EY新日本有限責任監査法人 公認会計士 湯本純久
EY新日本有限責任監査法人 公認会計士 井澤依子
EY新日本有限責任監査法人 公認会計士 中村 崇
1.はじめに
企業会計基準第15号「工事契約に関する会計基準」(以下、会計基準)及び企業会計基準適用指針第18号「工事契約に関する会計基準の適用指針」(以下、適用指針)は、平成21年4月1日以後開始する事業年度から適用されています。本会計基準及び適用指針においては、工事契約に係る工事収益及び工事原価に関して、施工者における会計処理と開示について規定しています 。
これまでわが国では、長期請負工事に関する収益の計上について、工事進行基準または工事完成基準のいずれかを選択適用することができるとされてきました(企業会計原則 注解7)。このため、同じような請負工事契約であっても、企業の選択により異なる収益等の認識基準が適用される結果、財務諸表間の比較可能性が損なわれる場合があるとの指摘がなされていました。こうした指摘を踏まえ、本会計基準は工事契約ごとに会社が適用すべき認識基準を明らかにしています。
なお、平成30年3月に企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」、企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」が公表され、平成33年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用(平成30年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から早期適用可)されます。
当該基準の適用により、「工事契約に関する会計基準」、「工事契約に関する会計基準の適用指針」は廃止されます。
本解説シリーズにおいては、「工事契約に関する会計基準」の適用に当たっての留意事項を解説します。なお、文中の意見に関する部分は私見であることをお断り申し上げます。
2.適用範囲
本会計基準で「工事契約」とは、仕事の完成に対して対価が支払われる請負契約のうち、土木、建築、造船や一定の機械装置の製造等、基本的な仕様や作業内容を顧客の指図に基づいて行うものをいいます(会計基準4項)。
受注制作のソフトウエアの制作費は、「研究開発費等に係る会計基準」四1において請負工事の会計処理に準じて処理されると規定されていることから、工事契約に準じて本会計基準を適用するとされています(会計基準32項)。
また、長期の請負工事でなくとも、会計期間をまたぐ工事については工事進行基準を適用すべき場合があると考えられることから、本会計基準では、工事契約に係る認識基準を識別する上で、特に工期の長さには言及していません。従って、工期の長短にかかわりなく本会計基準で定められた工事進行基準の適用要件が満たされた契約については、原則として工事進行基準が適用されます(会計基準52項)。
ただし、工期がごく短いものは、通常、金額的な重要性が乏しく、工事契約としての性格にも乏しい場合が多いと想定されることから、通常、工事完成基準の適用が考えられるとされています。
<ポイント>
- 工事契約の適用範囲は、請負契約のうち基本的な仕様や作業内容を顧客の指図に基づいて行うものが対象となる。
- 受注制作のソフトウエアについても本会計基準の適用対象となる。
- 建設業に限らず、工期の長短にかかわりなく、工事進行基準の適用要件が満たされた契約に適用される
3.工事進行基準の適用の要件
本会計基準が適用される工事契約については、工事の進行途上においても、その進捗部分について成果の確実性が認められる場合には工事進行基準を適用し、この要件を満たさない場合には工事完成基準を適用します。
工事契約に関して成果の確実性が認められるためには、①工事収益総額②工事原価総額③決算日における工事進捗度の各要素について、信頼性をもって見積ることができなければなりません(会計基準9項)。
<ポイント>
工事進行基準適用の要件である成果の確実性が認められるための三要素
① 工事収益総額の信頼性
② 工事原価総額の信頼性
③ 決算日における工事進捗度の信頼性
以下で工事進行基準適用のための要件である三要素について説明します。
① 工事収益総額の信頼性
信頼性をもって工事収益総額を見積るためには、その前提として、最終的にその工事が完成することについての確実性が求められます。そのためには、施工者には当該工事を完成させるに足りる十分な能力が求められ、完成を妨げる環境要因が存在しないことが必要とされています。
また、工事契約において当該工事についての対価の定めがあることも、工事収益総額の信頼性を確保するために必要です(会計基準11項)。ここで「対価の定め」とは、当事者間で実質的に合意された対価の額に関する定め、対価の決済条件及び決済方法に関する定めをいいます。
② 工事原価総額の信頼性
工事原価総額は、工事契約に着手した後もさまざまな状況の変化により変動することが多いという特徴を有します。このため、信頼性をもって工事原価総額の見積りを行うためには、こうした見積りが工事の各段階における工事原価の見積りの詳細な積み上げとして構成されているなど、実際の原価発生と対比して適切に見積りの見直しができる状態となっていることが必要です。また、工事原価の事前の見積りと実績を対比することによって、適時・適切に工事原価総額の見積りの見直しが行われる必要があります。この条件を満たすためには、当該工事契約に関する実行予算や工事原価等に関する管理体制の整備が不可欠です(会計基準12項、50項)。
③ 決算日における工事進捗度の信頼性
決算日における工事進捗度を見積る方法として原価比例法を採用する場合には、工事原価総額の信頼性をもった見積りができれば、通常、決算日における工事進捗度も信頼性をもって見積ることができると考えられます(会計基準13項)。ここで原価比例法とは、決算日における工事進捗度を見積る方法のうち、決算日まで実施した工事に関して発生した工事原価が工事原価総額に占める割合をもって決算日における進捗度とする方法をいいます。決算日における工事進捗度の合理的な見積方法として、原価比例法が広く適用されていますが、工事契約の内容によっては、工事進捗度をより合理的に反映する方法として原価比例法以外の基準(直接作業時間、施工面積等)が適用される場合もあります(会計基準56項)。
4.工事進行基準の会計処理
(1)基本的な会計処理
工事進行基準を適用する場合には、工事収益総額、工事原価総額及び決算日における工事進捗度を合理的に見積り、これに応じて当期の工事収益及び工事原価を損益計算書に計上します。工事進行基準を適用する場合、発生した工事原価のうち、いまだ損益計算書に計上されていない部分は「未成工事支出金」等の適切な科目をもって貸借対照表に計上します(会計基準14項)。
(2)成果の確実性の事後的な獲得及び喪失
工事進行基準の適用要件を満たさないことにより、工事完成基準を適用している工事契約について、その後、単に工事の進捗に伴って完成が近づいたために成果の確実性が相対的に増したことのみをもって、工事進行基準に変更することは原則として認められません(会計基準55項)。これは収益認識の恣意的な操作の恐れがあり、適切でないと考えられるためです。
しかし、工事契約について、工事進行基準の適用要件である工事収益総額等、工事契約の基本的な内容が定まらないこと等の事象の存在により工事進行基準の適用要件を満たさないと判断された場合で、その後に当該事象の変化により工事進行基準の適用要件を満たすこととなったときには、その時点より工事進行基準を適用することになります(適用指針3項)。
また、逆に、当初は工事進行基準を適用していたものの、事後的な事情の変化により成果の確実性が失われることがあります。この場合は、工事進行基準の適用要件を満たさなくなるため、それ以降は工事完成基準を適用して工事収益及び工事原価を計上することになります。この認識基準の変更は、事後的な事情の変化による会計事実の変化であると考え、原則として過去の会計処理に影響を及ぼさず、それまでに工事進行基準により計上した事後的な修正は必要ないものとされます(適用指針4項)。
(3)見積りの変更
工事進行基準が適用される場合において、工事収益総額、工事原価総額または決算日における工事進捗度の見積りが変更されたときには、その見積りの変更が行われた期に影響額を損益として処理します(会計基準16項)。
【設例】 工事進行基準の見積りを変更した場合の会計処理
(1.前提条件)
① 事契約の施工者は、オフィスビル建設の契約を締結した。当初工事収益総額は10,000百万円であり、工事原価総額の当初見積額は9,000百万円である。
② オフィスビル建設はX1年度に工事が開始され、3年を要する予定である。
③ X2年度において、契約内容が変更され工事収益総額は11,000百万円となり、工事原価は500百万円増加すると 見積られた。
④ 施工者は、決算日における工事進捗度を原価比例法により決定している。各年度で見積られた工事収益総額、工事原価総額及び決算日における工事進捗度は次のとおり。
(単位:百万円)
X1年度 | X2年度 | X3年度 | |
---|---|---|---|
契約締結時点での工事収益総額 | 10,000 | 10,000 | 10,000 |
変更額 | ― | 1,000 | 1,000 |
工事収益総額 | 10,000 | 11,000 | 11,000 |
過年度に発生した工事原価の累計 | ― | 1,800 | 5,700 |
当期に発生した工事原価 | 1,800 | 3,900 | 3,800 |
完成までに要する工事原価 | 7,200 | 3,800 | ― |
工事原価総額 | 9,000 | 9,500 | 9,500 |
工事利益 | 1,000 | 1,500 | 1,500 |
決算日における工事進捗度 (発生原価累計/工事原価総額) |
20% (1,800/9,000) |
60% (5,700/9,500) |
100% |
(2.会計処理)
(1)X1年度の会計処理
① 工事原価の計上
② 工事収益の計上
(2)X2年度の会計処理
① 工事原価の計上
② 工事収益の計上
(3)X3年度の会計処理
① 工事原価の計上
② 工事収益の計上
(4)工事進行基準の適用により計上される未収入額
工事進行基準を適用した結果、工事の進行途上において計上される未収入額については、金銭債権として取り扱います(会計基準17項)。工事進行基準は、法的には対価に対する請求権をいまだ獲得していない状態であっても、会計上はこれと同視し得る程度に成果の確実性が高まった場合にこれを収益として認識するものであるため、この場合の未収入額は、会計上は法的債権に準ずるものと考えることができます。
この結果、例えば工事契約に関する入金があった場合には、計上されている未収入額から入金相当額を減額することになります。また、当該未収入額について、回収可能性に疑義がある場合には、貸倒引当金の計上が必要となります(企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準」第14項)(会計基準59項)。
<ポイント>
- 事象の変化により、工事進行基準の適用要件を満たすこととなったときには、その時点より工事進行基準が適用される。
- 事後的な事情の変化により成果の確実性が失われ工事進行基準の適用要件を満たさなくなった場合は、それ以降は工事完成基準を適用する。それまでの会計処理について事後的な修正はしない。
- 工事収益総額、工事原価総額または決算日における工事進捗度の見積りが変更されたときには、その時点での損益として処理される。
- 工事進行基準を適用した結果、工事の進行途上において計上される未収入額については、金銭債権として取り扱う。
この記事に関連するテーマ別一覧
工事契約に関する会計基準
- 第1回:適用範囲、適用時期、工事進行基準の適用要件・会計処理 (2018.08.24)
- 第2回:工事損失引当金、四半期決算における取り扱い、開示項目 (2018.08.24)
- 第3回:建設業・ソフトウェア業における留意点 (2018.08.24)
- 第4回:工事進行基準適用に伴う法人税及び消費税等の留意事項 (2018.08.24)