EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY新日本有限責任監査法人 FAAS事業部 公認会計士 前川 伸哉
建設業、製造業、投資ファンドなどの会計監査に従事した後、現在はIFRS財務諸表作成支援、Jsox対応支援、IPO支援、デジタルトランスフォーメーション支援、Corporate Venture Capital支援、Long Term Value関連等CFOアジェンダを幅広くカバーしている。公認会計士、企画本部長補佐、FAAS(Financial Accounting Advisory Services)事業部所属。
EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) 服部 浄児
総合商社および日系グローバル製薬企業での経営企画職、および日本・欧州・中国での複数の外資系戦略コンサルティングファーム勤務を経て、現在は大手企業のトランスフォーメーション支援、ビジョン策定支援、経営のグローバル化支援、バリューアップ(収益性改善)支援等、CEOアジェンダを幅広くカバーしている。ビジネス・トランスフォーメーション・ユニット所属。
EY Japanは「バックオフィスのデジタルトランスフォーメーション」をテーマに、経理・財務、人事、営業管理といった企業の各機能のデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)について掘り下げるWebinarシリーズを企画しました。
2020年9月29日に行われた第1回では、全社、さらにはグループ全体でDXに積極的に取り組んでいる味の素グループ(以下、味の素)から、Chief Transformation Officer(CXO)として改革の旗振り役を担う藤江太 郎氏(現食品事業本部長)をゲストに招き、実体験を踏まえてDX推進の勘所についてお話しいただきました。
今号ではその要旨を紹介し、コーポレート部門における最新のDXについても述べます。
この数十年の社会の変化に伴い、食習慣も大きく変化し、必然的に「食」や「健康」にまつわるさまざまな課題が浮上しています。このような中、味の素では
「食と健康の課題解決企業」というビジョンを掲げて改革に取り組んできました。
「創業以来一貫して『ASV(味の素グループシェアードバリュー)』を掲げ、事業を通じて社会の価値と経済価値を共創する取り組みを進めてきました。そして20年4月、味の素グループの新たなビジョンとして、食習慣や高齢化に伴う食と健康の課題を解決し、人々のウェルネスを共創していく『食と健康の課題解決』を目指す方針を掲げました。」(藤江氏)(<資料1>参照)
この大きな目的に向け、味の素は今さまざまな改革を進めています。
「過去20年間を振り返ってみると、事業構造を変革してある一定の成長は成し遂げてきましたが、10年単位で起こるいろいろな環境変化に素早く対応できてきたかというと課題もあります。」(藤江氏)そこで西井孝明社長を筆頭に、「味の素グループは分岐点に立っている」という危機感と覚悟を持って変革に取り組まれています。
まず、味の素では「食と健康の課題解決企業を目指す」という目的を明確にし、社員一人一人のエンゲージメントを高めることで企業価値の向上に取り組んでいます。またKPIにもメスを入れました。事業のオーガニックな成長を見据え、部門ごとの短期の売り上げや利益といった規模のKPIをあえて捨て、人材や顧客といった「無形資産」を高めることに重点を置きました。さらに、組織マネジメントの見直しも進めています。
「企業文化が硬直化しているところがあるかもしれず、戦略遂行のスピードがまだまだ足りないという課題を感じていました。そこで、お客さま起点で考える自発型の企業文化への変化を図るとともに、経営側も経営責任をしっかり果たしていこうとしています。」(藤江氏)
そして、「30年までに食と健康の課題解決企業として、社会変革をリードする存在になる」というビジョンからバックキャストする形で、さまざまな戦略を立て、遂行しつつあります。ここでビジョン達成のために重要な役割を果たしているのが、DXとオペレーション変革(以下、OX)になります。
ただ、安易なDXの連呼には賛成できないと藤江氏はくぎを刺します。「DXが社会的にも注目を浴びているため、『何かデジタルをやらなきゃいけないな』といった誤解も往々にして生まれがちです。しかし、よく言われるとおり、DXは目的ではありません。デジタル、すなわち『D』を通じて、変革『X』を推進する、これが一番のポイントであり、それによって生産性や競争力、企業価値を高めていくのがDXであるということを、いろいろな場で確認しています。」(藤江氏) (<資料2>参照)
逆に言えば、目指すべき目的が明確になっていれば、そこに向けたステップも具体的になります。藤江氏は、全社のオペレーションを変革して業務プロセスの無駄をなくす「DX 1.0」に始まり、自前主義を捨ててエコシステムを変革する「DX 2.0」、食と健康の課題解決に向けた新たな事業モデルを作り上げていく「DX 3.0」、社会変革を目指す「DX 4.0」という具合に、味の素が段階的にDXとOXに取り組んでいることを内外に説明してきました。
一連の取り組みを推進するための体制整備も重要なポイントです。味の素の場合、事業の実行主体は三つの本部ですが、19年4月には社長の直下に「DX推進委員会」を立ち上げ、その下に「全社オペレーション変革」「事業モデル変革」という二つのタスクフォースを新設しました。この二つのタスクフォースが三つの本部にまたがって、横軸で企業文化の変革を推進していく体制を整えています。いわゆる「マトリックス組織」です(<資料3>参照)。
「マトリックス組織はうまくいけば大きな効果が生まれますが、現場の人間一人一人にとっては、『実行主体となる本部の話を聞けばいいのか、推進主体の話を聞けばいいのか、どっちの話を聞けばいいのだろう』という悩みも出てくるでしょう。そのような悩みが生じないように経営会議では相当深く議論を重ね、この体制に至りました。ポイントは、実行主体と推進主体がどれだけワンチームとなり、連携して取り組めるかです」と藤江氏は述べました。同様に、Chief Digital Officer(CDO)とChief Information Officer(CIO)、CXOがバラバラな方向を向かないよう、やはり密にコミュニケーションを取って「ワンチーム」で取り組んでいるそうです。
今、味の素ではグループ全体の変革基盤としてOXを全グループに標準実装し、それを継続的に磨き込むことに取り組んでいます。
具体的には、社員一人一人がASVを深く理解するため、CEOや本部長との対話の場を設けるなど、自身の目標を共有してASVを「自分ごと」化するきっかけとして「個人目標の発表会」を全社で始めています。また、グループ共通の経営指標を導入して事業や組織の状況を見える化し、健全な状態か、それとも課題があるのかを把握した上で組織の実行力を高めていこうとしています。
その前提として味の素では、「DX 0.0」という位置付けで、08年から働き方改革に取り組んできました。経営側のマネジメント改革と個々人のワークスタイル変革の両輪で進めており、「これを原資に、人材に再投資しようとしています。働き方改革から働きがい改革に取り組んでいるとも言えるでしょう。」(藤江氏)
すでにその成果として、オペレーション業務の効率化、間接材のコストダウンといったバックオフィス変革の取り組みが進行中です。「コロナ禍でその重要性がますます高まりました。仕事が在宅中心になる中、デジタルを活用してバックオフィスのオペレーションの業務を効率化したり、標準化したり、高度化したりする余地はまだかなりあるはずです」と藤江氏は述べます。
そして藤江氏は最後に、「DXが進んでくると、DXの人材育成や再教育、リスキリングがますます重要になってくると強く感じています」と述べました。
さらに、ビジョンに向けたDXとOXの取り組みの中にはうまくいったものもあれば、難しかったものもあると率直に振り返り、「うまくいかなかったものについては何が要因かをしっかり反省、内省し、それを生かして食と健康の課題解決に向けた取り組みを推進していきます」とあらためて宣言しました。
当日のwebinarでは、藤江氏のご講演の後、コーポレート部門、特に経理・財務部門におけるDXの事例について<図1>の通り紹介しました。
この点、経理・財務部門におけるDXについてはその進み具合により松竹梅に分けられるかと思います。
一番初期的な段階としての「梅」の段階というのは以下のような段階でしょうか。まずはPCを外に持ち出して業務をする段階で、セキュリティを具備し、ネットワークを整理してとりあえずはオフィス外で業務する段階です。その他、紙の稟議(りんぎ)書を廃し、押印作業から解放されるワークフローを導入される会社もあるようです。
「竹」の段階では以下のような取り組みが見られます。税務上の電子帳簿保存法の要件をクリアし、帳票をPDFやスキャナ等で保存する取り組みです。特に、最近では旅費交通費等の精算にスマートフォンを活用し、スキャナ保存で経理精算ソフトを使い精算することも増えています。また書類のPDF化や一般会計への入力等々の定常業務についてビジネスプロセスアウトソーシングやシェアードサービスセンターも活用して効率的に行う例もあります。このような段階の会社ではアプリケーション間の連携が必要な作業でもRPAを使用し、人手を介さないで処理することにも取り組んでいます。また、特にコロナ禍で出社しての決算作業のタスク管理が難しくなったことを受けて、海外子会社を含む各社の経理業務を管理するwebのシステム等※を導入する例も増えています。
最も進んだ「松」の段階として、以下のようなプロジェクトに取り組まれる会社も出てきています。AI-OCRを活用して請求書を読み込み自動で会計起票を行う、トレジャリーツールを導入し、為替や金利等のヘッジ処理の状況を管理する、デジタル監査への対応も考慮してデータを整備し場合によってはデータレイク等を設定することに取り組む例もあります。また、このような会社では最近ではプロセスマイニングを活用し、システムのイベントログを分析することで承認の無いイレギュラーな取引を抽出したり、あるいは業務上の無駄を検出したり、内部統制や業務効率上の不備を洗い出すことに取り組むこともあります。
このようなDXについては、企業のグローバル化の状況等の実態に応じて適切に進めていくことがポイントになります。
EY JapanのビジネストランスフォーメーションのWebinarの第1回に味の素の藤江氏にご登壇をお願いし、今号ではその内容をまとめました。当日のWebinarは特にゲストの藤江氏への関心の高さから非常に多くの視聴者にご高覧いただきました。現在多くの企業がコロナ禍も相俟ってDXへの対応が待ったなしになっていますが、味の素ではここ数年継続して変革への取り組み(これはLong Term Valueへの取り組みも包含しています)を続けられています。今号ではその一端を紹介しましたが、読者の皆さまのご参考になれば幸いです。後半ではDXのツール等々を簡単に紹介しました。企業変革、DXについては日々進化していますので、最新の情報、スキルをクライアントの皆さまに広くお届けできるよう、今後も取り組んでまいります。
※ このような決算支援ツールは勘定明細との突合や関係会社間の取引の自動のマッチングなどの機能も備えている。