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「世間」が生んだ「同調圧力」の正体


情報センサー2021年3月号 Column


作家・演出家 鴻上尚史

1958年愛媛県生まれ。作家・演出家。早稲田大学法学部出身。舞台公演の他にも、映画監督、小説家、エッセイスト、ラジオ・パーソナリティ、脚本家などとしても活動。最新著作は『同調圧力 日本社会はなぜ息苦しいのか』(講談社現代新書)。『何とかならない時代の幸福論』(朝日新聞出版)ブレイディみかこさんとの対談。『ほがらか人生相談』(朝日新聞出版)など著書、多数。

Ⅰ 同調圧力は“世間”によって作られている

この1年、新型コロナウイルスの感染拡大によって私たちの生活は大きく変化しました。マスクを常用し、手洗いうがいをいつも以上にし、換気を心がける日常が今も続いています。演劇界もでき得る感染対策を全て行い、公演を開催する状況が続いています。

そんな中、日本人の同調圧力がより狂暴化してきたなと感じています。特にコロナが広がりはじめた昨年の春頃、営業しているお店を咎(とが)めたり、コロナに罹(かか)った人への差別や偏見がありました。“自粛警察”や“マスク警察”という単語を聞いたのもこの頃です。同調圧力は世界中どこにでもあるのですが、日本の場合はちょっと特殊というか、欧米のそれとは成り立ちが違う気がします。なぜかというと、日本の同調圧力は日本独特の“世間”によって作られているからです。昨年の8月に僕は評論家の佐藤直樹さんとの対談本『同調圧力 日本社会はなぜ生き苦しいのか』(講談社現代新書)を出しました。そこで語ったのは日本には“世間”はあるけど“社会”がないということ。“世間”から生まれる同調圧力に対するメカニズムを知ることで、少しでも生き苦しいと感じる人の助けになればいいと思ったのです。

Ⅱ “世間”のメカニズムを知ることからはじめよう

そもそも“世間”ってなんなんだっていうと、例えば職場とか学校とか隣近所のような自分と関係のある人びとによって作られた世界。一方、“社会”というのは、同じ電車に乗り合わせた人や映画館でたまたま隣に座った人、コンビニの店員さんのように、あなたと何も関係のない人たちが住む世界のこと。僕は昔から“世間”について考えていて、中学校の部活の先輩ってだけで、なぜこんなダメな人の話を聴かなきゃいけないんだ?とか、地区の会館からの朝6時からの大音量の放送などが昔から納得できませんでした。そして、先達のいろいろな研究からそれこそが、“世間”の特徴だと知ったのです。

世間の特徴は五つあります。一つ目は「贈り物は大切」。これはお歳暮や手土産を贈り合うこと。二つ目が「年上が偉い」。これは先ほど言った部活の先輩とか会社の上司の態度。三つ目が「同じ時間を生きることが大切」。日本の会議って結論を出さずにダラダラやってる。これは結論を出すことがテーマなんじゃなくて、一緒にいることが大事というところからきている。四つ目は「神秘性」。おじぎハンコとか。あなたの会社にも謎ルールありませんか?そして五つ目が「仲間外れを作る」。敵を作ることで、自分たちの“世間”を意識させる。この五つで“世間”はできています。そしてこれが同調圧力を生むのです。

Ⅲ 東日本大震災のときの同調圧力

同調圧力を生む「世間」自体は日本に1000年以上前からありました。ただ、コロナ禍で「世間」が生む同調圧力はより加速したというか凶暴化しているのが現在の問題です。戦前に「七・七禁令」(1940年)という省令が政府から出されたことがあります。それは高価なメロンやいちご、スーツや時計は贅沢(ぜいたく)品だから販売を禁止するというものでした。街に貼られた標語には「日本人だから贅沢はできないはずだ!」と書かれていました。これこそ同調圧力です。しかも、それを破る人がいたら隣組や国防婦人会が「お宅の家からすき焼きの匂いがしていますけど、如何(いかが)なものか?」と家に押しかけてきた。それはやはり昔から、米や醤油を貸し借りして濃密な“世間”を作っていた日本ならではのもの。終戦を迎え、数十年かけてやっとそういった“世間”が崩れてきたのですが、今、SNSがかつての隣組や国防婦人会の代わりをしている気がします。本来は“社会”を知り、社会とつながるべきSNSが、日本人が使うと「世間」を強化して自らの首を絞める同調圧力を生むものになる。このままだと私達日本人は、窒息してしまう、と僕は思います。

同調圧力がいい方向に働くこともあります。東日本大地震のときに一週間で道路を綺麗に舗装したことは世界から羨望(せんぼう)の眼差しで見られました。あのとき、工事に携わった人たちの中には親類縁者が行方不明になっているにもかかわらず夜を徹して働いた方や、自宅が潰(つぶ)れかかっているにもかかわらず、それでも道路を作ることを優先してくれた方たちがいたはずです。それは日本人の同調圧力のいい面だったと思います。同調圧力がいい面に働くこともあるわけです。

これまで日本人は、強い“世間”を無意識に選んでその意見を同調圧力で代弁してきました。それがコロナ禍で、“自粛警察”を生んだりしました。とはいえ、この状況でも一つだけ良いことがあったと僕は思います。GO TO政策とPCR検査について自分で考えることを始めたことです。GO TOトラベルを使ってもいいのか?PCR検査を拡大した方がいいのか、しない方がいいのか?どっちが“世間”なんだろうって悩みませんでしたか?つまり、今までは政府が言っていることが“世間”で、それに反対する人をたたいておくことで自分の正義を納得させる人が多かった。だけど、GO TO政策とPCR検査に関してはどうも政府の言っていることに乗っかったら違う気もすると多くの国民も思った。なにしろ専門家の感染学者でさえ意見が分かれているわけですからね。自分で考えなければいけない状況が生まれたことは唯一良かったことだと思います。

Ⅳ “ほんの少し賢い個人”へのススメ

日本人はもっと“社会話”をするべきなんですね。“世間話”は上手くなったんだけれど、“社会話”のスキルに関しては下手なまま。僕は司会をしているNHKの『COOL JAPAN』って番組で、「どこでパートナーを見つけましたか?」と聞いたら、日本人は圧倒的に職場や学校、友だちの紹介が多いんだけど、海外の人たちからは銀行の窓口で並んでいたとか、公園とかパブって答えが返ってくる。“社会”の場所でパートナーを見つけてるんですね。“世間”じゃない理由を聞くと、「別れたりしたら職場の雰囲気が悪くなる」と。それはやっぱり知恵だよね。ちゃんと“社会話”ができるからパートナーも見つけられる。日本人も身につけていったら幸せになれるんじゃないかと思います。

例えば、嫌なことがあったときは、会社帰りにいつもは通らない別の道を通って、入ったことがないレストランとか定食屋さんでご飯を食べるなんてことです。それで「美味しかったです」とお店の人に声をかけ、ちょっと会話するだけで気持ちがずいぶん楽になる。もし今、同調圧力で苦しんでいる人がいたら、新しくちょっと“ゆるい世間”を作ってみるのはどうですか?楽器が趣味なら音楽教室に通うとか、ボランティアのグループに入るとか。“ゆるい世間”を用意すると今よりラクになると思います。これからは、“ほんの少し賢い個人”になること。そうすると少しはラクになれると思います。(談)

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※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。