炭素クレジットとグリーン電力証書の会計処理

情報センサー2023年12月 IFRS実務講座

炭素クレジットとグリーン電力証書の会計処理


パリ協定や各国法域による温室効果ガスの排出削減目標の設定に伴って、各企業はカーボンフットプリントの削減策を迫られています。カーボンフットプリントをニュートラル化又はオフセット化する方法として、炭素クレジットやグリーン電力証書を利用することが考えられます。本稿では、これらの会計処理について説明します。


本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 品質管理本部 IFRSデスク 公認会計士 川合 未紗

大手総合商社の会計監査及び内部統制監査業務を経て、2019年からEYロサンゼルスに出向し現地企業・日系企業の監査に従事。2021年よりIFRSデスクに所属し、IFRS導入支援業務、研修セミナー講師、執筆活動等に従事する他、EYグローバルのESG関連IFRS会計論点グループのメンバーも務める。



要点

  • コンプライアンス市場における炭素クレジット及びグリーン電力証書の会計処理
  • ボランタリー市場における炭素クレジット及びグリーン電力証書の会計処理
  • 炭素クレジット及びグリーン電力証書に関する開示


Ⅰ はじめに

2015年のパリ協定や各国法域による温室効果ガスの排出削減目標の設定に伴って、各企業はカーボンフットプリントの削減策を迫られています。カーボンフットプリントをニュートラル化又はオフセット化する方法として、炭素クレジットやグリーン電力証書を利用することが考えられます。

本稿では、これらの会計処理について解説します。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをお断りします。

※ 製品やサービスの原材料調達から廃棄、リサイクルに至るまでのライフサイクル全体を通して排出されるGHG(温室効果ガス)の排出量をCO2(二酸化炭素)排出量に換算し、製品に表示された数値もしくはそれを表示する仕組み(経済産業省、環境省「カーボンフットプリント ガイドライン」)

 

Ⅱ 概要とコンプライアンス型の会計処理サマリー

炭素市場は、コンプライアンス(強制参加型)市場とボランタリー(自主参加型)市場の2種類に大別されます。

炭素クレジットの適切な会計処理は、具体的な特性(例えば、取引可能かどうか)と企業がそうした市場で果たす役割(例えば、プロジェクト開発者、ブローカー/ディーラー、排出者)によって決定されます。

現在、国際会計基準審議会(以下、IASB)は、排出物価格設定メカニズムに関するプロジェクトを準備中であり、いまだ明確な要求事項はないものの、幾つかの基準には関連するガイダンスが定められています。

  • コンプライアンス市場で交付される炭素クレジット又はグリーン電力証書は、通常、政府補助金に相当する。IAS第20号「政府補助金の会計処理及び政府援助の開示」では、そのような非貨幣性補助金の交付を、企業が選択した方針に応じて、公正価値又は名目金額のいずれかで当初認識することを認めている。

  • 補助金として受け取ったか、購入したかにかかわらず、クレジット又は証書を認識する場合、企業が当該クレジットを通常の事業の過程で販売目的で保有しているか、それとも通常の事業の過程における排出に係る負債を決済するために保有しているかに応じて、IAS第2号「棚卸資産」又はIAS第38号「無形資産」が適用される可能性がある。
    • IAS第2号が適用される場合、取得原価と正味実現可能価額のいずれか低い方で計上される。ただし、IAS第2号を適用するブローカー/ディーラーは、棚卸資産を売却コスト控除後の公正価値、もしくは、原価と正味実現可能価額のいずれか低い方の金額のどちらかで測定することができる。

    • IAS第38号が適用される場合、企業は原価モデルを適用する。ただし、クレジット又は証書が活発な市場で取引されている場合は、再評価モデルを適用できる。また、通常、その償却可能価額がゼロであるため、償却される可能性は低い。

 

Ⅲ コンプライアンス市場における会計処理

1. コンプライアンス市場

コンプライアンス市場は、通常、政府又は政府機関によって運営されており、一定の企業にとって参加が義務となります(例えば、欧州連合の排出量取引制度)。

こうした市場では、通常、炭素クレジットを温室効果ガス排出量に対する支払義務を決済するために使用します。グリーン電力証書についても、通常、発電企業は、再生可能エネルギーからの電力量に基づき政府から証書の発行を受け、電力供給企業(再生可能エネルギー及び従来型エネルギーの両方から発電)は、供給電力量に応じた証書を政府に提出することが求められますが、必要量の提出ができない場合は不足する範囲でペナルティーを支払うことが義務付けられます。


2. コンプライアンス市場における炭素クレジット及びグリーン電力証書の会計処理

IFRSには明示的な要求事項はないため、IAS第8号「会計方針、会計上の見積りの変更及び誤謬」に従い独自の会計方針を策定する必要があります。実務上、炭素クレジットについては、以下の3つの方法が容認されています。

  • IFRIC第3号「排出権」アプローチ:クレジット又は排出枠に係る資産、政府補助金、及び排出に係る負債が認識される。なお、当該負債は期末時点での市場価額で再測定されるため、事後測定では当該資産との間で会計上のミスマッチが生じる。

  • 正味負債アプローチ:政府補助金の形態で受け取ったクレジット又は排出枠は名目金額で計上され、購入したクレジットは原価で当初認識される。

  • 政府補助金アプローチ:クレジット又は排出枠に係る資産、政府補助金、及び排出に係る負債が認識される。なお、IFRIC第3号「排出権」アプローチと異なり、当該負債は、企業が保有しその決済に利用できるクレジット又は排出枠が存在する範囲で、当該資産の帳簿価格で事後測定される。

なお、グリーン電力証書の会計処理については、企業が市場で果たす役割に応じて異なり、例えば、電気供給企業は、発電も併せて行う場合を除き、電力を顧客に販売するにつれて、政府に提出すべき証書に係る義務を表す負債を認識します。市場で証書を購入する場合には、IAS第38号又はIAS第2号を適用して当該証書を会計処理します。

 

Ⅳ ボランタリー市場における会計処理

1. ボランタリー市場

ボランタリー市場の場合、炭素クレジットは独立した認証機関によって認証されますが、それぞれが独自のモデルや認証要件を定めています。企業は、例えば、カーボン・ニュートラルであることを顧客に表明できるようにするために自発的に利用することがあります。

ボランタリー市場での価格設定は、クレジットの具体的な特性、例えば、クレジットの認証機関、クレジットを生み出す排出削減・除去プロジェクトの種類、排出が削減・除去される時期と場所、クレジットは取引可能か、取引可能だとしたら買手又は売手に何らかの制約は課されるのか、といった特性に応じて決まります。


2. 事後発行クレジット(プロジェクト開発者)

事後発行クレジットとは、排出削減・除去が実施された後に発行される炭素クレジットのことです。これらは、公認の基準設定機関によって認証される必要があります。

ここで重要な論点は、企業、特にプロジェクト開発者は、自主参加型の炭素クレジットを資産として認識できるかというものです。それは、当該クレジットが企業にとって将来の経済的便益を生み出すかどうかにより決まります。コンプライアンス市場では、炭素クレジットを政府との間で排出に係る負債を減少又は決済するために使用することができますが、ボランタリー市場ではこうした使用が生じる可能性は低いため、炭素クレジットを販売できる能力(企業の意図に関係なく)が、資産として認識できるかどうかを決定する上での重要な要素となります。


3. 事後発行クレジット(炭素クレジットの買手)

買手は通常、購入時に自主参加型の炭素クレジットを認識し、IAS第2号又はIAS第38号のいずれか適切な基準の当初認識時の規定を用いて、取得原価で測定します。

企業が財又はサービスの提供と引き換えに自主参加型の炭素クレジットを入手する場合もあります。具体的な契約条件に応じて、IFRS第15号、IFRS第16号又はIFRS第9号などの基準が、こうした場合に関連する可能性があります。

例えば、企業がサービスの提供と引き換えにクレジットを入手しており、当該契約がIFRS第15号の範囲に含まれると想定します。そうしたケースでは、当該クレジットは非現金対価に相当し、企業がIFRS第15号に従い当該クレジットの支配を獲得した時点で認識し、公正価値で測定する必要があります。


4. 事後発行クレジット(ブローカー/ディーラー)

自己保有目的と売買目的保有の両方が存在する場合はそれらを区別して会計処理することが重要となります。売買目的保有のクレジット又は証書は、IAS第2号の範囲に含まれます。この場合、棚卸資産は①売却コスト控除後の公正価値(FVLCS)で測定し、FVLCSの変動を純損益に認識するか、②原価と正味実現可能価額のいずれか低い方の金額で測定することを選択できます。

ただし、自主参加型の炭素クレジットの公正価値測定においては、ボランタリー市場はいまだ発展途上のため多くの評価インプットが依然として観察不可能なことから、ブローカー/ディーラーは売却コスト控除後の公正価値ではなく、取得原価と正味実現可能価額のいずれか低い方で測定する可能性があります。


5. 炭素クレジットの売却

企業が当該クレジットにIAS第2号を適用している場合は、通常、IFRS第15号を適用して当該クレジットの売却を会計処理し、収益を認識します。ただし、IFRS第9号が適用される場合を除きます。

企業が自主参加型の炭素クレジットにIAS第38号を適用している場合、当該基準は処分に係る要求事項を定めており、正味の金額で処分に係る利得又は損失の認識が要求されます。


6. 炭素クレジットの使用

通常、自主参加型の炭素クレジットの「使用」とは、概念上の排出量登録簿(すなわち、財務諸表外の情報)を減少させることを意味します。自主参加型の炭素クレジットは、使用された時点で認識中止されるべきであり、一定の場合には費用の即時認識がなされます。多くの場合、炭素クレジットの認識中止によって、マーケティング・コストが認識されます。

また、「使用」が認証又は購入の直後に発生する可能性があります。この場合、企業は、当該クレジットについて資産を認識してから即時に認識中止するか、マーケティング・コストを即時に認識するか(資産は認識しない)のいずれかを方針として選択することになります。いずれの方法であっても、純損益への影響は同じですが、財務諸表利用者が財務諸表への影響を理解できるように、その方針を明記し、注記で適切な開示を行うことが重要です。

 

Ⅴ 開示

前述の通り、炭素クレジット又はグリーン電力証書には適用される複数の基準があり、それらの基準に従い、十分な情報が開示される必要があります。また、強制参加型の排出権取引制度に関しては、IAS第8号の要求事項に従い策定した会計方針について十分な情報を提供する必要があります。

適用される基準に関係なく、市場、クレジット及び証書が異なるということは、財務諸表利用者は関連するリスク及び機会を理解するための追加情報を必要としていることを意味します。

最低でも、企業が強制参加型の排出権取引制度の対象となっているかどうか、対象となっている場合は、どの制度かを開示することが役立つことが考えられます。

企業は、炭素クレジット及びグリーン電力証書について、会計方針、炭素クレジットや証書についての情報(コンプライアンス市場又はボランタリー市場で取引されているのか、事前発行なのか事後発行なのかなど)、排出に係る負債、純損益に対する影響をはじめとして、十分な開示を行うことが重要です。また、企業はコンプライアンス市場から生じた資産及び負債と、ボランタリー市場から生じた資産とを区別する必要がある場合があります。

 

Ⅵ おわりに

IASBが明確な要求事項を定めるまで、企業は適切な会計処理を決定するために、コンプライアンス市場及びボランタリー市場のクレジットに関する特性を慎重に分析する必要があります。本稿では、当法人発行の「Applying IFRS: 気候変動の会計処理(2023年8月)」から関連する解説を要約して記載していますので、詳細は当冊子本文をご参照ください。


サマリー

炭素クレジットやグリーン電力証書の会計処理について、IFRS上いまだ明確な要求事項はありません。企業は適切な会計処理を決定するために、コンプライアンス市場及びボランタリー市場のクレジットに関する特性を慎重に分析する必要があります。


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