オーストラリアのコモディティブームは終焉を迎えるのか?

オーストラリアのコモディティブームは終焉を迎えるのか?


関連トピック

要点

  • 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるロックダウンが経済を疲弊させる一方で、コモディティ価格の上昇は、オーストラリアの交易条件、生産者の利益、政府歳入を押し上げた。
  • コモディティ価格は歴史的な高水準にあるものの、世界的な経済成長の減速により下落圧力が続けば、オーストラリアの国民所得に対する予想外の朗報は、今後減少する可能性がある。
  • 脱炭素化、2050年までのネットゼロへの移行は、必然的にオーストラリアの輸出基盤に影響を与えることになる。移行先のコモディティに対する需要は大幅に増加し、オーストラリアは輸出国としての恩恵を受けるが、現在の大量のコモディティ輸出価値と量に取って代わることは容易ではないだろう。熾烈な国際競争を伴う複雑な移行になることが予想され、オーストラリアは早期に準備をすればするほど、より有利な立場で適応することができるだろう。


コモディティ価格は、世界的な景気後退から再びオーストラリア経済を救いました。

オーストラリアは新型コロナウイルス感染症のパンデミックを乗り切り、2021年と22年のロックダウンによる影響から力強く立ち直りましたが、健康面への影響は依然として社会の一部に強く残っています。過去2年間、オーストラリア経済を支えてきた重要な要因は、コモディティ価格の上昇でした。地方部と非地方部の両方において、コモディティ価格は、パンデミック以前と比較して、約65%上昇しました。これは、予想以上に強い世界経済活動の回復、サプライチェーン問題、ウクライナ情勢、限定的になった新規供給によるものです。 

オーストラリアのコモディティ価格の上昇は、世界中で行われている強力な金融緩和政策と多額の財政支出の時期と重なりました。特にオーストラリアの最大の貿易相手国である中国から、不動産やインフラプロジェクトに大規模な投資が行われました。また、排出ガスへの懸念により、生産設備の新設が以前のサイクルほど増加しなかったため、価格も供給サイドの影響を受けました。


オーストラリアの交易条件は過去最高を記録し、資源と農業部門を押し上げたことにより、利益を政府収入に回すことができました。そのため、ジョブキーパーなどの新型コロナウイルス感染症に対する公共部門の緊急対策を支援することができました。

 

コモディティ価格のピークは過ぎたのか?

中央銀行は、より根強いインフレに対応するため、予想以上に大きな幅の金利引き上げを余儀なくされています。世界経済が生産能力の制約とウクライナ情勢による混乱に直面する中、トレードオフ(二律背反)として経済成長の低下が懸念されます。

ベースメタル価格の動向は、投資家が鉱工業生産の減速を総需要減少の前兆と見ていることから、より広範に経済状況への期待感を測るのに有用であると考えられます。鉱工業生産が低下すれば需要は低下するかもしれませんが、銅とアルミニウムの在庫は15~20年来の低水準にあり、ベースメタル価格の下落を相殺するのに役立つ可能性があることは注目に値します。このような状況ではコモディティ価格の下落は避けられませんが(先物価格でも示唆されています)、来年のオーストラリアの経済成長を左右するのは、その下落幅の大きさです。

同時に、ウクライナを巡る情勢が示すように、コモディティ価格の動きは世界のさまざまな要因に影響されることにも注意が必要で、その影響は未知数です。


通貨の動きに注目

コモディティ価格の動向も重要ですが、米ドルの価値もまた重要です。米ドルは(他の通貨バスケットに対して)20年ぶりの高値に達しています。これは、米国連邦準備理事会(FRB)による大幅な利上げと世界的な混乱により、投資家が高リスク資産から安全資産に逃避したことが要因となっています。ほとんどのコモディティは米ドルで取引されているため、米ドルが高くなると世界の買い手のコストが高くなり、コモディティ需要が減少します。一方、豪ドル安(7月中旬に2年ぶりの安値となる0.67米ドルをつけ、直近では0.70米ドル前後まで上昇)は、米ドルから豪ドルに交換することで利益が増えるため、オーストラリアの鉱業従事者はさらに恩恵を享受できることになります。


鉄鉱石

オーストラリアは世界最大の鉄鉱石の輸出国であり、今までのところ、鉄鉱石は22年の物品輸出収入の23%を占めているオーストラリア最大の輸出品でもあります。

鉄鉱石の価格は21年に不安定な動きを見せ、5月に1トン当たり230米ドル超の過去最高値を記録した後、中国の二酸化炭素排出量を抑えるための鉄鋼生産削減と中国の不動産セクターの減速により11月に1トン当たり85米ドル強の安値まで下落しました。中国政府が22年に3兆6,500億人民元の地方特別債を発行し、大量のインフラ刺激策を公約したため、価格は22年に回復(1トン当たり160米ドル強)しました。


中国の鉄鋼メーカーは22年前半、需要の急増を見込んで生産を増強し、大量の在庫を抱えました。しかし、それぞれ鉄鋼需要の約30%を占めるインフラ部門と不動産部門双方からの鉄鋼需要の低迷により、製鉄所の生産が減速し、鉄鉱石価格が現在1トン当たり100米ドル強まで下落したため、鉄鋼価格(および収益性)が下落しました。

多くの国が新型コロナウイルス感染症の新たな変異株によるパンデミックの影響に直面している中で、中国が、ロックダウンが一部実施されているであろう経済下において、公約したインフラ主導の刺激策を実行する能力があるかは疑問です。また、特に中国の不動産セクターには懸念が残っています。高レバレッジの不動産開発業者における金融ストレスは、中国経済と金融システムの両方に波及する可能性があります。

供給面の状況は、オーストラリアの主要な鉱業従事者が生産能力の限界に近い状態で操業しており、ブラジルの鉄鉱石生産は19年のダム決壊事故後、回復が遅れているため比較的変化はありません。西アフリカのシマンドゥ鉄鉱石鉱山プロジェクトなどの生産開始は数年先となる見込みで、新規の供給が市場に入ることへの期待は薄くなっています。鉄鉱石価格の上昇にもかかわらず、オーストラリアの主要生産者は新規開拓を目指すグリーンフィールドプロジェクトにコミットしておらず、現在の数量を維持するためのインフィルプロジェクトに注力しています。[1]

これらの要因は、今後、鉄鉱石価格に下降圧力をかけると思われます。しかし、鉄鉱石の供給量の制約下で、中国がGDPと政府支出の目標を達成することが相殺要因の1つになり、鉄鉱石価格を上昇させる可能性があります。コンセンサス予想では、鉄鉱石価格は年末までに1トン当たり103米ドルに達し、23年半ばまでに1トン当たり97米ドルに下落するとされています。[2]

 

石炭

オーストラリアは22年に世界最大の石炭輸出国となり、原料炭と一般炭はオーストラリアにとって第2の輸出品です。[3]

20年後半に中国がオーストラリアからの石炭輸入に新たな技術的障壁を導入したことで業界は混乱し、同国への輸出は事実上ゼロになりました。オーストラリアの石炭生産者は、新しい市場へ迅速に進出し、石炭輸出を増加させることにも成功しました。同時に、オーストラリアの石炭は競合国よりも品質が良い傾向があるため、非公式の輸入禁止は中国の発電事業者と鉄鋼メーカーに損害を与えました。

石炭価格の下落が予想されましたが、実際にはその後数カ月で価格が上昇し、特に原料炭の価格が上昇しました。中国当局は現在、2年近く続いたオーストラリア産石炭の輸入禁止措置の終了を検討しており、すでに逼迫している市場の価格が上昇することが予想されます。


オーストラリアは、新市場への開放により、価格変動の恩恵を受けています。石炭価格は、世界的な経済活動の回復と、新型コロナウイルス感染症による労働力不足を含む供給網の混乱により上昇しました。中国固有の要因は、電力需要の大幅な増加と国内供給の一部途絶により、21年半ばに一般炭価格を上昇させました。 

ウクライナを巡る情勢は、欧州諸国がロシアのガスを米国の液化天然ガス(以下LNG)や一般炭などの他の供給源で代替しようとしたため、石炭価格を上昇させました。その上、ガス業界の混乱が一般炭の需要を押し上げました(「エネルギー」の項を参照)。

原料炭は最近、高値から離れ始めています。その要因として、オミクロン株の流行や中国での鉄鋼生産枠の厳格化などがあり、原料炭や鉄鋼価格に影響を与えています。


欧州の冬を前に欧州諸国が代替エネルギー源の確保に奔走しているため、短期的には火力発電用一般炭価格は高止まりする可能性があります。しかし、長期的には、貿易の流れが再編成され、欧州諸国が信頼できるエネルギー源を他に見いだすようになれば、一般炭の価格には下落圧力がかかるでしょう。


コンセンサス予想では、原料炭は年末までに1トン当たり330米ドルに達し、その後23年半ばまでにトン当たり277米ドルに下落するとされています。現在1トン当たり400米ドル強の一般炭は、22年末に1トン当たり310米ドルに、23年半ばには1トン当たり238米ドルに下がると予想されます。

 

エネルギー

21年の原油価格は、減産の反転を上回る石油需要の増加により反発しました。ウクライナ情勢や欧米諸国の対露制裁措置により、供給不足の懸念が浮上しました。

エネルギー市場では、世界の原油需要が世界の原油生産量を大きく上回り、供給が逼迫しています。OPECは増産を図っていますが、OPECの主要生産国は生産能力の限界に近くなっています。米国のシェール生産者は、過去の価格高騰期に比べ、増産が比較的控えめとなっています。各国政府が二酸化炭素排出量の削減を強く求めていることから、石油供給量が大幅に増加する可能性は低く、主要生産者は設備が遊休化する可能性があるため、新規設備の設置に消極的です。 


原油価格はここ1カ月ほど、逼迫したエネルギー市場に対するロシア経済・政治両方の不確実性により非常に不安定で、最近では世界的な景気後退への懸念から下落しています。コンセンサス予想では、ブレント原油は現在の1バレル90米ドル強から年末には101米ドルに達し、23年半ばには1バレル93米ドルにまで下落するとされています。


原油価格に連動するオーストラリアの第3の輸出品であるLNG価格は、ロシアによる欧州のパイプライン「ノルドストリーム」の定期メンテナンスにより供給が逼迫し、ガス流量がメンテナンス前の水準に戻らず、最近急騰しています。本稿執筆時点では、ガス流量は限界能力の20%にとどまっています。このため、欧州のいくつかの国は、ロシアからのガス需要を、米国など他のLNG市場で代替し、より安定した供給を確保するために石炭の使用を増やしています(EUには、ロシアのガスを完全に代替できるだけのLNGを輸入する能力はありません)。

中国がロックダウンの規制を緩和すれば、LNGの需要は増加し、すでに逼迫している市場にさらなるストレスがかかる可能性があります。コンセンサス予想では、アジアのLNG価格は33米ドル/MMBtuに達し、23年半ばには28米ドル/MMBtuに下がるとされています。

 

世界の食料価格

世界の食料価格は、一部の主要生産者の相次ぐ不作と、ウクライナを巡る情勢による供給への影響により、2年前から上昇しています。また、エネルギー価格の上昇は、肥料価格の上昇にもつながり、食料インフレを押し上げています。


ロシアとウクライナは、世界で取引される小麦の28%、大麦の29%、トウモロコシの15%、ひまわり油の75%を供給していることから、この2国を巡る現在の国際情勢は世界中の多くの人々の生活に壊滅的な影響を及ぼしています。特に、国民への支援を行う余裕のない発展途上国は、(非常に高い値段で)エネルギーを大量に輸入しています。

最近、北半球の好天とウクライナの農産物輸出の一部再開により、食料価格は下落しています。 しかし、世界銀行は、23年に10%低下する前に、22年の残りの期間、食料価格は上昇したままであると予想しています。[4] 


政府予算に打撃を与えるコモディティ価格の下落

コモディティ価格の下落が続けば、オーストラリアの交易条件、企業利益、GDP、政府歳入に影響を与えます。連邦予算との関連性をみると、鉄鉱石価格が1トン当たり10米ドル下落し続けると、2022~23年の名目GDPが44億豪ドル、税収が2億豪ドル減少し、2023~24年の名目GDPが23億豪ドル、税収が6億豪ドル減少することになります。

 

主要なコモディティを生産する州も、鉄鉱石価格が1トン当たり1米ドル下落すると、西オーストラリア州のロイヤルティ収入が約8,100万米ドル減少します。一方、クイーンズランド州は、石炭の平均輸出価格が1%下落すると、ロイヤリティ収入が1億700万豪ドル減少することになります。しかし、政府の見通しでは主要コモディティ価格を比較的保守的に見積もっていることから、コモディティ価格が政府予測より低くなるにはまだまだ時間がかかると思われます。


参考文献
[1] コモディティ価格の高騰が続かないこと、中国の需要が今後10年間で減少すること(鉄鋼のピーク)、大型資源プロジェクトの開発および政府認可に数年かかることなどの見通しを反映したものと考えられる。
[2] 前回 2022年7月Energy and Metals Consensus Forecasts™ 
[3] 原料炭(冶金用石炭)は鉄鋼の生産に必要な高品質のコークスを生産し、一般炭(蒸気炭)は電気を生産する。
[4] The World Bank Commodity Markets


サマリー

コモディティ価格の上昇は、国民所得、企業利益、政府歳入の増加という点でオーストラリアに大きな利益をもたらしてきました。歴史的な高水準は続いているものの、世界経済の成長鈍化によりコモディティ価格への下落圧力が続くと、オーストラリアの国民所得に対する朗報が今後減少する可能性があります。脱炭素化もオーストラリアに影響を与える世界的なトレンドであり、必然的にオーストラリアの輸出基盤に影響を及ぼすことになります。オーストラリアはこの変化に早くから対応することで、変化が生じた際に、より有利な立場で適応することができます。


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