EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY税理士法人 荒木 知
EY税理士法人に2018年入所。タックス・ポリシー・アンド・コントロバーシー・チームのディレクター。国内および海外における税制リサーチや税務調査を含む税務当局対応を担当。前熊本国税局調査査察部長。一橋大学博士(経営法)。
ガバナンスという言葉をよく耳にしますが、グローバル税務ガバナンスとは何でしょうか。多国籍企業のグループガバナンスとしての各グループ企業に係る税務コンプライアンス、税務調査対応に加え、移転価格ポリシーを含めたグループ全体としての税務戦略、ポリシーを管理する仕組みと言えるのではないかと思います。
日本の国税庁も「税務に関するコーポレートガバナンスの充実に向けた取組」を超大企業向けに実施しています。この取組は主として日本の税務の観点に係るものですが、評価項目の中には、海外子会社に対する税務に関する監査・モニタリングや海外支店・現地事業所との連絡・相談体制も含まれています※1。税務の視点からの海外子会社等の管理も多国籍企業としてのガバナンス体制の重要な要素と考えられているということでしょう。
グローバル税務ガバナンスを構成する重要な活動の一つは税務調査対応です。日系企業の場合、海外子会社における税務調査対応には本社があまり関与せず、子会社における対応に任せている傾向が強いのが現状です。しかしながら、アジアを中心とした新興国では税務当局の調査スタンスもよりアグレッシブであり、子会社のみならず、グループ全体の税務経理あるいはビジネスレピュテイション(評判)に係るリスクにもなり得るところ、各国子会社における税務調査を本社が適切に管理することが求められるようになってきています。
2020年末にEYは、グローバル企業の税務及び財務責任者約1,300人を対象にしたTax Controversy and Risk Surveyを実施し、そのリポートを2021年2月に発表しています※2。このリポートでは、企業の税務係争対応部門を強化し、税務調査をはじめとした税務係争にプロアクティブに取り組むことを推奨しています。また、企業の税務係争部門の活動として、税務リスク評価、税務リスク管理及び税務争訟管理からなる三つの分野を挙げています。
<図1>は企業の税務係争部門の三つの活動分野間の関係を示したサイクルです。税務調査を含む税務係争対応というと税務調査そのもの、税務当局とのやりとりが念頭に浮かびますが、税務係争に適切に対応するためには税務調査の対象になったときだけいわば受け身の形で対応するだけではグローバル企業のガバナンス体制として十分とは言えません。
税務調査が行われる前段階において税務リスクの評価及び認識されたリスクの管理、軽減といった活動が必要です。大企業に対する税務調査は定期的に行われます。また、グローバル企業にとっては、一カ国単位では税務調査は数年おきだとしても、毎年いずれかの海外子会社が税務調査の対象になることはあり得ます。
税務係争対応サイクルの第一段階は税務リスクの認識、評価です。次回の税務調査が開始される前の税務調査インターバルの間に、どのような税務リスクがあるのか認識、評価することは税務係争を防止する観点から非常に重要です。
また、グループの税務リスクを把握するためには、トップダウンのガバナンス体制及び海外子会社も含めたグループの情報を収集、評価できる内部統制を備えていることが前提になります。
把握されたリスクに対しては、リストとして可視化した上で、重要なものについては税務調査を見据えてディフェンス用の文書ファイルを作成するなどの対応が考えられます。
評価された税務リスクに対して税務リスクを管理するプロセスがあります。ここでいう管理とは、EYのTax Controversy and Risk Surveyではマネジメント、つまり、受け身ではなく認識されたリスクを税務調査の前にプロアクティブに軽減させるアクションを指します。
具体的なリスク軽減手法とは、移転価格(TP)リスクに対する税務当局との事前確認(Advance Pricing Arrangements/APA)、模擬税務調査、あるいはIで触れた日本の国税庁の「税務に関するコーポレートガバナンスの充実に向けた取組」のような各国税務当局が推進している協力的コンプライアンスプログラムへの対応・実施が含まれます。
税務リスクを軽減する措置を講じた後に実際に税務調査が始まった際には、税務調査自体を迅速かつ効果的に解決することになります。グローバル企業本社にとっては、複数国における税務調査の進行を効率的に管理することが求められます。場合によっては、税務調査の後に訴訟や、特に移転価格問題の場合には税務当局間の相互協議(Mutual Agreement Procedure/MAP)手続きに移行することもあります。
税務調査は定期的に繰り返し行われます。税務調査を含む係争の後も、前述Vで述べた税務リスクの評価プロセスに戻り、税務係争リスクを恒常的にコントロールするサイクルを確立することがグローバル税務ガバナンスの重要な要素です。
※1 国税庁長官「税務に関するコーポレートガバナンスの充実に向けた取組の事務実施要領の制定について(事務運営指針)」 「(別紙1)税務に関するコーポレートガバナンスの確認項目の評価ポイント(2016年6月)
※2 EYが2021年に実施したEY 2021 Global Tax Controversy and Risk Survey「How do you adapt to the changing tax risk landscape?」より。