虹色のしま模様の壁に映る階段の影

CEOが直面する喫緊の課題:危機が新たな成長への扉を開くことはできるのか


CEOは、ダイベストメント(事業再編・売却)を通じて、リソースの再投資やグローバルな危機への対処に取り組んでいますが、ここで鍵となるのは、できるだけ早期に断固たる⾏動を取ることです。


要点

  • 資本市場の状況がダイベストメントの動向に影響を与えている。このような環境下では、競争力拡充に向けた体制整備とレジリエンスの向上が指針となる。
  • CEOは、将来から現在を展望する視点に立ってポートフォリオを再検討し、自社の将来のビジョンに適合しない資産の売却準備を進めるべきである。
  • 複雑化する一方の地政学的緊張に対処するに当たり、CEOはアセットライト(資産の圧縮をして財務面を軽くする)の発想を活用することができる。

EY Japanの視点

日系企業にとってビジネス環境は昨年に続き不安定な状況であることに変わりなく、今なお続く地政学的緊張、物価高騰や欧米諸国の金融引き締め政策が企業にどのような影響を及ぼすかは定かではありません。もし一部で予測されている景気後退が進んだ時に備えて、今から将来の在り方に適合しない資産を特定し、早い段階でダイベストメントできるよう準備しておくことが重要になります。世界経済に左右されない場合でも、多くの日系企業が推進しているようなDXへの投資やM&Aによるさらなる成長を進める場合、巨額な投資が必要になります。世の中はとてつもないスピードで日々変化しており、時代の変革に合わせた成長を目指す時こそポートフォリオの見直しを実施し、手元に残す事業と手放すべきタイミングを見極めることが肝要です。このような状況下、目線を短期的な価値創造ではなく長期的な価値創造に置くことで、早い判断と勇気が必要なダイベストメントというオプションは必ず企業にとって有利に働くことでしょう。


EY Japanの窓口

坂田 好正
EY Japan ストラテジー・アンド・トランザクション マーケッツリーダー/商社セクター・ストラテジー・アンド・トランザクションリーダー EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 EYパルテノン パートナー

今、企業は地政学的にも、マクロ経済的にも、そしてまた業務運営に関しても、数多くの課題に直⾯しています。こうした課題のすべてが、企業のポートフォリオ戦略の構築に関係します。

この文脈で、CEOの多くがステークホルダーへの⻑期的価値創造に向け、⾃社の戦略実現にもはや寄与しなくなったビジネスを整理し、⾮中核資産の処分を進めています。CEOは、これまでになくダイナミックな方針に基づいてポートフォリオを管理しています。

EYが750⼈超のCEOを対象に実施した調査によると、回答者の3分の1近く(31%)が今後12カ⽉間にダイベストメントを計画していることが明らかになりました。また4分の1超(28%)が、他の事業領域への投資資金を確保するために資産売却を計画しています。

CEOが直面する喫緊の課題シリーズでは、CEOが組織の未来を⾒直す上で役⽴つ、重要な解決策と対応を紹介しています。本稿では、2022年の不確実性が続く状況に経営者はどのように対応しているのか、また困難をいかに切り抜けようとしているかを探ります。

EYの調査を通じて2008年から2010年に及ぶ世界⾦融危機を振り返ると、ポートフォリオ変⾰を目的としたダイベストメントに関する選択を早期にかつ⼤胆に実施したかどうかが、社運を左右していたことが分かります。ダイベストメントを早期に実⾏した企業は、実⾏していない企業に⽐べ、次の10年間において株主総利回り(TSR)の向上が24%みられました。 

2008年から2010年当時、資本の維持は取締役会のトップアジェンダであり、多くの場合ダイベストメントは短期的にキャッシュフローを減少させることを考えると、ダイベストメントの早期の実施は勇気ある決断でした。現在も当時と同様、ステークホルダーがダイベストメントを⽀持するのは通常、業務効率の改善、顧客体験の向上や、意思決定の合理化につながるテクノロジーといった領域への資本の確保であることが明らかである場合に限られるようです。

そのため現実には、多くの企業が売却のタイミングについては、危機が収束するまで待つという選択を取ることになります。

歴史を振り返ってみると、M&A全体に対するダイベストメントの割合が最⾼⽔準に達したのは、2004年と、すでに経済危機から回復していた2012年から13年にかけての2つの時期であり、どちらも基本的には景気後退期後であることが分かります。対照的に景気後退期の最中には、多くの企業が売却計画を中断しており、代わりに内部コスト管理と現⾦の保全に注⼒していました。

優れたCEOは、こうした起こり得るディスラプション(創造的破壊)に対する戦略オプションを、シナリオプランニングを通じて検討しています。資産、事業運営、エコシステム、サプライチェーン(顧客への販路を含む)それぞれに関するポートフォリオを評価し、⾃社事業の細部にわたって根本的にどのような影響が及ぶのか考察しておくことで、有意義な洞察を得ることが可能になります。

ディスラプションがとどまることはない

多くの企業が⼤変⾰を進めている流れから、2020年7⽉以降にM&Aを通じて投資された資⾦は10兆⽶ドルを超えています。1トランスフォーメーションの加速により各企業の投資部門間の競争が激化しており、将来に向けての体制が整えきれていないCEOは企業と共に取り残される危険性があります。特にテクノロジーとデジタル化への巨額の投資が、短期的および中期的にも、勝者と敗者の間の差を広げるものとみられます。この投資額の差による影響は、近いうちに財務業績に表れるでしょう。

ダイベストメント重視
今後6カ⽉間に⾃社が実行する最も重要な戦略的アクションは、他の事業領域への投資資⾦を確保するための資産売却であると回答したCEOの割合。

また、ダイベストメントを考えている企業の多くが残存事業への再投資に資金を割り当てていること、中でも記録的な水準の手元資金を保有しているプライベートエクイティ企業が下降局面での投資を検討していることが、M&A成約の増加に寄与しています。

地政学的な駆け引き:手元に残すべきもの、手放すべき時を判断する

現在、CEOにとって最大の関心事は地政学上の緊張ですが、地政学的な混乱と不確実性は継続するものとみられ、世界の経済成⻑とインフレに影響を与えそうです。規制の相違、気候変動、技術革新、人口動態の変化など、複数のディスラプティブな要因が世界全体の事業環境を形づくっています。こうした中、グローバリゼーションの将来に対する見通しは、極めて危ういものになっています。

CEO回答者の⼤多数(95%)は、地政学的な緊張が理由で⾃社の戦略的投資計画を変更しています。このうち39%が運⽤資産を移転し、30%が特定の市場から撤退しました。混乱が深まる⼀⽅の地政学的状況下にあって、CEOは、事業のレジリエンスとアジリティ向上と、状況の変化に瞬時に対応する能力獲得に、アセットライト型のビジネスモデルの採用が寄与するかを検討すべきです。

アセットライト戦略(英語版のみ)では、人材、プロセス、テクノロジーなどのケイパビリティを「より優れた所有者」に移転させることにより組織を固定費型から変動費型に移行させ、アジリティの向上や中核能力への集中を図ります。

アセットライト型のビジネスモデルは、世界を揺るがしている現在の危機が収束した後も⻑く、バリューチェーン全体にわたり企業によって導⼊が進められていくものと予想されます。この動きは、現在のイノベーションおよび流動性の維持が必要とされ、よりアジャイルでレジリエントな業務モデルの構築が一層求められる状況を反映しているものと考えられます。

エコシステム内のすべてのビジネスパートナーが顧客価値の創出に向けて協働し、より適格な所有者にケイパビリティを移転することができるならば、エコシステムの全構成員にとって有益な価値提案を⽣み出すことができるものとみられます。先を見越し、積極的に機会を模索する企業は先⾏者優位を享受でき、最後に同業他社をしのぐ、競争⼒のある差別化を実現することができます。

短期的危機への対処から長期的価値創造へ

ダイベストメントは、短期的な要因に基づいた1回限りの意思決定であってはなりません。企業戦略を基にダイベストメントの候補となる対象を特定し、カーブアウト(事業切り離し)やスピンオフにより経営陣の関⼼を捉え、資本を集約させ、⻑期的価値を生む事業にいかにつなげるかを詳細に検討します。こうした戦略策定にはより一層ダイナミックで厳格な検討プロセスを要しますが、実施することで現在および将来のさまざまな危機に面した際に、はるかに機敏かつ迅速に対応でき、⾼度な柔軟性を備えた組織に変⾰できる可能性があります。優れたCEOならば、ダイベストメントの実行が⾃社の中核事業をいかに強化するかというビジョンを、ステークホルダーに明確に伝えることでしょう。

効果的な戦略を策定するためにCEOは次の5つの鍵となる質問を⾃問する必要があります。

  • 成⻑、収益率、投下資本利益率(ROIC)、株主総利回りの各指標において、⾃社は競合他社に対して最⼤限の能⼒を発揮できているか。パフォーマンスをさらに向上させる余地はあるか。
  • 維持しなければならない事業もしくはケイパビリティには何があるか。非中核資産について、自社よりも優れた所有者が市場に存在する可能性のあるものはないか。
  • 自社のケイパビリティのうち中核的なもののみを存続させることで、組織の関心や資本を集約することは可能か。
  • ⾃社のビジネスモデルは、多様な市場で製品・サービスを販売するのに適しているか。
  • 地政学的状況の変化に迅速に対応するための俊敏性を自社は備えているか。

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    サマリー

    過去の景気後退期において、多くのCEOは、事業売却に踏み出すまでに長い時間を要しました。当時と同様、今回も勝者となり得るのは、最初にそして最も速く⾏動する⼈たちです。直ちに、今後の成⻑と選択肢の増⼤に向けて体制を整えるよう動くならば、⻑期的な価値創造を加速する上での基盤を築くことができるものと思われます。また、業界の将来のダイナミクスの検討にシナリオ分析を⽤いることで、ポートフォリオの強みと売却に適した資産とを判断するための最良の指針が得られるものと考えられます。


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