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2021年3月期から「会計上の見積りの開示に関する会計基準」(以下、見積開示会計基準)が原則適用となり、また、上場会社等においては21年3月期の有価証券報告書における会計監査人の監査報告書から、「監査上の主要な検討事項」(KAM:Key Audit Matters)が記載されることとなりました。
見積開示会計基準においては、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目について、当該見積りの内容の理解に資する情報が開示されることになりました。また、KAMは見積り項目が対象となることが多く、その記載の中で注記内容との整合性が要求されるのではないかと考えられます。
今回は、わが国の会計実務における代表的な見積り項目の一つである固定資産の減損について、その見積要素等を改めて整理したいと思います。
なお、文中意見に係る部分は筆者の私見であることをあらかじめお断りします。
まず簡単に会計上の見積りの定義と、見積開示会計基準に基づき注記する内容について振り返ります。
会計上の見積りとは、資産及び負債や収益及び費用等の額に不確実性がある場合において、財務諸表作成時に入手可能な情報に基づいて、その合理的な金額を算出することをいうとされています(「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬(ごびゅう)の訂正に関する会計基準」4項(3))。
また、見積開示会計基準に基づく開示対象として、当年度の財務諸表に計上した金額が会計上の見積りによるもののうち、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目を識別することとされており(見積開示会計基準5項)、識別された項目については、<表1>の事項を注記することとされています(見積開示会計基準6項から8項)。
固定資産の減損とは、資産の収益性の低下により投資額の回収が見込めなくなった状態であり、減損処理とは、そのような場合に、一定の条件の下で回収可能性を反映させるように帳簿価額を減額する会計処理です(「固定資産の減損に係る会計基準の設定に関する意見書」(以下、減損会計意見書)三3.)。具体的には、<図1>のとおり、資産のグルーピングを行った上で、①減損の兆候の有無を判定し、兆候がある場合には②減損損失の認識要否の判定を行い、認識する必要がある場合には③減損損失の測定を行います。
これらの過程では、<表2>のとおり、さまざまな見積りの要素や判断を要する事項が含まれており、これらについて、どのような点に留意する必要があるか確認していきます。
資産のグルーピングは、他の資産又は資産グループのキャッシュ・フローから概ね独立したキャッシュ・フローを生み出す最小の単位で行うとされています(「固定資産の減損に係る会計基準」(以下、減損会計基準)二6. (1))。
ここで、どのような資産グループを一つのグループとするかを判断する必要があります。この点、実務的には、管理会計上の区分や投資の意思決定(資産の処分や事業の廃止に関する意思決定を含む)を行う際の単位等を考慮してグルーピングの方法を定めることになると考えられます(減損会計意見書四2. (6)①)。より具体的には、(1)例えば、店舗や工場などの資産と対応して継続的に収支の把握がなされている単位を識別し、グルーピングの単位を決定する基礎とし、(2)企業は、(1)のグルーピングの単位を決定する基礎から生ずるキャッシュ・イン・フローが、製品やサービスの性質、市場などの類似性等によって、他の単位から生ずるキャッシュ・イン・フローと相互補完的であり、当該単位を切り離したときには他の単位から生ずるキャッシュ・イン・フローに大きな影響を及ぼすと考えられる場合には、当該他の単位とまとめてグルーピングを行うことになります(「固定資産の減損に係る会計基準の適用指針」(以下、減損適用指針)7項)。
この点、例えば、複数の工場で一つの事業を行っている場合に、地域ごとなどで複数の工場をまとめて一つの資産グループとすると、一部の工場で赤字が計上されていても他の工場で黒字を計上していることにより全体として黒字となっている場合には減損不要という判断になることも考えられ、工場ごとにグルーピングした場合に比べ、減損損失の要否の判断又は減損額の結果が異なる場合が考えられます。従って、資産のグルーピングも減損に係る見積りを行う前提として、重要な判断要素であると考えられます。
なお、資産のグルーピングを一度決めた場合には、事実関係が変化した場合(例えば、事業の再編成による管理会計上の区分の変更、主要な資産の処分、事業の種類別セグメント情報におけるセグメンテーションの方法等の変更など)を除き、翌期以降の会計期間においても同様に行わなければならない点に留意が必要です(減損適用指針9項、74項)。
減損の兆候の有無によって、減損会計の次のステップである減損損失の認識要否の判定に進むかどうか決まるため、兆候の有無の判定についても重要な判断要素であると考えられます。減損の兆候については、減損適用指針12項から15項に例示されており、例えば、そのうちの「経営環境の著しい悪化」については、材料価格の高騰や製品販売量の著しい減少が続いているような市場環境の著しい悪化が示されていますが、それに限らず、個々の企業の状況に応じて判断する必要があります(減損適用指針14項、88項)。そこで、多数の事業を営んでいたり、複数の地域で営業している場合には、それらの判断はより複雑なものになると考えられます。
主要な資産とは、資産グループの将来キャッシュ・フロー生成能力にとって最も重要な構成資産をいいます(減損会計基準注解(注3))。主要な資産を決定するにあたって、(1)当該資産を必要とせずに資産グループの他の構成資産を取得するかどうか、(2)企業は、当該資産を物理的及び経済的に容易に取り替えないかどうか、といった要素も含めて総合的に判断する必要があります。なお、土地等の非償却資産や建物等の経済的残存使用年数が20年を超える資産を主要な資産とする場合にも、当該資産が資産グループの将来キャッシュ・フロー生成能力にとって最も重要な構成資産であるかどうかに留意する必要があります(減損適用指針23項、103項)。
この点、例えば、土地を主要な資産とした場合には、機械装置等を主要な資産とした場合に比べて、その将来キャッシュ・フローを見積る期間はより長くなり、割引前将来キャッシュ・フローに基づき減損の認識要否を判定する際に、認識不要とされる可能性が高くなり、減損損失の計上がなされない、又は小さくなるという可能性も考えられます。従って、主要な資産の決定も重要な判断要素になります。
なお、こちらも一度決定した主要な資産は事実関係が変化した場合(例えば、資産のグルーピングの変更、資産グループ内での設備の増強や大規模な処分、資産グループ内の構成資産の経済的残存使用年数の変更など)を除き、翌期以降の会計期間においても当該資産グループの主要な資産となる点にご留意ください(減損適用指針22項、101項)。
減損の兆候がある資産又は資産グループについて、当該資産又は資産グループから得られる割引前将来キャッシュ・フローの総額がこれらの帳簿価額を下回る場合には、減損損失を認識することになります(減損適用指針18項)。そこで、割引前将来キャッシュ・フローは減損会計の見積り要素の中でも重要な要素になります。
割引前将来キャッシュ・フローはその名のとおり将来のキャッシュ・フローのことであり、将来の予測であるため、見積りの要素が多分に入ります。将来キャッシュ・フローは、取締役会等の承認を得た中長期計画の前提となった数値を、経営環境などの企業の外部要因に関する情報や企業が用いている内部の情報と整合的に修正し、各資産又は資産グループの現在の使用状況や合理的な使用計画等を考慮して見積ることになります(減損適用指針36項(1))。当該計画は、将来の業績予測に基づきさまざまな仮定を織り込んだ上で作成されています。例えば、会社の属する業界の市場成長率及び当該市場における会社の市場シェア率に基づいて売上の見積りがなされていれば、市場成長率や市場シェア率は売上の仮定になります。そのほか、当期の売上をベースに受注予測などを加味して売上を見積っているのであれば、受注予測が仮定になることも考えられます。コスト面では、例えば製造業では、原材料価格の変動予測を織り込んでいたり、製造プロセス見直しによる歩留り率の改善を見込んでいるなど、変動費率の見積りにもさまざまな仮定が織り込まれていると考えられます。また、固定費、運転資本増減額、設備投資額についても何らかの仮定を置いて見積られているものと考えられます。さらに、中長期計画等は一定の期間までしか策定されていないため、それ以降の期間のキャッシュ・フローについても、成長率等の一定の仮定を置いて見積る必要があります(減損適用指針36項(3))。
このように将来キャッシュ・フローはさまざまな見積要素が含まれていますが、見積要素とその見積りにあたって留意すべきと考えられるポイントは<表3>のとおりです。
減損損失を認識すべきであると判定された資産又は資産グループについては、帳簿価額を回収可能価額、すなわち、正味売却価額と使用価値(下記6.参照)のいずれか高い方の金額まで減額し、当該減少額を減損損失として計上することになります(減損会計基準二3.及び減損会計基準注解(注1)1)。正味売却価額とは資産又は資産グループの時価から処分費用見込額を控除して算定される金額のことですが(減損会計基準注解(注1)2)、確定した売買契約等が無い場合は、固定資産の時価を算定する上でも見積りが必要になります。土地や建物の時価については、実務では不動産鑑定評価をとることがよくあると思われますが、不動産鑑定評価書を用いる前に当該不動産鑑定評価額の算定に用いられた評価手法及び比準価格等の主要な査定項目における仮定の適切性について確認しておく必要があると考えられます。
使用価値とは、資産又は資産グループの継続的使用と使用後の処分によって生ずると見込まれる将来キャッシュ・フロー(上記4.参照)の現在価値とされています(減損会計基準注解(注1)4)。将来キャッシュ・フローを現在価値に割り引く際、その割引率が高いほど現在価値を小さくするという影響があります。そのため、割引率も減損会計の見積要素の中でも重要な要素になります。
将来キャッシュ・フローが見積値から乖離(かいり)するリスクについては、実務上、割引率に反映させる場合が多く(減損適用指針39項(1))、この場合に使用価値の算定に際して用いられる割引率は、貨幣の時間価値と将来キャッシュ・フローがその見積値から乖離するリスクの両方を反映することになります。その際に、企業における資産グループ固有のリスクを反映した収益率や、加重平均資本コストなどを総合的に勘案して見積られているかどうかがポイントになります(減損適用指針45項)。
監査上の主要な検討事項(KAM)とは、当年度の財務諸表の監査において、監査人が職業的専門家として特に重要であると判断した事項であり(監査基準委員会報告書701「独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告」(以下、監基報701)7項)、KAMでは、「関連する財務諸表における注記事項がある場合は、当該注記事項への参照」や「当該事項をKAMに決定した理由」などの記載が求められます(監基報701第12項)。
このように、関連する財務諸表における注記事項がある場合には、その注記事項への参照も記載することとされており、監基報701A41項において、企業が会計上の見積りに関してより具体的な注記を行っている場合には、KAMに該当すると判断した理由及び監査上の対応を説明するために、監査人は主要な仮定、見込まれる結果の範囲、見積りの不確実性の主な原因等の注記事項に言及することがあるとされています。
また、監基報701第8項において、KAM決定の際の考慮要因の一つに、「見積りの不確実性の程度が高い会計上の見積りを含む、経営者の重要な判断を伴う財務諸表の領域に関連する監査人の重要な判断」が挙げられていることなどから、見積開示会計基準に基づいて識別された固定資産の減損に関する項目がKAMとなるケースが様々みられます。
<表4>では、21年3月期の監査報告書におけるKAMの記載事例において、実際に固定資産の減損についてどのようなポイントが記載されているかまとめています。
このように、固定資産の減損会計はKAMにおいてもさまざまな記載がなされており、監査人がどのような点を監査上の重要なポイントであると考えているかについても念頭に置いた上で、固定資産の減損会計における見積りや判断について検討することが有用であると考えられます。