公認会計士 井澤依子
4.各種組織再編手法別の数値例による取得の会計処理の解説
以下では、吸収合併、株式交換、株式移転および吸収分割といった各組織再編手法において、企業結合が取得とされた場合の会計処理について、数値例を用いて解説いたします。数値例においては、組織再編当事会社の組織再編直前の貸借対照表につき同じものを使用し、組織再編手法が異なっても、結果が同じとなるように考慮されています。
(1)吸収合併
a. 前提条件
- A社がB社を吸収合併。A社とB社の企業結合は「取得」に該当。A社が取得企業。
- 発行済株式数:A社:1,000百万株、B社:50百万株 すべて普通株式。
- B社の土地時価評価額:7,000(土地以外の資産・負債は時価=簿価)
- 増加する株主資本は、すべてその他資本剰余金。
- A社の株式時価は、@140。合併比率は、1:2
- 対価は、すべて普通株式であり、新株の発行による。
b. 取得原価の計算
- 増加する株式数=50×2=100百万株
- 取得原価=100×140=14,000百万円
c. 合併の仕訳
仕訳を図表化すると図表3の「受入資産・負債の時価評価後のバランス・シート」のような表現になります。
図表3:受入資産・負債の時価評価後のバランス・シート
※括弧の数字は 3.取得とされる企業結合の会計処理 に対応しています。
d. 合併直後の貸借対照表
(2)株式交換
a. 前提条件
- A社がB社の株式を株式交換で100%子会社化。企業結合は「取得」に該当
- 取得企業は、A社と判定。
- 発行済株式数:A社:1,000百万株、B社:50百万株 すべて普通株式
- B社の土地時価評価額:7,000(これ以外の資産・負債は時価=簿価)
- 増加する株主資本は、すべてその他資本剰余金とする。
- A社の株式時価は、@140。株式交換比率は、1:2
- 対価は、すべて普通株式であり、新株の発行による。
- A社は、株式交換の直前まで、B社株式を有していない。
- 株式交換直前の各社の貸借対照表は(1)吸収合併のa.前提条件と同じ。
b. 取得原価の計算
株式交換完全親会社(A社)が取得する株式交換完全子会社(B社)の株式の取得原価は、取得の対価に、取得に直接要した支出額(取得の対価性が認められるものに限る)を加算して算定します(結合分離指針110)。本設例では、取得に直接要した支出額(取得の対価性が認められるものに限る)がないため、取得原価の金額は以下の計算式によるものとなります。
増加する株式数=50×2=100百万株
取得原価=100×140=14,000百万円
ただし、株式交換完全親会社が作成する連結財務諸表において、みなし取得日に株式交換が行われたものとして会計処理する場合には、個別財務諸表上も株式時価の算定基準日は、企業結合日ではなくみなし取得日となります(結合分離指針110)。
c. 株式交換の仕訳
d. 株式交換直後の貸借対照表
また、B社は、A社の100%子会社となったため、A社が連結財務諸表を作成することとなります。
e. 株式交換直後の連結貸借対照表
株式交換直後の連結貸借対照表を精算表形式で表すと以下のようになります。
上記の連結貸借対照表が「(1)吸収合併d.合併直後の貸借対照表」 と同じであることを確認してください。
(3)株式移転
a. 前提条件
- A社とB社は株式移転により共同持株会社P社を設立。A社とB社の企業結合は「取得」に該当
- 取得企業はA社と判定
- B社の土地時価評価額:7,000(土地以外の資産・負債は時価=簿価)
- 増加する株主資本は、資本金の増加額を50,000とし、残額を資本剰余金とする。
- B社の取得原価=14,000
- 対価は、すべて普通株式であり、新株の発行による。
- 株式移転直前の各社の貸借対照表は、(1)吸収合併のa.前提条件と同じ。
b. 取得企業の判定
株式移転による共同持株会社の設立の形式をとる企業結合が取得とされた場合には、取得企業の決定規準に従い、いずれかの株式移転完全子会社を取得企業として取り扱うこととされます(結合分離指針120)。本設例では、A社が取得企業とされたと仮定しました。
c. 取得原価の計算と仕訳
株式移転設立完全親会社(P社)が受け入れた株式移転完全子会社株式(取得企業(A社)株式および被取得企業(B社)株式)の取得原価は、それぞれ次のように算定されます(結合分離指針121)。
ア. 子会社株式(取得企業(A社)株式)
株式移転日の前日における株式移転完全子会社(取得企業(A社))の適正な帳簿価額による株主資本の額に基づいて算定します。本設例では株式移転直前のA社の株主資本の額は、63,000(=資本金;50,000+利益剰余金;13,000)なので仕訳は以下のとおりです。
なお、株式移転日の前日における株式移転完全子会社(取得企業)の適正な帳簿価額による株主資本の額と、直前の決算日に算定された当該金額との間に重要な差異がないと認められる場合には、株式移転設立完全親会社が受け入れた子会社株式(取得企業株式)の取得原価は、株式移転完全子会社(取得企業)の直前の決算日に算定された適正な帳簿価額による株主資本の額により算定することができることとされます。
イ. 子会社株式(被取得企業(B社)株式)
被取得企業(B社)株式の取得原価については、取得の対価に、取得に直接要した支出額(取得の対価性が認められるものに限る)を加算して算定します。本設例では、取得に直接要した支出額(取得の対価性が認められるものに限る)がないため、状況設定にある14,000がB社株式の取得原価となります。仕訳は以下のとおりです。
ウ. 払込資本について
受け入れた株主資本の額を、前提条件に従い資本金とその他資本剰余金とに振り替えます。
d. 株式移転直後のP社貸借対照表
株式移転直後のP社の貸借対照表は以下のとおりです。
また、A社およびB社は、P社の100%子会社となったため、P社が連結財務諸表を作成することとなります。
e. 株式移転直後のP社連結貸借対照表
株式移転直後の連結貸借対照表を精算表形式で表すと以下のようになります。
株式移転の場合には、P社の連結財務諸表上において、取得企業(A社)の利益剰余金を引き継ぎます(結合分離指針125、設例15)。上記の連結貸借対照表が、(1)吸収合併d.合併直後の貸借対照表および(2)株式交換e.株式交換直後の連結貸借対照表と同じになることを確認してください。
(4)会社分割
a. 前提条件
- A社がB社のX事業を吸収分割。A社とB社X事業の企業結合は「取得」に該当。
- A社が取得企業。
- B社のX事業に係る土地の時価評価額:7,000(これ以外の資産・負債は時価=簿価)
- 増加する純資産は、すべてその他資本剰余金とする。
- A社の株式時価は、@140。発行する株式数は、100株
- 対価はすべて普通株式であり、新株の発行による。
各社の個別貸借対照表とX事業の資産・負債は以下のとおり
会社分割の場合は、分割された事業を受け入れる分割承継会社と、事業を分離する分割会社と二つの会社が登場します。企業結合が取得とされる会社分割の場合には、分割承継会社(設例ではA社)が取得企業となります。分割会社(設例ではB社)においては、会社分割の前後において、分離事業(設例では、X事業)への投資が清算されたと見る場合には、事業分離となります。
b. 分割承継会社の会計処理
ア. 取得原価の計算
企業結合が取得とされた合併の場合と同じく、取得の対価に、取得に直接要した支出額(取得の対価性が認められるものに限る)を加算して算定します。本設例では、取得に直接要した支出額(取得の対価性が認められるものに限る)がないため、取得原価の金額は以下の計算式によるものとなります。
取得原価=100株×140=14,000百万円
イ. 分割承継会社における仕訳
ウ. 分割直後のA社貸借対照表
本設例では、分割事業に係る資産・負債の金額を、(1)吸収合併、(2)株式交換および(3)株式移転におけるB社の貸借対照表上の資産・負債の金額と同じにしていますので、分割承継会社の分割後の個別貸借対照表上の金額は、「(1)吸収合併d.合併直後の貸借対照表」、「(2)株式交換e.株式交換直後の連結貸借対照表」および「(3)株式移転e.株式交換直後のP社連結貸借対照表」と同じになることを確認してください。
c. 分割会社の会計処理
移転した事業に関する投資が清算されたと見る場合には、移転損益を認識します(事業分離等会計基準10(1))。
ア. 移転損益の計算
移転損益の計算式は以下のとおりです。
移転損益
=事業の対価の額(株式の時価)-移転した事業に係る株主資本相当額(*)
* 移転した事業に係る資産および負債の移転直前の適正な帳簿価額による差額から、当該事業に係る評価・換算差額等および新株予約権を控除した額
移転損益=14,000-(17,200-8,000)=4,800
イ. 分割会社における仕訳
この記事に関連するテーマ別一覧
企業結合(平成15年会計基準)
- 第1回: 企業結合会計の範囲と取得の会計処理 (2010.10.01)
- 第2回:組織再編の手法と会計処理の具体例 (2010.10.08)
- 第3回:逆取得の会計処理 (2010.10.15)
- 第4回:共通支配下の取引等の会計処理①(親会社と子会社の合併) (2010.10.22)
- 第5回:共通支配下の取引等の会計処理②(子会社同士の合併) (2010.10.29)
- 第6回:共同支配企業 (2010.11.05)