電力取引をめぐる新たな市場制度が電力業に与える影響

電力取引をめぐる新たな市場制度が電力業に与える影響


電力システム改革やカーボンニュートラルに向けた取組みにより電力業を取り巻く事業環境は大きく変化しています。電力取引をめぐる新たな市場制度を取り上げ、電力業に与える影響を解説します。


本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 電力・ユーティリティセクター 公認会計士 名取荘太

当法人に入所後、主に国内事業会社の監査業務に従事。2015年から17年までの経済産業省での勤務では、再生可能エネルギー政策の立案などに携わる。主な著書(共著)に『業種別会計シリーズ 電力業』(第一法規)がある。


要点

  • 電力システム改革やカーボンニュートラルに向けた取組みにより電力業を取り巻く事業環境は大きく変化しています。
  • 電力取引をめぐる新たな市場制度の創設が進み、取引がスタートしています。
  • 新たな市場制度である卸電力市場、ベースロード市場、容量市場、需給調整市場、非化石価値取引市場を取り上げ、電力業の会計処理に与える影響を解説します。


Ⅰ はじめに

電力システム改革による電力の小売全面自由化により、電気事業に参入する事業者(新電力)は飛躍的に増加しました。電力取引をめぐる新たな市場制度の創設も進み、ベースロード市場、容量市場、調整力市場、非化石価値取引市場、電力先物市場等での取引がスタートしています。また、卸電力取引所(JEPX)における取引も活発化し、JEPXにおける電力取引は、総需要のおよそ4割を占めるまでになりました。本稿では、電力取引をめぐる新たな市場制度を取り上げ、電力業の会計処理に与える影響を解説します。

Ⅱ 電力取引をめぐる新たな市場制度

1. 小売市場以外の電力取引市場

電力システム改革の目的等を事業者の経済合理的な行動を通じて、より効率的に達成する観点から、実際に発電された電気が取引される卸電力市場に加え、発電することができる能力が取引される容量市場、短時間で需給調整できる能力が取引される需給調整市場、非化石電源で発電された電気に付随する環境価値が取引される非化石価値取引市場が整備されています(<図1>参照)。

図1 小売市場以外の電力取引市場

2. 卸電力市場

JEPXは、電気の現物を取引する卸電力市場として一日前市場(スポット市場)とその後の調整市場として当日市場(時間前市場)を開設しています。小売電気事業者は自社で保有する発電設備や発電事業者との相対契約による電気の調達に加えて、JEPXに会員登録して卸電力市場を通じて電気を調達します。

卸電力市場は電気の現物を取引する市場であることから、小売電気事業者及び発電事業者は、市場取引が成立した電気の受渡し時に会計処理を行うことになります。

3. ベースロード市場

ベースロード市場は、新電力によるベースロード電源(石炭火力・一般水力・原子力・地熱)へのアクセスを容易にすることを目的とし、旧一般電気事業者等が保有するベースロード電源の電気の供出を制度的に求め、新電力が年間固定価格で購入を可能とする市場です。取引の対象となるベースロード電源は受渡し期間1年の商品で翌年度受渡しの電力量(kWh)であり、その供出による電気の受渡しはJEPXを通じて行い、供出価格には上限価格を設定しています。

ベースロード市場における取引は、転売制限や購入制限といった制度的な制約が課せられることなどから、ベースロード市場取引は、金融商品に関する実務指針第20項「将来予測される仕入、売上又は消費を目的として行われる取引で、当初から現物を受け渡すことが明らかなもの」に該当するものと考えられることから、金融商品会計基準の対象外とすることになり、市場での取引成立ではなく、電気の受渡しにより会計処理を行うことになります。

4. 容量市場

安定供給を維持し、カーボンニュートラルに向けて自然変動電源を中心とした再生可能エネルギーの主力電源化にも対応するためには、建設に長期間を要する発電所の設備投資の判断において投資回収の予見性を高める必要があります。このため、将来の発電することができる能力、すなわち供給力(kW価値)を取引する市場として容量市場が開設されました。容量市場においては、発電事業者は実際に電気が使用される年度(実需給年度)の4年前に電力広域的運営推進機関(OCCTO)が実施するオークションで供給力を入札することで、電源の投資回収の予見性を高めることが可能となります。一方、小売電気事業者は電気事業法による供給力確保義務を履行するため、容量市場で確保された供給力の対価を負担します。

発電事業者は、容量市場においてオークションに応札し取引が成立した場合、4年後の実需給年度において供給力を提供し、提供した供給力の対価として容量確保契約金額を受け取ることになります。したがって、実際に供給力を提供した時点で供給力の対価を売上計上することになります。また、小売電気事業者も容量市場で成立した取引に基づき容量拠出金を支払うことになりますが、実際に供給力が提供された時点で費用として計上することになります。

5. 需給調整市場

一般送配電事業者が電力供給区域の周波数制御・需給バランス調整を行うために必要となる調整力について、多くの電源等への参加機会の公平性確保、調達コストの透明性・適切性の確保の観点から公募により調達を実施しています。より効率的な需給運用の実現を目指すために公募調達に加え2021年4月よりエリアを越えた広域的な調整力の調達を行う需給調整市場を開設しています。

需給調整市場への参加に当たり、調整力提供事業者は性能確認等の事前審査を受けた上で、一般送配電事業者と需給調整市場に関する契約を締結します。当該契約に基づき、需給調整市場で成立した取引について会計処理を行うことになります。

6. 非化石価値取引市場

非化石価値取引市場は、「エネルギー供給事業者による非化石エネルギー源の利用及び化石エネルギー原料の有効な利用促進に関する法律(エネルギー供給構造高度化法)」により求められる義務を達成するため、同法第2条第2項に規定する非化石エネルギー源に由来する電気の非化石電源としての価値を証書化し、取引することを可能にするために創設された市場です。非化石証書にはFIT(固定価格買取制度/Feed-in Tariff)非化石証書(再エネ指定)、非FIT非化石証書(再エネ指定、再エネ指定なし)の3種類があり、非FIT非化石価値の取引形態は電気取引と一体として取引されるかどうかにより内在型/外在型に分類され、外在型についてはさらに非化石価値取引市場を通じた取引と相対取引に分類されます。

非化石価値取引市場については昨今のカーボンニュートラルに向けた再エネ価値へのニーズを踏まえて経済産業省において見直しが進められており、今後の詳細制度設計の状況を注視する必要があります。

Ⅲ おわりに

電力取引をめぐる新たな市場制度により電力業を取り巻く事業環境は大きく変化しています。さらに、地球温暖化という気候変動への対応が世界的な課題となり、2021年10月に閣議決定された第6次エネルギー基本計画において、2050年カーボンニュートラル実現に向け、電力部門は、再エネや原子力などの実用段階にある脱炭素電源を活用し着実に脱炭素化を進める必要があります。また、水素・アンモニア発電やCCUS/カーボンリサイクルによる炭素貯蔵・再利用を前提とした火力発電などのイノベーションを追求することが求められており、脱炭素への取り組みは電力会社の事業そのものの大きな課題になっています。なお、本稿の詳しい内容については『業種別会計シリーズ 電力業 三訂版』(第一法規)に記載していますので、ぜひご参照ください。

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サマリー

電力システム改革やカーボンニュートラルに向けた取組みにより電力業を取り巻く事業環境は大きく変化しています。電力取引をめぐる新たな市場制度を取り上げ、電力業に与える影響を解説します。


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