EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY新日本有限責任監査法人 会計監理部 公認会計士 中根將夫
品質管理本部 会計監理部において、日本の会計基準に係る調査研究、会計処理に関する相談業務、当法人内外への情報提供等の業務に従事。2017年から2020年の間、企業会計基準委員会に専門研究員として出向し、主に収益認識専門委員会、税効果会計専門委員会、実務対応専門委員会等の事務局を担当。
本稿では、2021年1月28日に企業会計基準委員会から公表された実務対応報告第41号「取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い」(以下、実務対応報告)、改正企業会計基準第5号「貸借対照表の純資産の部の表示に関する会計基準」(以下、改正純資産会計基準)及び改正企業会計基準適用指針第8号「貸借対照表の純資産の部の表示に関する会計基準等の適用指針」(以下、「改正純資産適用指針」といい、「実務対応報告」「改正純資産会計基準」及び「改正純資産適用指針」を合わせて「本実務対応報告等」という)について、その概要及び実務上の論点を解説します。なお、文中の意見にわたる部分は、筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。
2019年12月に成立した「会社法の一部を改正する法律」(令和元年法律第70号。以下、改正法)により、会社法第202条の2において、金融商品取引法第2条第16項に規定する金融商品取引所に上場されている株式を発行している株式会社が、取締役等※1の報酬等※2として株式の発行等※3をする場合には、金銭の払込み等※4を要しないことが新たに定められました。本実務対応報告等は、これを受けて、取締役等の報酬等として金銭の払込み等を要しないで株式の発行等をする場合における会計処理及び開示を明らかにすることを目的として公表されました。
会社法第202条の2に基づいて、取締役の報酬等として株式を無償交付する取引が対象とされています。また、現行実務において行われているいわゆる現物出資構成により、金銭を取締役等の報酬等とした上で、取締役等に株式会社に対する報酬支払請求権を現物出資財産として給付させることによって株式を交付する取引には適用されないとされています。
なお、実務対応報告が対象とする取引は、会社法上、株式の無償発行であるのに対して、いわゆる現物出資構成による取引は株式の有償発行であるなど、法的な性質が異なる点があり、したがって、いわゆる現物出資構成による取引の会計処理のうち払込資本の認識時点など、法的な性質に起因する会計処理については異なる会計処理になるものと考えられるとされています(実務対応報告第3項及び第26項)。
実務対応報告の適用対象としている取締役の報酬等として株式を無償交付する取引については、自社の株式を報酬として用いる点で、ストック・オプションと類似性があるものと考えられます。両者は、インセンティブ効果を期待して自社の株式又は株式オプションが付与される点で同様であるため、費用の認識や測定については、企業会計基準第8号「ストック・オプション等に関する会計基準」(以下、ストック・オプション会計基準)の定めに準じることとされています。一方、実務対応報告の適用対象となる取引にはいわゆる事前交付型と事後交付型が想定されますが、株式が交付されるタイミングが異なる点や事前交付型において、株式の交付の後に株式を無償で取得する点については、取引の形態ごとに異なる取扱いが定められています(実務対応報告第35項から第38項)。
取締役の報酬等として株式を無償交付する取引のうち、対象勤務期間の開始後速やかに、契約上の譲渡制限が付された株式の発行等が行われ(会社法における割当日)、権利確定条件が達成された場合には譲渡制限が解除され、権利確定条件が達成されない場合には企業が無償で株式を取得する(以下、当該無償取得の確定を「没収」という)取引を事前交付型とすることが定められています(実務対応報告第4項(6)、(7)及び(16))。
【想定される取引の概要】
新株の発行により行う場合と自己株式の処分により行う場合が想定されるため、それぞれの場合において、<表1>のとおり、取扱いが定められています。
取締役の報酬等として株式を無償交付する取引のうち、契約上、株式の発行等について権利確定条件が付されており、権利確定条件が達成された場合に株式の発行等が行われる(会社法における割当日)取引を事後交付型とすることが定められています(実務対応報告4項(6)及び(8))。
【想定される取引の概要】
新株の発行により行う場合と自己株式の処分により行う場合において、<表2>の取扱いが定められています。また、これらの実務対応報告における定めにより、貸借対照表の純資産の部の株主資本以外の項目として、新たに「株式引受権」を計上するとされたことから、改正純資産会計基準及び改正純資産適用指針において、「株式引受権」という科目を追加することが定められています。
取締役の報酬等として株式を無償交付する取引は、実務対応報告の開発段階においては改正法の施行前であり、取引の詳細は定かではないことから、基本となる会計処理のみを定めることとし、実務対応報告に定めのないその他の会計処理については、類似する取引又は事象に関する会計処理が、ストック・オプション会計基準又は企業会計基準適用指針第11号「ストック・オプション等に関する会計基準の適用指針」(以下、ストック・オプション適用指針)に定められている場合には、これに準じて会計処理を行うとすることが定められています。
実務対応報告では、費用の認識や測定はストック・オプション会計基準の定めに準じることとしていることから、ストック・オプション会計基準及びストック・オプション適用指針における注記事項を基礎とし、ストック・オプションと事前交付型、事後交付型とのプロセスの違いを考慮して、次の注記事項が定められています。また、当該注記事項の具体的な内容や記載方法については、ストック・オプション適用指針の定めに準じて注記を行うとすることが定められています(実務対応報告第20項、第21項及び第52項)。
① 事前交付型について、取引の内容、規模及びその変動状況(各会計期間において権利未確定数が存在したものに限る)
② 事後交付型について、取引の内容、規模及びその変動状況(各会計期間において権利未確定数が存在したものに限る、ただし、権利確定後の未発行株式数を除く)
③ 付与日における公正な評価単価の見積方法
④ 権利確定数の見積方法
⑤ 条件変更の状況
1株当たり情報については、次の取扱いが定められています(実務対応報告第22項)。
改正法の施行日である2021年3月1日以後に生じた取引から適用することとされています。また、その適用については、会計方針の変更には該当しないとすることが定められています(実務対応報告第23項)。
2020年11月27日に「会社法施行規則等の一部を改正する省令」(令和2年法務省令第52号)が公布されており、会社計算規則(平成18年法務省令第13号)が改正されています(以下、改正後の会社計算規則を「改正会社計算規則」という)。改正会社計算規則では、取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関して、次のような規定が追加されています。
改正会社計算規則においては、「取締役等の報酬等として株式を交付する場合の株主資本」として、第2編第3章に第5節の2が新設されており、事前交付型と事後交付型に対応する規定として、次の表の条文が追加されています。
改正会社計算規則第2条第3項第34号において、「株式引受権」が新たに定義されるとともに、第2編第3章に第7節の2が新設されており、株式引受権に関する規定として、次の内容が規定されています。
以下脚注は、本解説の文中における用語の定義(実務対応報告第4項(2)から(5))
※1 会社法第326条に規定される取締役及び第402条に規定される執行役
※2 会社法第361条に規定される報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益
※3 自社の新株の発行又は自己株式の処分
※4 会社法第199条に規定される募集株式と引換えにする金銭の払込み又は財産の給付