- 経済協力開発機構(OECD)は2022年10月6日、「税制優遇措置とグローバルミニマム課税:GloBEルール導入後における税制優遇措置の再検討(Tax Incentives and the Global Minimum Corporate Tax: Reconsidering Tax Incentives after the GloBE Rules)」と題するレポートを公表した。
- 同レポートは、先進諸国・地域と開発途上諸国・地域における現行の税制優遇措置の使用をグローバル税源侵食防止(GloBE:Global Anti-Base Erosion)ルールに照らして取り上げており、同ルールの主な規定が各種税制優遇措置にそれぞれどのような影響を及ぼし得るかを説明している。
- 同レポートは、各国・地域がさまざまな種類の税制優遇措置に対する第2の柱の想定される影響を評価する際の参考資料であり、GloBEの実施を踏まえて自国・地域の税制優遇措置環境を見直す際に検討すべき提言を示している。
エグゼクティブサマリー
OECDは2022年10月6日、「税制優遇措置とグローバルミニマム課税:GloBEルール導入後における税制優遇措置の再検討」と題するレポート(以下、「レポート」)を公表しました。G20議長国であるインドネシアの要請により作成された本レポートは、第2の柱の準備に際して各国・地域が検討すべき事項をまとめています。とりわけ、先進諸国・地域と開発途上諸国・地域における現行の税制優遇措置をGloBEルールに照らして取り上げており、同ルールが各種税制優遇措置にそれぞれどのような影響を及ぼし得るかを説明しています。
レポートは、GloBEルールの設計により、各国・地域が税制優遇措置改革に取り組む新たな機運が生まれる可能性があるとの見方を示しています。GloBEルールは全ての納税者または全ての税制優遇措置に同じように影響を及ぼすわけではないため、第2の柱導入後の環境を慎重に考慮する必要があるとレポートでは論じています。とりわけ、実体のある有形資産投資または雇用を生んでいない企業グループに超過利益をもたらす優遇措置の使用をOECDは牽制しています。OECDは、給与や有形資産に紐付けられた支出ベースの税制優遇措置は極めて効果的であることが証明されている上、実体ベース所得控除(SBIE:Substance Based Income Exclusion)ルールに起因してこれらの税制優遇措置はGloBEルールの影響を最も受けないであろうとの見解を示しています。
GloBEルールのもと企業グループがトップアップ税の支払義務を負う結果になりかねないリスクの大きい既存の優遇措置と、その国・地域にとって大きな歳入逸失になる既存の優遇措置に加え、適格国内ミニマム税(QDMT:Qualified Domestic Minimum Taxes)の導入に焦点を当てた税制優遇措置改革が、各国・地域、特に開発途上諸国にて第2の柱の実施準備において進めることができる最も重要な最初のステップになるだろうとレポートは提言しています。
日本企業におかれましても、優遇税制のメリットを享受し続けるためには、各国におけるGloBEルールへの対応状況について情報を収集し、適切な対応を検討することが必要になると考えられます。
詳細な考察
背景
OECDは、2021年12月にモデルルールを、2022年3月にそれに関係するコメンタリーを公表しました。これら文書の趣旨は、第2の柱に関する協定に参加している135を超える国・地域に対して、ミニマム課税ルールをそれぞれの国内法制に組み込む際の共通の枠組みを示すことにあります。1
GloBEルールの導入により、対象企業グループの実効税率を15%未満に引き下げる一定の税制優遇措置の有効性が制限される可能性があります。税制優遇措置は多様な目的のために先進諸国・地域および開発途上諸国・地域のいずれにおいても広く使用されている手段であり、各政府は、国内の租税政策の観点から見たGloBEルールの意味合いを検討する必要があるでしょう。
レポートは、G20議長国であるインドネシアの要請によりOECDが作成しました。
レポートの概要
OECDは2022年10月6日、「税制優遇措置とグローバルミニマム課税:GloBEルール導入後における税制優遇措置の再検討」と題するレポートを公表しました。レポートは、GloBEルール導入後の環境における自国・地域の税制優遇措置を評価する際の参考資料という位置づけのものであり、第2の柱の実施を準備する際に各国・地域が検討すべき提言を示しています。
レポートは7つの章に分かれており、また3つの付録が付されています:
- 第1章:概要
- 第2章:税制優遇措置の使用と設計
- 第3章:GloBEの主な要素
- 第4章:GloBEルールと税制優遇措置の使用
- 第5章:GloBEと税制優遇措置の設計
- 第6章:政策当局の選択肢
- 第7章:まとめ
- 付録A:OECD投資税制優遇措置データベース(ITID:Investment Tax Incentives Database)
- 付録B:メソドロジー
- 付録C:補足図表
第2章:税制優遇措置の使用と設計
本章では、世界各国・地域における税制優遇措置の使用と設計に関する概要が、開発途上諸国・地域を中心に説明されています。OECDによると、税制優遇措置は、特定の活動、業種、公共財への投資、または特定の地理的場所への投資を国内政策の観点から促進するために使用できます。
税制優遇措置の急激な増加は、対内直接投資の誘致・維持競争によるとレポートは指摘しています。OECDによると、2009年から2015年の間、新しい税制優遇措置の導入と既存の優遇措置の拡大を目的とした改定は、税制優遇措置の廃止と既存の優遇措置の縮小を目的とした改定を数で上回りました。その結果、税制優遇措置の使用増加が影響して法定法人税率と実効法人税率は世界的に低下しているとレポートは指摘しています。OECDによると、2018年、(連結売上高)7億5千万ユーロの閾値を超える企業グループの利益合計の54%について、実効税率が10%を下回っていたことが国別報告書のデータに基づく上限値からうかがえます。
税制優遇措置の設計は地域によってさまざまであり、開発途上諸国・地域では対象を広く設定した所得ベースの税制優遇措置の使用が顕著であるとレポートは説明しています。例えば、税率の引き下げや課税猶予、その他税源縮小規定(投資控除など)が使用されています。この点に関してレポートは、所得ベースの税制優遇措置よりも支出ベースの優遇措置の方が、特定の国・地域での雇用および活動の誘致に効果的であるとの結論を導き出している経済的調査に言及しています。
GloBEルールはさまざまな税制優遇措置の使用にさまざまな形で影響すると考えられ、優遇措置によっては影響の程度が限られるものもあります。OECDによると、税制優遇措置が有形資産投資と雇用の誘致に効果を発揮している場合は、GloBEルールによる影響は限定的になる見込みです。反対に、税制優遇措置により、相応の実体のない国・地域において軽課税利益が生じる場合は、影響が大きくなることが予想できるとOECDは指摘しています。
第3章:GloBEの主な要素
第3章では、GloBEルールの主な構造が説明されています。GloBEルールの適用範囲に関する原則やGloBE所得(GloBE Income or Loss)および対象税額(Covered Taxes)の算定、実効税率の計算に関する概要が記載されています。また、企業グループのトップアップ納税額の算定における主な手順の概要も示されています。
第4章:GloBEルールと税制優遇措置の使用
第4章では、GloBEルールとさまざまな税制優遇措置の相互作用が説明されています。各国・地域がGloBEルールの考えられる影響を評価する際は、(i)国・地域レベル、(ii)事業体レベル、(iii)優遇措置レベルから成る3段階の枠組みを用いてGloBEルールと税制優遇措置の相互作用を検討することをOECDは提言しています。
国・地域レベルでは、税制優遇措置へのGloBEルールの影響は、その国・地域の通常の法人税制、課税標準の定義、税源縮小規定の範囲、投資家に税を課し得る他の国・地域の租税規定(例えば、外国子会社合算税制)の影響に左右されるとレポートは指摘しています。
事業体レベルでは、GloBEルールによる実効的な課税が増える程度は、投資家の特徴とその国・地域で行なっている活動の性質に左右されるとレポートは指摘しています。対象の投資家に関しては、その国・地域に相応の実体があまりない場合は、トップアップ税の納付義務が生じる可能性がより高くなる見込みです。また、特定の国・地域において事業体によって実効税率が異なる企業グループについては、GloBEルールによる影響が他より小さくなる可能性があります。
税制優遇措置レベルでは、GloBEルールの影響は税制優遇措置の設計に大いに左右されるとレポートは指摘しています。(i)GloBEの対象外である活動(例えば、海運やファンド)を対象とする税制優遇措置は影響を受けません。(ii)実体要件のある税制優遇措置は企業グループに対して、SBIEの恩恵を受ける実体のある活動をその国・地域で新たに手掛けるよう促す可能性があります。(iii)特定区分の所得または支出を対象とする税制優遇措置(特定種類の所得に適用される軽減税率など)は、税負担がより重い他の活動からの所得と合算され得るため、広く適用される税制優遇措置(一定の企業に対する恒久的な軽減税率など)よりも受ける影響が小さくなる可能性があります。(iv)優遇措置を組み合わせることができる場合は、優遇措置の通算により、より低い実効税率を生じさせる効果があります。(v)財務会計の原則およびGloBEの実効税率の計算に基づく会計処理に起因して、税制優遇措置によっては影響が小さくなるものがあります(例えば、適格還付税額控除(Qualified Refundable Tax Credits))。
第5章:GloBEと税制優遇措置の設計
この章では、さまざまな優遇措置の投資期間中における実効税率への影響を、定型化した例を用いて分析した内容が主に取り上げられています。OECDによると、どの優遇措置がどの条件のもとGloBEの影響を強く受けるかについて政策当局がより良く理解できるようにする趣旨で、レポートの第4章に概説されている国・地域レベル要因と事業体レベル要因が解説されています。
GloBEルールの3つの主要要素、すなわち「ルールの範囲」「GloBE実効税率の計算」「SBIE」が税制優遇措置への影響の違いを生じさせるとレポートは指摘しています。
任意の税制優遇措置へのGloBEルールの影響は、その措置がGloBE実効税率の軽減に寄与する程度に左右されます。税制優遇措置へのGloBEルールの影響の程度は、その税制優遇措置が「分子、すなわち対象税額(Covered Taxes)を減らすか否か」「分母、すなわちGloBE所得を増やすか否か」または「GloBE実効税率への中立的影響を確保するために調整されるか否か」に左右されます。
レポートは、最も影響を受ける公算が大きい税制優遇措置と、影響を受けないまたは影響を受ける公算が小さい税制措置を識別しています。前者の税制優遇措置には、GloBE実効税率の計算にて対象税額の減額として扱われる措置が挙げられています。後者には、一定の還付税額控除や、納税を将来に繰り延べる税制優遇措置をレポートは挙げています。レポートにはまた、さまざまな税制優遇措置の影響を説明する例も盛り込まれています。
GloBEルール導入後の環境において、税制優遇措置の及ぼす影響について、SBIEも大きく関係すると論じています。SBIEが適用されるため、GloBEに基づくトップアップ税の額は、その事業体における経済的実体(給与の支払いや有形資産)に左右されます。レポートには、GloBEに対する経済的実体の影響を説明する例が示されています。
第6章:政策当局の選択肢
本章には、自己の税制優遇措置環境をGloBEの実施に照らして見直したいと考える国・地域のために、大まかな枠組みが示されています。OECDによると、投資を誘致するための税制優遇措置を使用し続ける機会はGloBEルールのもとでも残りますが、そうした優遇措置は慎重に設計する必要があるとされています。この点に関してレポートは、開発途上および新興諸国・地域がGloBEの準備を進める際に検討すべき提言を示しています。
OECDによると、各国・地域は税制優遇措置の使用の見直し・再考をすべきとされています。OECDの見解では、第2の柱とGloBEルールはとりわけ、政府が税制改革に取り組み、また税制優遇措置によるコストが利益を上回る場合にそうした税制優遇措置を廃止することを促すとみられています。第2の柱のグローバルな性質に鑑みると、国・地域が何ら手を打たないと歳入を逸失しかねないとレポートは強調しています。さらにレポートは、GloBEが税制優遇措置の使用にどのような影響を及ぼし得るかについて、全ての状況に当てはまる答えはないと指摘しています。というのも、一定の納税者や一定の優遇措置の設計が受けるGloBEルールの影響が、他の納税者や設計と比較して小さくなる場合があるからです。
OECDによると、GloBEルールの考えられる影響は国・地域によってさまざまであり、また適切な政策対応も違ってくるため、税制改革案は慎重に検討する必要があります。税制改革は、確固とした経済原理と根拠を基にし、かつ税制度の透明性を向上すべきであるとOECDは見解を示しています。また国・地域によっては、GloBEルールの影響を直接的に受ける措置以外の税制優遇措置の使用も見直したいと望むかもしれません。レポートは、特定の国・地域におけるGloBEルールの影響の一次判定を行うための手順の例も概説しています。
税制改革には時間がかかるかもしれませんが、差し当たって各国・地域が講じることができる措置があるとレポートは指摘しています。OECDによると、迅速な対応として各国・地域は、何もしなければ他の国・地域に徴収され得る軽課税利益にかかるトップアップ税を必ず自国・地域で徴収できるように、QDMTの導入を検討することを推奨しています。
レポートはさらに、必要に応じた租税回避防止ルールの強化または合理化や課税能力への投資の継続など、GloBEルールの実施準備のために租税政策の改革も検討する必要があると指摘しています。
第7章:まとめ
レポートは、全ての国・地域、企業グループおよび税制優遇措置がGloBEルールの実施による影響を等しく受けるわけではないと繰り返し述べています。税制優遇措置によっては、GloBEルールの影響を受けにくい制度もあります。したがって、税制優遇措置を評価し、場合によっては再設計する際には、各国・地域は次に掲げる事項を考慮するる必要があります:(i)企業グループの税率を低くする国内の税制度における要素、(iii)自国・地域で事業を営んでいる事業体の性質、(iii)自国・地域で事業を営んでいる事業体が手掛けている活動、(iv)そうした納税者に認めている税制優遇措置とその特徴。
OECDでは、GloBEルールの実施に向けた最初の一歩として、各国・地域はQDMTの導入を検討すべきとしています。OECDの見解では、QDMTの導入による企業の競争力への影響は限定的だと指摘しています。各国・地域がQDMTを導入しない場合においても、GloBEルールによってトップアップ税が課税されるからです。また、新しい税制優遇措置の導入や、安定化条項が盛り込まれている投資協定または投資契約の締結を検討している場合には、GloBEルールの導入準備に際してそれらを評価し、影響を見極めるべきだとOECDは注意を促しています。
最後に、レポートによるとOECDは、開発途上諸国・地域がGloBEルールの実施に向けて税制改革を検討するのを支援する、技術的支援制度を立ち上げる予定です。
付録
レポートには補足用の付録が3つ付されています。
レポートの付録Aには、開発途上および新興諸国・地域における法人税優遇措置の設計と対象に関する定量・定性的情報を、一貫したデータ収集手法を用いてまとめたOECD投資税制優遇措置データベースの説明が記載されています。各税制優遇措置について、次の3つの分野に関する情報が記録されています:(i)その措置の特徴、(ii)適用条件、(iii)法的根拠。2022年7月現在、同データベースはユーラシア、ラテンアメリカ・カリブ海、中東、北アフリカ、東南アジア、サハラ以南のアフリカにある48の開発途上および新興諸国・地域を網羅しています。
レポートの付録Bには、レポートの第5章にて使用されているメソドロジーの説明が記載されています。同メソドロジーは、税制優遇措置がある場合の企業の実効税率に対するGloBEの影響を分析し、時間的に変化する税制優遇措置の設計上の特徴を柔軟に捉える、将来予測的な実効税率の枠組みを基にしています。
付録Cには、レポートの第5章で論じられている主な結果を裏付ける補足的な図表がまとめて掲載されています。
日本企業に求められる対応
本レポートの記載のとおり、全ての国・地域、企業グループおよび税制優遇措置がGloBEルールの実施による影響を等しく受けるわけではありません。従いまして、まずはGloBEルールの導入による影響に対する評価を行うことが重要となります。また、安定的な投資および経済活動を維持できるよう、GloBEルールの導入による影響の緩和のための対応を各国当局も急いでおります。そのため、各国における対応状況に関する定期的な情報収集、および適切な対応を検討することが必要となります。この点に関し、欧米企業については、積極的な情報収集および当局との交渉を行っているケースが比較的多く散見される中で、日本企業におかれましても、現地子会社および現地専門家等との連携により、既存の優遇税制のメリットを享受しつづけられるための体制構築が必要と考えられます。
巻末注
- 2021年12月22日付EY Global Tax Alert「OECD releases Model Rules on Pillar Two Global Minimum Tax: Detailed review」、2022年1月7日付EY Japan税務アラート「OECD、第2の柱(グローバルミニマム課税)に関するモデルルールを公表 前編」、2022年1月26日付EY Japan税務アラート「OECD、第2の柱(グローバルミニマム課税)に関するモデルルールを公表 後編」、2022年3月21日付EY Global Tax Alert「OECD releases Commentary and illustrative examples on Pillar Two Model Rules」、2022年4月12日付EY Japan税務アラート「OECD、第2の柱のモデルルールに関するコメンタリーと計算例を公表(前編)」、2022年4月15日付EY Japan税務アラート「OECD、第2の柱のモデルルールに関するコメンタリーと計算例を公表(後編)」をご参照ください。
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