内部統制報告制度の改訂 第4回:内部監査人の資質と技能に関する日本企業の現状課題とその解決に向けた方策

情報センサー2024年2月 特別企画

内部統制報告制度の改訂 第4回:内部監査人の資質と技能に関する日本企業の現状課題とその解決に向けた方策


内部監査人がステークホルダーから信頼されるパートナーとなり、組織内におけるプレゼンスを高められるよう、そのために必要な資質と技能、およびそれを習得するために必要な方策について具体例を交えて紹介します。


本稿の執筆者

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 Internal Audit Sub-unit Leader パートナー 林 直樹

内部監査サービスのリーダーを務める。内部監査に関するソリューション開発、サービス責任者等に従事。一般社団法人日本内部監査協会、一般社団法人企業研究会などにおける内部監査に関する講演多数。主な業種は、製造業、製薬業、商社、通信、電鉄、電力、ITサービス、小売業等。



要点

  • 内部監査人の資質と技能に関する日本企業の現状課題
  • 内部監査に必要な知識と技能の具体例の紹介
  • 知識と技能を習得するための具体的方策の紹介


Ⅰ はじめに

令和5年4月7日付で改訂された「財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準」において、内部監査人に対して熟達した専門的能力と専門職としての正当な注意をもって職責を全うすることを求める旨が強調されました。今回の実施基準の改訂にかかわらず、従前より内部統制の独立的評価において内部監査人は重要な役割を担っていることが示されており、特段新しいことが求められたわけではありませんが、今回あらためて内部監査人の能力および姿勢について強調されたことの意味について深く考慮する必要があります。そこで今回、経営者や監査部等の内部監査担当部門(以降、内部監査部門)が内部監査人の能力や姿勢の改善、強化に向けて取り組むための参考として、内部監査人に求められる資質や技能、ならびに、その確保に向けた取り組みについて考察します。


Ⅱ 内部監査人に求められる資質と技能および日本企業の現状課題

 

内部監査の国際団体であるThe Institute of Internal Auditors(略称 IIA:内部監査人協会)では、組織全体のガバナンス、リスクマネジメントおよび内部統制の有効性を評価、改善するために内部監査の専門職として規律ある姿勢で体系的な手法をもって行うことを求めています。本章では、内部監査人がこれらの役割と責任を果たすために具体的にどのような資質と技能が求められるのかについて考察します。

 

はじめに、内部監査人に求められる資質について考えていきます。まず内部監査人の資質として絶対条件となるのが、誠実性、高潔性、真摯な姿勢、つまり倫理観です。また、客観性も不可欠な要素と言えます。内部監査人は、自己または他者の利害により不当な影響を受けてはならないことはもちろん、心証のみに基づく判断や先入観に基づく判断を行ってはならず、常に客観的な事実、分析に基づいて判断を行う必要があります。例えば、承認の記録があるだけで内部統制が有効であると評価すべきではなく、承認を行う際に何をどのような着眼点をもって確認し、どのような判断基準をもって問題ないと判断して承認を行っているのかを確認した上で内部統制の有効性を評価すべきです。また、規程やマニュアルの内容は必ずしも完全なものではなく、それらが正であるという先入観に基づき規程やマニュアルを遵守していれば問題ないと判断すべきではありません。この場合、まず、規程やマニュアルの内容に問題がないかを客観的に分析した上で、有効と判断された定めについてその遵守状況を評価する必要があります。

 

倫理観、客観性に加え、内部監査人には専門的能力が求められます。専門的能力は日本企業における内部監査人の最大の弱点と言えます。内部監査人がどれだけ高度な倫理観、客観性を持っていたとしても専門的な能力を欠いていては信頼に足る監査を行うことはできません。したがって、次章で詳述する内部監査の専門的能力の不足の解消は喫緊の課題と言えます。
 

日本企業の内部監査の専門的能力が不足している理由は、欧米企業と比べて内部監査の歴史が浅いことに起因していると考えられます。多くの日本企業では本格的に内部監査を行うようになったのは2006年に会社法が施行された以降であり、経営者の内部監査に対する期待、関心はまだなお十分でない場合が見られます。それにより組織内における内部監査の位置付けが低くなり、内部監査の専門的能力が高まっていかないものと考えられます。欧米の内部監査先進企業においては、内部監査は組織の持続的成長のための重要な機能であると考えられており、その維持、強化に向けて人的資源、予算等についても経営者による潤沢なサポートを受けています。欧米では経理や法務と同様、内部監査についても専門職とみなされており、監査部員の大多数は潤沢な監査経験を持つ専門家です。それに対して、日本企業ではキャリアの最後に数年在籍する部門という色合いがいまだに濃いです。最近でこそ、中堅社員を内部監査部門に配属することが少しずつ増えてきていますが、それも数年間の在籍に限られることが多く、内部監査の専門家と言えるレベルに達する前に異動してしまうということが目立ちます。これでは、内部監査の専門的能力は確保できません。

 

こうした見解に対して、日本企業では内部監査部門に限らず他部門においても在籍年数は限られており、ジョブローテーションが行われているという反論があるかと思われます。しかし、内部監査人は、他部門と同様、自部門の業務に特有の専門的知識、技能を習得する必要があることに加え、組織の業務執行から独立した見地からあらゆる業務を監査することが求められているという特性上、多くの部門の業務や子会社で行われている事業などについて広範な知識を必要とします。したがって、2~3年の在籍期間で内部監査の専門的能力を充足することは困難です。

 

さらに、現在の内部監査は、リスクベースによる監査が主流となっており、チェックリストに基づいて〇✕判定するだけで充足するような監査では不十分です。したがって、監査の専門的技能、監査対象業務に関する知識に加え、監査対象業務を客観的に分析し、最適なソリューションを導き出すための論理的思考力、情報解析能力、情報を引き出すためのコミュニケーション能力、法令や規程類等に定めのない事項に関する指摘、改善提案を行うにあたって監査先の納得、同意を得るためのプレゼンテーション能力などといったソフトスキルも高度なレベルで必要となります。

 

その上、最近では、ESG、セキュリティ、DXなどに代表されるような極めて高度な専門性を要するテーマの監査ニーズが高まってきており、内部人材だけでは賄いきれなくなってきています。欧米の内部監査先進企業では、こうしたテーマの監査を行うに当たり、外部専門家へのアウトソーシングを活用しています。つまり、そのための予算を経営者が提供しているということです。

 

このように現状の日本企業の内部監査の人材方針や予算を含めた経営者による支援体制では、現在およびこれからの時代に求められるような監査には対応しきれません。したがって、このような現状課題を解決するため、どのような取り組みを行っていくべきかについて次章において考察していきます。


Ⅲ 内部監査人に関する課題の解決に向けた取り組み

内部監査人の専門的能力の向上を図り、監査対応力を高めるためには、まず監査に必要な知識、技能を網羅的に識別した上で、監査部員によるその具備状況を定期的に評価し、知識、技能の不足を補完するための方策を定めることが有効です。これをスキルインベントリーと言います。

「監査に必要な知識、技能の識別」においては、以下の分類により整理すると網羅性を高めやすいです。


1. 知識

① 内部監査業務に関する知識(例.内部監査の国際基準、COSO内部統制のフレームワーク、システム監査基準)

② 内部監査周辺業務に関する知識(例.コーポレートガバナンス、リスクマネジメント、コンプライアンス等)

③ 監査対象業務に関する知識(例.法令、IT、経理、人事、販売、購買、製造)


2. スキル

① 監査技能(例.リスク分析のために行うべき予備調査手続の作成、リスクが高い領域の識別・分析、具体的なリスクおよびその発生シナリオの識別・分析、リスクに対してあるべき内部統制の導出、リスクや内部統制を評価するための監査手続の作成、サンプリング技法、インタビュー技法、根本原因分析、改善提案の導出、レポートライティング)

② ソフトスキル(例.論理的思考、コミュニケーション、プレゼンテーション、プロジェクトマネジメント)

「知識、技能の不備状況の評価」については、毎年定期的に行うことが望ましいです。評価は監査部員ごと個別に行いますが、個人ですべての知識、技能を漏れなく具備することを求めるものではなく、内部監査部門総体として必要な知識、技能をどのぐらい具備できているかを最終的に評価します。これは、現在の監査においては、監査対象業務、リスクがあまりにも広範に及ぶため、個人でそれを網羅することは現実的ではなくチームでそれを補完し合うという体制が現実的であるためです。例えば、最近の監査で用いられることが多いデータ分析については、すべての監査人がその技能を持たずとも、データ分析班がそれを担い、その分析結果を実地監査班に連携して、現場検証を行うといった体制が考えられます。

「知識、技能の不足を補完するための方策」については、例えば、社内外の研修受講、監査部内の所定のプログラムに基づくOJT、資格取得支援、自己学習のための書籍購入支援、他部門の人材を内部監査担当者として一時的にレンタルするゲスト監査人プログラム、グループ企業の内部監査人のプーリング、外部採用、外部委託などの方策が考えられます。このような具体的方策を定めてプログラム化することが肝要です。

上記のスキルインベントリーのほか、Subject Matter Expert (SME)と呼ばれるナレッジマネジメント制度も内部監査人の専門的能力の不足を補完するための有効な手段と言えます。現在の監査では特定の個人がすべての業務領域の専門性を持つことは困難であり、内部監査人の間で分担して知識を蓄積、共有する必要があります。そのため、SME制度では、業務、テーマごとにSMEを任命して、各SMEが当該業務、テーマにおける知識の収集・習得をリードし、他の内部監査人に蓄積された知識を共有するという仕組みを構築、運用します。


Ⅳ おわりに

今回の実施基準の改訂において、あらためて内部監査人の能力および姿勢について強調されたのは、そこに課題があるからに他なりません。その課題を認識していない、あるいは認識していながらも必要な対策を講じていない経営者や内部監査部門も少なからずいるものと思われます。内部監査人は執行から独立しているが故に、それが不十分であっても執行業務は円滑に回ってしまうため、その改善、強化に向けた対応が後回しにされがちです。しかし、J-SOXにおける内部統制の独立的評価において内部監査人が重要な役割を担っていることは明らかであり、また、J-SOXのみならず、コーポレートガバナンスや会社法が求める内部統制システムの構築および運用においても内部監査人は重要な役割を担っています。こうしたことからも、経営者や内部監査部門は内部監査人の専門的能力や姿勢に関する課題に真摯に向き合い、その確保に向けてこれまで以上に積極的に取り組んでいくことが望まれます。


内部統制報告制度の改訂シリーズ

第1回

公開済

第2回

公開済

第3回

公開済

今回

内部監査人の資質と技能に関する日本企業の現状課題とその解決に向けた方策

第5回

公開済


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www.biz-book.jp/isbn/502306



サマリー 

J-SOX実施基準の改訂により内部監査人の能力および姿勢についてあらためて強調されたことを受けて、内部監査人に求められる資質と技能およびその現状課題、ならびにその解決のための方策について考察します。


情報センサー

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