保険における信頼の役割を⾒直す
保険業界が信頼のもとに成り⽴ってきたことは言うまでもありません。契約期間が数十年にわたったとしても、保険会社は保険金を迅速に⽀払うという確信があるからこそ、顧客は保険に加入するのです。このような高い信頼は保険ブランドが世界トップクラスの証しであることに変わりはありません。しかし、昨今の保険業界に対する信頼の低下は、競争力の低下を引き起こしていることも事実です。信頼が低下した理由は多く挙げられますが、リスクの高い地域からの撤退や新型コロナウイルス感染症(COVID-19)発症によるパンデミック時の事業中断の補償拒否、デジタル化のつまずきなど、保険会社の最近の動きが⼀因となっています。
念のため補足しますが、私たちは信頼自体が最終⽬的とは考えていません。ブランド価値は確かに信頼を高めますが(その逆も然り)、抽象的な「ブランドへの信頼」のみに言及しているわけではなく、すべてのステークホルダーからの機能面も含めた信頼感や信用を指しているのです。
- 顧客は、自分が支払った保険料に見合う価値を得ていて、厳しい時に頼りにできるのは保険会社と信じて疑わない。
- 投資家は、保険会社の戦略的優先課題(特にESG関連)を認識し、実績をどのように測定しているかを理解した上で、報告された数字に信ぴょう性があると判断している。
- 規制当局は、重要な社会課題に取り組むにあたり、保険会社は誠実なパートナーであると考えている。
この見解は、保険会社が単に必要な商品を提供する事業者ではなく、「好ましいパートナー」として認識されていることを示しており、異業種の参入が増えている中で、重要視すべき点と言えます。インシュアテックやテクノロジープラットフォーム・プロバイダー、異業種の企業は、明確な価値提供のもと、シンプルなプロセス、顧客ニーズの変化に柔軟に対応したオプション機能やコンポーネントの提供、直感的に操作可能なデジタルソリューションを武器に、若年層を中⼼に顧客を引き付けています。あらゆるタッチポイントを通じて顧客の信頼を積み上げてきた新規参入企業が、その信頼をベースに保険業界でもブランドを確立し、既存の保険会社から市場と財布のシェアを奪っているのです。
それでは、保険会社が信頼を取り戻すために何をすればいいのでしょうか。まず取り組むべきは、商品設計や保険料の決定、テクノロジーやデータの利活用、財務報告や規制当局への情報開示に至るすべてにおいて、透明性を高めることです。あらゆるステークホルダーとの関わり合いの中で信頼を構築し、業務全体に透明性を浸透させる必要があります。透明性を⾼めることで、保険会社がどのような恩恵を受けることができるかを以下に示します。
生成AIの利用に対して顧客や規制当局の信頼を得ることはできるか
ChatGPTの華々しい登場から1年余りたち、消費者や規制当局、企業の経営幹部からは、生成AIを巡り楽観視する声と懸念する声の両方が聞かれます。そして、保険会社の多くは生成AIの業務への活用に向け迅速に対応しなければならないというプレッシャーを感じている一方で、安全に生成AIを導入するために、強固なガバナンスモデルを構築しなければならないことを認識しています。
生成AIの活用において、特に機密性の高い顧客データが関係する場合、透明性を担保することは顧客、パートナー企業、規制当局との信頼構築に不可欠です。データモデルや、生成AIにより⽣成されるすべてのアウトプットに対する精度の検証を最優先に実施し、保障/補償範囲や保険料の設定、保険金支払いの決定などにおいてバイアスや不公平な判断を防ぐことが求められます。
自身の利益を超えて、どのような付加価値を生み出しているかを、明確かつオープンに示せているか
規制当局、政治家、⼀般市民、投資家などのステークホルダーは、世界中の国や地域社会、顧客が直⾯する複雑かつ喫緊の課題に対処するために、保険業界に支援を求めるようになってきました。保険会社が社会的パーパス(存在意義)を明確に実践できる機会として、巨大で、今もなお拡大し続ける貯蓄と保障/補償のプロテクションギャップ問題への取り組みほど適した場はありません。気候変動リスクやサイバーリスク、低所得の定年前雇用者、ギグワーカーに対する新たなソリューションは、ひっ迫する公的年金制度の負担を軽減すると同時に、保険会社の成長を促すこともできるのです。
保険会社が社会の繁栄と安定に貢献できる方法は他にもあります。経営幹部主導で社内にダイバーシティ(多様性)やインクルーシブな環境整備を推進することにより、「差別や偏見のない」企業の地位を確立することができます。こうした取り組みの1つの例として、あらゆる人種や民族、年齢、ジェンダー、性的指向の人材に加え、ニューロダイバーシティ人材を雇用することが挙げられます。そして最後に、サステナビリティに向けた取り組みを開示することで、保険会社が目的達成のために尽力していることを投資家や規制当局が認知し、さらなる信頼向上につながるでしょう。このように、保険会社は、あらゆる業界の顧客ニーズを満たすことで、ビジネス上に利益をもたらすと同時に、喫緊の社会課題の軽減にも寄与することができるのです。
さまざまな顧客ニーズを満⾜させる準備は整っているか
セクター間の垣根がなくなってきている中、信頼は、競争優位性を保つための重要な要素です。伝統的な保険会社や資産運用会社、ファイナンシャルプランナー、年金事業者に加え、医療システム、銀行、インシュアテック、テクノロジープラットフォーム・プロバイダーやその他ディスラプターなどの多くの事業者が、健康・経済面のウェルネスや手厚い保障/補償を求める顧客ニーズを満たすことを目指しています。そのような中、顧客は最適な助言やソリューションを提供し、一貫して正しい行動を取る企業を選ぶでしょう。
顧客との信頼関係構築の鍵を握るのは、シンプルでアクセスしやすい商品、利便性の高い販売チャネル、よりパーソナライズされた顧客体験の提供です。業界の垣根を越えたエコシステムや組み込み型保険やキャプティブの台頭からも、顧客ニーズの変化が市場に及ぼす影響の大きさが見て取れます。自動車、クラウドコンピューティングや製薬などをはじめとする近接業界が競合になり得る中、保険会社が顧客の信頼を取り戻すことは必要不可欠なのです。
保険会社が競争優位性を確保するために取るべき対応
- イノベーションや変⾰、企業提携に係るあらゆる投資の重要な判断基準に信頼を組み⼊れる。
- すべてのプロセス(特に生成AIを活用するプロセス)において、データの利⽤やプライバシー保護に関する情報開示の徹底と透明性の担保を図る。
- より明確な提供価値を踏まえた商品設計の見直しとシンプル化を行い、顧客のニーズに直接応える。
- 顧客とパートナー企業により多くの価値を提供するために、新規および既存のデータセットの革新的な活用方法を模索する。
- 個々の顧客に、また社会全体にどのような価値を提供し貢献していくかをパーパスとして市場開拓戦略に組み入れる。
- 規制当局や政府当局と連携し、膨大なプロテクションギャップと貯蓄ギャップに対処する。
- フレームワークや複数データの組み合わせに基づき信頼を測定することにコミットする。
- 強靭なセキュリティとガバナンスを整備し、データやその他の重要な資産を保護する。
信頼を重要視することは、保険業界の原点に戻ることを意味しています。過去の成長と信頼を取り戻すためには、原点に立ち返ることが、イノベーションと業績向上のきっかけとなるかもしれません。