、各国の会計基準の違い等、多くの弊害があったことから積極的な利用は進んでいなかったのが現状です。

3. グローバルSSC利用可能性の高まり

近年、多くの米国企業においてグローバルSSCの活用が進んでおり、海外へビジネス展開をしている日系企業においても徐々にその利用が進んでいます。その背景としては、前述した断続的な物価上昇への対応および適切な利益率管理の必要性に伴うコスト意識の高まりに加え、グローバルSSCを利用できる環境が整ってきたことが挙げられます。例えば、これまで紙を中心とした業務を運営していた多くの企業において、脱炭素や書類保管/管理にかかるコストの観点等からペーパーレス化が推進され始め、その結果として従業員がどこにいてもリモートで業務ができる環境が整い始めました。この動きはコロナにおける各国のロックダウン等の規制によってさらに加速し、世界各国の多くの企業でリモートワーク環境が整ったことで、グローバルSSCの利用可能性はさらに高まっています。

また、会計の分野においても、会計基準の統一化の動きが世界的に進んでおり、IFRS財団によれば、現在166の国/地域が自国の会計基準に代えて国際会計基準(IFRS)を適用しています。異なる会計基準を適用している米国においても米国証券取引委員会(SEC)に登録している外国企業のIFRS適用を容認しており、また日本においても実務対応報告第18号「連結財務諸表作成における在外子会社等の会計処理に関する当面の取扱い」において、一定の調整を行った上で、IFRSまたは米国会計基準に準拠した財務諸表を連結決算手続において利用することが当面の間認められていることから、従来のように各国の異なる会計基準に対応するために、各海外子会社等にそれぞれ個別の経理部門を設置する必要性も減少しています。

さらに、デジタルテクノロジーの進化により、各海外子会社等の膨大なデータをタイムリーに一元管理・分析し、アクションを起こすことができる環境が整ってきたこともグローバルSSCの利用可能性を高める背景にあると考えられます。

4. グローバルSSCの利用に向けた課題

集約化による業務効率化と品質向上等、メリットは多くあるグローバルSSCですが、一方で導入に向けた課題も存在します。

グローバルSSCを有効に運営するためには、事前の設計段階で集約する業務内容の選定と業務の標準化をすることが非常に重要となります。従来、各国/地域の規制や慣習等、さまざまな要因で異なるオペレーションにて業務を運営してきた可能性があり、グローバルSSCのメリットを十分に享受するためには、そのような業務の差異の把握、業務の標準化を事前に確実に行うことが重要です。また同時に各国/地域の規制等にも引き続き対応する必要があるため、標準化と各国対応等のバランスが非常に重要な課題になると考えられます。

5. EYにおけるSSCに関するサービスについて

前述した通り、特にグローバルSSCを展開するに当たっては、事前に各国/地域の規制等を踏まえた十分な準備が必要となります。EYでは、世界150以上の国/地域のEYメンバーファームと連携して、SSCへ移管可能な業務の選定や移管に向けた業務標準化、またデジタルテクノロジーを活用したSSC業務効率化サポート等のSSCに関するサービスを提供しており、日系企業の効率的な海外ビジネスを全面的にサポートすることが可能です。

 

Ⅳ おわりに

世界的なコロナパンデミックや、ESG(Environmental,Social, and Governance)に関する規制制定に向けた動きの加速、金利上昇、地政学的リスク等のさまざまな影響により、今後の企業を取り巻く環境の不確実性はさらに高まっています。そのため、それらのさまざまな動きへの迅速な対応が求められるようになりますが、迅速な戦略変更に対応することが可能な財務基盤の確保という観点からも、コストコントロールに向けた準備・対応が求められるようになると考えます。


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サマリー

新型コロナウイルス感染症により失速した経済の急回復による米国における物価水準の高騰と、それを受けたコストコントロールの重要性の高まりとして注目を集めているシェアードサービスセンターの利用について解説します。


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