情報センサー

英国における会計監査環境について


情報センサー2021年8月・9月合併号 JBS


EY新日本有限責任監査法人 ロンドン駐在員 公認会計士 有倉大輔

2007年にパートナーとして入所後、電気業・建設業・製造業をはじめとする国内上場企業や多国籍企業などの会計監査などに従事。東日本大震災で津波を経験後、復興支援活動に長年従事。21年4月よりEY英国ロンドン事務所にEMEIAの日系企業担当として駐在。アシュアランス業務を中心に幅広いサービスで日系企業の事業展開を支援している。

Ⅰ はじめに

コロナ禍で世界的に経済活動への大きな影響が生じた2020年に移行期間の終了を迎え、Brexitが完了しました。英国は、国としての魅力を保ち続ける将来像を模索している最中にあります。

英国政府、企業・エネルギー・産業戦略省(BEIS)は、長年議論を重ね、21年3月に「監査と企業統治の信頼回復に向けて」※1 と題し、内部統制、配当・資本維持の決定、英国版の内部統制報告制度の導入を含む、企業統治、企業報告、会計監査およびその他の領域など多方面にわたる包括的な見直しに関するコンサルテーション・ペーパーを公表しました。7月の意見募集期間後にその詳細は決定されますが、今後数年で具体的に新規制が順次導入が想定されるというスピード感があり、日系進出企業にとっても影響が生じる検討論点が含まれます。

本誌21年2月号にて、日系企業にも既に影響が生じている会計監査の論点「継続企業の前提についての監査」の状況を紹介しました。

今回は、当該コンサルテーション・ペーパーが発表されるに至った背景、日系企業にとって影響が生じるであろう会計監査環境の変化や着目すべき検討論点を取り上げます。

Ⅱ 英国政府が改革に取り組む背景

英国政府が今、監査および企業統治の改革に取り組む最大の理由は金融市場をいかに健全に保つかにあると考えます。金融業の経済に占める割合は19年度で約7% ※2、国際的な金融市場は英国経済の最も重要な基盤です。直近の全世界の金融センターの将来の競争力とランキング評価を行うグローバル金融センター指数(GFCI) ※3 でも、ニューヨークに次ぎ2位を維持しましたが、最近ではアジアや他のヨーロッパ都市との差は縮まりつつあります。金融市場が将来にわたって国際的に魅力的であり続けることが重要な課題となっています。その背景は、1. 過去の会計不祥事、2. Brexitで、コロナ禍がこの動きをさらに加速させる一因になったとも考えられます。

1. 過去の会計不祥事

16年のBHS社、18年のCarillion社などの上場企業の不祥事の発生は、英国の国際的金融市場の信頼性に影響を与え、破綻直前まで配当を継続していたり、会計監査が破綻の警鐘を鳴らす事ができなかったとして、会計監査人は政府およびメディアから厳しい視線を向けらました。結果、調査が行われ、一連の議論のきっかけとなりました。

2. Brexit

Brexitを契機に法規制の変化など企業を取り巻く環境変化が生じ、日系企業を含む各社の欧州地域での事業戦略の見直しが進み、大手金融機関の欧州大陸への一部金融機能の移転などが生じました。

Ⅲ 日系企業にとって着目すべき論点

1. Public Interest Entity(社会的に影響度の高い事業体:PIE)の見直し

英国での規制は、会社の規模などによりPIEを定義し、規制を設けるというものです。今回の議論の中では、上場企業に加えてPIEに該当する会社の範囲に対して改正が提案されています。19年倫理規則の変更により、現状のその他のPIE(OEPI)の定義は<表1>のように見直しされましたが、日系企業がOEPIに該当するケースは限定的でした。今後、定義の見直しで新たにPIEに該当するかどうかが着目点となります。

表1 上場企業以外でのその他の社会的に影響度の高い事業体

2. 取締役の責任・開示の拡大、規制当局の関与

21年5月に上場企業に対しTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)※4 が公表する気候変動に関連する開示義務化が公表されました。非上場のPIEにも、気候変動に関連する情報も含む短期、中期および長期の経営上の課題とその対応を含んだレジリエンス報告の導入、内部統制報告、外部の監査などへの取り組み方針の明示を提案しています。

また、過去の不祥事件の反省から、規制当局による重要な不正発見時の処分や役員報酬の差し止め、経営破綻の懸念に備えた配当制限などの導入などさまざまなものが提案されています。

3. 監査の目的と関与範囲

監査人に対する規制変更の提案は、大手監査事務所に対する非監査業務部門から監査部門を分離することで監査人の独立性を強化すること、英国上場企業の大手監査事務所の監査の寡占を是正するなど多岐に渡ります。

英国政府の意図は、監査人の新しいマインドセットを醸成することにあり、社会からの期待として監査の目的は公共の利益に資することに焦点をあて、監査市場の誠実性と環境変化への適応力を強化するというものです。また、重要な不正を発見し防止することについても取締役と監査人の義務とされます。

英国政府が監査人に求めるマインドセットについて、例えば<表2>ような項目が参考になるかもしれません。既に監査人への規制当局によるレビューなどに反映され、英国での監査の厳格な対応にもつながっています。

保証の関与範囲は財務情報に限らず、企業および取締役が公表する情報に信頼性を確立・維持することへと拡大する選択肢も提案しています。内部統制報告に対する関与(英国版SOX)以外にも、レジリエンス報告に含まれる項目などを提案しています。

目的や範囲の変化は、結果として監査・保証報酬の増加傾向の継続にもつながる可能性もあります。

Ⅳ おわりに

英国政府の対応はスピード感があり、包括的な内容であるため、経済活動全般に影響を与え、上場企業以外であっても影響が生じることがある点に留意が必要です。こうした議論の一部はEUでも21年4月に「企業サステナブル報告指令(CSRD)」で、今後非財務情報開示を拡大する方向性が公表されるなど、急激な広がりをみせています。監査の目的などは国際的調和が必要な部分もあり、欧州の動きが将来の日本を含む他国にも影響する可能性もあります。まだ明確になっていない導入スケジュールも含め、引き続き着目すべき分野と考えます。

※1 現状の規制当局Financial Reporting Council(FRC)に企業統治の権限を加え強化した新規制当局Audit Reporting and Governance Authority(ARGA)の設定も含まれる。Restoring trust in audit and corporate governance - GOV.UK(gov.uk/)

※2 金融サービスの19年度の経済貢献は1,320億ポンドで百万人以上の雇用を生み出している。Financial services: contribution to the UK economy - House of Commons Library(parliament.uk/)

※3 深センの中国開発研究所(CDI)とロンドンのZ/Yen Partnersが年2回公開する、世界の金融センターの将来競争力とランキング評価を提供するもの Z/Yen Home - Z/Yen(zyen.com)

※4 Task Force on Climate-Related Financial Disclosures(fsb-tcfd.org)

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※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。

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