EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EY新日本有限責任監査法人 アシュアランスイノベーション本部 AIラボ
公認会計士 市原 直通
2003年、当法人入社。金融機関におけるデリバティブの公正価値評価やリスク管理に関する監査、アドバイザリー業務に従事。16年より会計学と機械学習を用いた不正会計予測モデルの構築・運用や監査業務におけるAI活用に関する研究開発に従事している。日本証券アナリスト協会 検定会員。
公認会計士 根建 栄
2004年、当法人入社。主に製造業やサービス業の監査業務、内部統制構築支援業務、M&Aアドバイザリー業務等に従事。21年より機械学習を用いた異常検知システムの開発・運用に従事し、Digital Auditの推進に取り組んでいる。
要点
EYでは次世代の監査に向けて監査業務の変革に取り組んでいます。データとテクノロジーを活用し、より効果的、効率的な監査を実現することで監査品質の向上を図るとともに、被監査会社のファイナンス部門と監査法人が共創しながらデジタルトランスフォーメーション(DX)を進めることで、双方にとって新たな価値が生まれると考えています。
本連載を通じて具体的な分析手法の紹介や、被監査会社のERPや会計システムとの連携に関する取組みを紹介し、監査のDXによりどのようにリスクの適時把握やインサイト提供を通じて被監査会社への価値提供を目指しているかお伝えします。
初回の本稿では、小売・外食産業等で多数の同質な店舗をチェーン展開している会社の財務諸表監査における高度な分析手法の一例を紹介します。
ドラッグストア、コンビニエンスストア、大手外食等、多数の同質な店舗をチェーン展開している会社では新規出店や退店が頻繁に行われ、スクラップ・アンド・ビルドを繰り返しながら企業規模を拡大していきます。主な固定資産は店舗および店舗設備であり、店舗は直接所有するケース、テナントとして物件を賃借するケースがあります。一般に店舗ごとに継続的な収支管理が行われることから、固定資産の減損の検討においては各店舗が減損グルーピングの単位となるケースが多く見られます。
このように、減損グルーピングの単位が非常に小さく、スクラップ・アンド・ビルドが前提となっていることから不採算の店舗も少なくないため、減損損失が発生しやすい業種であるといえます。
固定資産の減損会計基準に基づき、継続的に赤字の店舗は減損の兆候ありとなり、減損損失計上の検討をする必要が生じることとなります。これに対して、従前より店舗間で売上や原価、経費の付替を行い、店舗損益を操作することで本来赤字の店舗を黒字化し、減損検討の俎(そ)上に載ることを回避するという不正が行われてきました。固定資産簿価が大きく、かつ2期連続赤字に陥りそうな店舗があった場合、店舗損益が少しでも黒字であれば多額の減損損失を回避することができることから、店舗損益の付替は不正の手口として利用されることが多かったと思われます。
会計監査において、多数の店舗の少額な異常値を検出することは容易ではありません。従来、分析的手続としては店舗損益や利益率の推移分析といった手続が行われてきましたが、店舗ごとに前年比較を行ったところで新型コロナウイルス感染症による経済状況の変化などをはじめとするさまざまな外的環境の変化により大きな変動が生じるため、効果的に不自然な動きを捉えることに限界がありました。本稿では、店舗損益データの中で外的環境の変化があっても変わらない関係性が一部に存在することに着目し、この関係性を用いて店舗損益の付替などの操作による不自然な動きを異常検知する手法を紹介します。
各店舗における費用科目は主に商品原価、人件費、賃料、減価償却費であり、賃料や減価償却費は毎月固定的なことが多いのに対して商品原価や人件費は各店舗の売上高と連動性が高いケースが多く見られます。これは外的環境の変化があっても賃料や減価償却費などの固定費はそれほど変化せず、また売上に対する変動費率もビジネスモデルが大きく変わらない限り変わらないことから、月ごとの売上に対する固定費・変動費の関係性は外的環境の変化に強いと解釈できます。この関係は、各店舗における原価や営業利益を従属変数に取り、売上高を説明変数として回帰分析することにより表現できます(回帰分析により売上と原価や営業利益の関係を表したものは、固変分解を行った結果とも解釈できます)。
例えば、過去3年(36カ月)分のデータを用いて売上高を横軸に取り、原価や営業利益を縦軸に取って関係性を表すと<図1>のように売上の動きに比例する形で原価が線形に動くケースが多く見られます。
そこで原価や営業利益をy、売上高をxとして
y=ax+b+ε
という形で関係性をモデルとして表現し、店舗ごとに最小二乗法によりこのモデルを推計することで各点の異常度a(yi)を次のように計算ができるようになります。
a(yi)=yi-(axi+b)
この異常度を用いることで、通常の売上と原価や営業利益の関係性が崩れた店舗・時点・科目を特定することができるようになります。<図1>のグラフ内で赤丸で囲んだ点は、該当店舗の原価を時系列で表したグラフで表しても<図2>のような形で不自然な動きとなっていることが見て取れます。
過去の事例によると、原価の付替に限らずさまざまな科目を用いた店舗損益の不正操作が行われており、売上高も例外ではありません。原価については分析に当たり売上高との関係性に着目しましたが、売上高についてはどうでしょうか。多数の同質な店舗をチェーン展開している会社では、外的環境の変化に強く、多くの状況で成立する関係性として、各店舗間の連動性が高いということが挙げられます。それぞれの店舗ごとに立地や店舗規模など固有の要因があり売上高の水準は異なりますが、各店舗の売上高の時系列の動きを並べてみると比較的連動性が高いことが多く(<図3>参照)、売上高が増加(減少)する月では全体的にどの店舗も増加(減少)しており、店舗間で売上高の動き方に強い相関が見られます。
このような関係性がある場合、店舗全体の動きを代表する指数(インデックス)として全店舗の平均売上高を月ごとに算出し、次のようなモデルを構築することができます。
y=ax+b+ε
なお、説明変数xは全店舗の月ごとの平均売上高、yは各店舗の月ごとの売上高で、最小二乗法によりこの線形モデルの推計ができます。
各点の異常度a(yi)は次のように計算ができるようになります。
a(yi)=yi-(axi+b)
この異常度を用いることで売上高の動きが他の店舗の動き方と異なるような店舗・時点を特定することができるようになります。
ここまでは店舗損益の不自然な動きの検知について解説してきました。不正の兆候を捉えるという観点からは不正のトライアングルに基づき不正の機会がある、強い動機がある、正当化しやすい環境となっているような店舗に絞り込むことで、より効果的効率的にリスクの高い異常を検知することができます。
例えば、不正の強い動機の例として、前期赤字の店舗は2期連続赤字となり、減損の兆候ありと判定される事態を回避したいという動機が考えられます。したがって、前期は赤字だが当期は黒字となった店舗で店舗損益に不自然な動きがある店舗という形で対象を絞り込むことで、よりリスクの高い異常検知が可能となります。
別の動機として固定資産簿価が大きな店舗は減損損失の影響が多くなることから不正の動機も強くなる可能性があります。そこで固定資産簿価が大きな店舗という観点からさらに絞り込むことも考えられます。
<図4>は横軸に営業利益を取り、縦軸に固定資産簿価を取り、前期損益および当期損益の組み合わせで各店舗を色分けしプロットしたものです。この事例では全店舗数は80程度ですが、原価が過少計上の方向で異常検知され、前期損益が赤字かつ当期損益が黒字の店舗(黄色い点)のみに絞り込みをすると20店舗程度となり(<図5>参照)、この中で固定資産簿価の大きな店舗という絞り込みを行うことでより深い検討を行っていく店舗を数件まで絞り込むことができます。
ここまでは店舗損益の不自然な動きの検知について解説してきました。不正の兆候を捉えるという観点からは不正のトライアングルに基づき不正の機会がある、強い動機がある、正当化しやすい環境となっているような店舗に絞り込むことで、より効果的効率的にリスクの高い異常を検知することができます。
例えば、不正の強い動機の例として、前期赤字の店舗は2期連続赤字となり、減損の兆候ありと判定される事態を回避したいという動機が考えられます。したがって、前期は赤字だが当期は黒字となった店舗で店舗損益に不自然な動きがある店舗という形で対象を絞り込むことで、よりリスクの高い異常検知が可能となります。
別の動機として固定資産簿価が大きな店舗は減損損失の影響が多くなることから不正の動機も強くなる可能性があります。そこで固定資産簿価が大きな店舗という観点からさらに絞り込むことも考えられます。
<図4>は横軸に営業利益を取り、縦軸に固定資産簿価を取り、前期損益および当期損益の組み合わせで各店舗を色分けしプロットしたものです。この事例では全店舗数は80程度ですが、原価が過少計上の方向で異常検知され、前期損益が赤字かつ当期損益が黒字の店舗(黄色い点)のみに絞り込みをすると20店舗程度となり(<図5>参照)、この中で固定資産簿価の大きな店舗という絞り込みを行うことでより深い検討を行っていく店舗を数件まで絞り込むことができます。
絞り込みに当たっては実態に沿わない絞り込みをしてしまうと、せっかく異常検知により発見したデータに潜む不正の兆候を切り捨ててしまう恐れがあるため慎重な検討が必要なものの、このように不正に関連する要素を用いた多角的な視点からの絞り込みと異常検知技術を組み合わせることで効果的効率的なリスクの識別が可能となります。
利益ベンチマークの達成は利益調整研究においてその動機として挙げられています。<図6>は総資産額で基準化した当期純利益の水準ごとの日本企業の数であり、点線で示される当期純利益がゼロの境界線を挟んで利益ベンチマークをわずかに上回る企業数は、わずかに下回る企業数と比較して、異常に多くなっていることが示されています※。
利益調整研究では、このような異常な分布は利益ベンチマークを達成するための経営者の利益調整に起因するものと解釈されており、こういった研究を踏まえ店舗損益の付替の際にわずかに営業利益が0を上回るような操作が行われている可能性を想定し、リスクの高い店舗の絞り込みの際には前期赤字かつ当期黒字という条件に加えてわずかに黒字とするなどの応用も考えられます。<図7>は各店舗の当期の営業利益率のヒストグラムで、営業利益率の水準ごとに店舗数を表したものです。黄色く塗られた前期赤字かつ当期黒字の店舗の中で当期わずかに黒字の店舗は一部であり絞り込みを効果的に行うことが可能であることが見て取れます。
これまでは多額の固定資産の減損を回避するような不正が行われていたとしても操作された金額が少額なケースでは検知が容易ではありませんでした。店舗などの拠点損益データを活用した異常検知により不自然な動きを捉え、さらに不正の動機などの視点に基づく絞り込みを行うことにより効果的効率的にリスクの高い拠点、時期、科目などを識別することが可能となります。
EYではすでにこのような分析をシステム化し、監査チームに提供するオペレーション体制が整備されています。さまざまなセクターごとにセクター固有のデータや特徴を活用した高度な分析により、効果的にリスクを識別するソリューションの開発を進めており、今後も多様な分析ツールを展開予定です。
※ 首藤昭信『日本企業の利益調整-理論と実証』(中央経済社、2010年)
小売・外食産業等で多数の同質な店舗をチェーン展開している会社の財務諸表監査において、店舗損益情報から不正リスクの高い店舗や不自然な損益の動きを検知する高度なデータ分析手法を紹介します。
EY Digital Auditは、さまざまなデータと先端のテクノロジーを活⽤することで、より効率的で深度ある監査を提供します。
EYでは、デジタルトランスフォーメーションは人間の可能性を解き放ち、より良い新たな働き方を推進するためにある、と考えています。
全国に拠点を持ち、日本最大規模の人員を擁する監査法人が、監査および保証業務をはじめ、各種財務関連アドバイザリーサービスなどを提供しています。