EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EY新日本有限責任監査法人 アシュアランスイノベーション本部 AIラボ 公認会計士 本山 禎晃
一般事業会社勤務を経て当法人に入社後は主に製造業、テクノロジー産業の会計監査に従事。2022年よりEYリアルタイムコネクト(継続的監査手法)の開発プロジェクトに従事し、現在はその導入推進に取り組んでいる。
要点
EYでは監査法人と被監査会社のファイナンス部門が共創しながらデジタルトランスフォーメーション(DX)を進めることで、双方にとって新たな価値が生まれると考えています。これまでの連載で、監査のDXがどのように被監査会社への価値提供(リスクの適時把握やインサイト提供など)につながるかをお伝えしています。
本稿では、被監査会社のERP(Enterprise Resource Planning)と呼ばれるITシステム上にあるデータベースと監査法人との間でのリアルタイムなデータ自動連携について紹介します。
監査チームは監査手続の一環として、被監査会社の会計システム等のデータベースから必要なデータを入手し、ツールを用いた分析を行います。分析に至るまでの一般的な手順としては(1)データ抽出(2)データ転送(3)データ加工の3つの工程があります。
まず、監査に必要なデータを被監査会社のシステムなどから抽出する必要があります。その際には次の点について検討および被監査会社と監査チーム間での合意が必要です。
次に、抽出されたデータを、監査法人側のIT環境に転送します。データには機密性の高い情報が含まれるため、データの機密性とセキュリティの確保が求められます。ツールを用いて転送する場合は、安全なファイル転送プロトコル(SFTP、FTPSなど)を使用して適切な暗号化を行い、データが外部からアクセスされることを防止し、データのセキュリティを確保します。
監査法人側のIT環境に転送されたデータは、データ分析ツールに取り込めるよう、加工が必要になる場合があります(<表1>参照)。このプロセスは、データ分析の前提となるデータの完全性を確保する上で重要な工程となります。
従来、被監査会社担当者が各システムから手作業でデータを抽出し、監査チームに手作業で転送することが一般的であり、監査チーム側もデータを受領した後に手作業でデータ加工およびデータ分析ツールへの投入を行うケースが多くあります(<図1>参照)。
しかし、データ抽出、転送、加工を手作業で行う場合、<表2>のような課題があり、高頻度で分析を行うリアルタイム監査の実現において高いハードルとなっています。
前述のような手作業によるデータ抽出、転送、加工の課題は、データ処理の自動化と専門的なツールの利用によって解決できます。各工程を自動化することで、安全かつ迅速に被監査会社から監査法人にデータを高頻度で送信できます。また、ツールの利用によってデータ転送の安全性を確保しながら、複雑なデータの加工処理を正確に実施した上で分析ツールに投入することができます。
これにより、被監査会社、監査チームの双方の作業が効率化され、データ分析の実施頻度を上げることや分析結果の深度ある検討などに活用できます。
被監査会社と監査法人とのリアルタイムなデータ自動連携が実現された場合の効果について、詳しく説明します。
データ連携の自動化により、被監査会社のファイナンス部門と監査チームの双方の生産性が向上し、監査の早期化や平準化が期待できます。具体的には次のような効果があります。
リアルタイムなデータ自動連携によって、監査チームは異常な取引や会計監査上検討すべき論点をタイムリーに把握することができます。そのため、会計不正や仕訳の誤りを早期に発見できる可能性が高まり、監査品質の向上が期待できます。また、期末よりも前に十分な時間を割いて被監査会社のファイナンス部門と会計上の論点の検討ができるため、サプライズを回避することができます。
監査チームは被監査会社の財務情報に関する情報を高頻度で把握できるため、企業が抱えるリスクを早期に把握することができます。監査チームが認識した被監査会社のリスクやインサイト情報をより早期に共有することにより、被監査会社のファイナンス部門はリスクマネジメントの強化が期待できます。
具体的には、リアルタイムなデータ自動連携により、決算処理における仕訳入力の遅延や伝票の修正回数など、財務数値が積み上げられるプロセスの遅延や誤りを監査チームが早期に発見することが可能となり、監査チームは、被監査会社の財務報告プロセスを理解することで、リスクの伝達や内部統制の改善提案につなげることができます。また、データ分析結果に関する監査チームとのコミュニケーションを通じて、異常な取引や不正に対する感度を向上させることもファイナンス部門のリスクマネジメントにおいてプラスになります。
これらの取り組みにより、被監査会社のファイナンス部門はリスクマネジメントを強化し、不正行為や会計処理の誤りなどの財務報告リスクを最小限に抑えることができます。
これらのメリットは、リアルタイムなデータ分析を実施するデータドリブン経営を実践している被監査会社において、特に相乗効果を発揮します。データの自動連携が実現すれば、被監査会社のファイナンス部門と監査チームとの議論が双方のデータ分析結果を基に行われるため、コミュニケーションの頻度や質が向上し、ビジネス、業務プロセス、会計処理への相互理解が深まります。監査業務の円滑な進行とともに、被監査会社と監査チームの信頼関係が強化されます。
前述のように、リアルタイムなデータ自動連携は、被監査会社にとって多くのメリットをもたらすことが期待されます。双方の生産性向上、監査品質の向上、リスクやインサイトの提供など、これらのメリットは企業価値の向上につながるため、積極的に取り組むべきです。
当法人は、被監査会社のITシステムと会計仕訳異常検知アルゴリズム(AI/機械学習)を組み込んだEY財務分析ツールとのリアルタイムなデータ自動連携、リスク識別を可能とする監査手法(以下、EYリアルタイムコネクト)の本格運用を2023年3月より開始しています。
EYリアルタイムコネクトでは、被監査会社のITシステム上にあるデータベースからのデータ抽出、当法人へのデータ転送、加工および異常検知アルゴリズムの計算から異常検知結果の視覚化、監査チームへのアラート通知までの一連の工程を自動化することにより、リアルタイムなリスク識別を可能とします(<図2>参照)。
EYリアルタイムコネクトでは、データの抽出、転送を自動化することで、データ分析のために必要かつ膨大なデータを安全かつ迅速に被監査会社から当法人に送信することができます。また、データ格納作業および分析ツールによる異常検知を手動で行う必要がなくなります。さらに異常検知結果を自動的にメールでアラート通知する機能を備えていることから、監査チームはリアルタイムで異常検知結果を把握し、監査手続に役立てることができます。
当法人は被監査会社における前述のEYリアルタイムコネクトの導入を順次進めていくとともに、会計・開示システム提供先との連携やオープンデータの活用を継続的に進めていく予定です。当法人はAIを活用したリアルタイムなデータ自動連携、リスク識別の追求を可能とする未来の監査(継続的監査手法)を実現していきます(<図3>参照>)。
※ 監査におけるAIの活用 https://www.ey.com/ja_jp/digital-audit/ai#tool-b
*1 本誌2020年2月号「仕訳データによる高解像度財務分析手法」
*2 本誌2020年11月号「補助元帳を活用した循環取引の検知について」
*3 本誌2023年新年号「拠点損益情報を活用した利益付替などの異常検知について」
*4 本誌2023年3月号「請負業における機械学習を活用したデータ分析」
*5 本誌2023年6月号「AIとイベントログを用いたプロセスの異常検知」
リアルタイムなデータ自動連携には、被監査会社、監査法人の双方にとって多くのメリットがありますが、<表3>および<表4>の点について留意して進める必要があります。
リアルタイムなデータ自動連携は、データや監査対応における留意事項はあるものの、被監査会社、監査法人の双方にとって多くのメリットをもたらすことが期待されるため、当法人に限らず今後広く展開していくことが予想されます。EYでは、データセキュリティやデータクオリティの管理に注意を払いつつ、効率的かつ効果的な監査手法の確立を引き続き推進していきます。
本稿では、被監査会社のITシステム上にあるデータベースと監査法人との間でのリアルタイムなデータ自動連携について、その効果および留意事項も含めて紹介します。
※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。
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