EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
獨協大学 法学部教授 高橋 均
一橋大学博士(経営法)。新日本製鐵(株)(現、日本製鉄(株))監査役事務局部長、(社)日本監査役協会常務理事、獨協大学法科大学院教授を経て、現職。専門は、商法・会社法、金商法、企業法務。会社法等の専門家として法理論と企業勤務経験に基づく実務面からのアプローチを実践している。近著として『グループ会社リスク管理の法務(第3版)』中央経済社(2018年)、『監査役監査の実務と対応(第6版)』同文舘出版(2018年)、『実務の視点から考える会社法(第2版)』中央経済社(2020年)。
新型コロナウイルス感染症の影響が続いています。緊急事態宣言解除後、感染拡大防止と経済社会活動との両立について、政策当局も自治体も模索しているように思われます。経済社会活動を再開すれば、自社の役職員や取引先等の感染リスクが高まります。他方、経済社会活動の自粛が継続すれば、企業収益の大幅な低下が避けられません。新型コロナウイルス感染症の推移を見ながら、企業内においてどのように対峙(たいじ)していくか、その判断が問われることになります。このような状況下、監査役は、リスク管理の観点から新型コロナウイルスに関連して、取締役ら執行部門とどのように向き合うべきか、監査役の善管注意義務の観点から考えてみたいと思います。
監査役は、取締役と同様、法律関係としては会社と委任関係にありますので(会社法330条)、会社に対して善良なる管理者たる注意をもって監査役としての職務を行う義務(いわゆる「善管注意義務」)を負うことになります(民法644条)。監査役は、取締役の職務の執行を監査する職務権限がありますから(会社法381条1項)、監査役としての善管注意義務とは、取締役の職務執行が適正に行われているか監査する職務を適切に遂行する義務を意味します。換言すれば、取締役が善管注意義務を果たしているか、各事業年度を通じて監査(監視・検証・確認)を行い、その結果を期末の監査報告に集約して株主に通知すること(いわゆる適法性監査)、及び重大な不祥事の発生または発生のおそれが生じた有事の際に、監査役としての法的権限を適切に行使して、取締役(会)に対して善処を求めたり自ら行動することです。具体的には、監査役自らが不祥事や不祥事のおそれを確認するための会社業務・財産状況調査権(会社法381条2項)、執行部門に善処を求めるために要請する取締役会招集請求権(同法383条2項)又は自ら招集する取締役会招集権(同法同条3項)、会計関連で会計監査人に対する報告請求権(同法397条2項)、取締役に対し法令・定款違反やそのおそれがある行為の差止請求権(同法385条1項)等があります。
そこで、監査役が具体的に善管注意義務違反を肯定され、会社に対して損害賠償の支払義務を負った二つの裁判例を通して、監査役の善管注意義務について確認します。
本件は、大原町農業協同組合(以下、組合)の監事に監視義務の任務懈怠(けたい)があり、監事としての善管注意義務違反が肯定された事案です。農業協同組合を規定している農業協同組合法は、会社法の多くの箇所を準用していることから、監事の職責は基本的には監査役と同様と考えられ、監査役の善管注意義務違反の有無を判断する上で、実務的にも参考になります。
組合では、代表理事が補助金を利用して堆肥センターの建設事業を進めるに当たって、理事会で承認を得ました。ところが、代表理事は補助金の交付申請について、補助金の交付申請をしていないにもかかわらず、理事会に対して補助金の交付が受諾されたかのような虚偽の報告をするなどして、同組合の費用負担のもとで用地の購入や建設工事が進められました。その後、組合は経営破綻した結果、工事に関わる契約に基づく清算費用の支払による損害が発生しました。
組合においては、以前より、代表理事が理事会において一任を取り付けて業務執行を決定した案件に対して、監事は理事の業務執行の監査を逐一行わないという慣習が存在していました。このために、今回の堆肥センターの建設工事の案件についても、当時の監事は、業務監査を行いませんでした。そこで、監事は契約解消に伴って発生した組合の損害に対して、監事としての善管注意義務違反があったとして訴訟が提起されました。
本事案に対して、最高裁判所は、工事建設に関わる資金調達方法の調査や確認をすることなく本事業が進められるのを放置した監事には、任務の懈怠があると判示しました。要するに、たとえ業務監査を行わないという慣習が存在していたとしても、業務監査を全く行わないという行為は、監事の善管注意義務違反に該当すると結論付けたわけです。
本件は、不動産業を営むセイクレスト社の非常勤監査役が善管注意義務違反を肯定された事案です。セイクレスト社はジャスダックに上場していましたが、サブプライムローンの影響を受け大幅な赤字を余儀なくされたことから債務超過に陥り、上場廃止のおそれが生じてきました。このために、代表取締役は、新株予約権の行使に係る払込金を原資として他社に同額の貸付を実行(本貸付は、返済されていない)したり、独断で他社との業務提携契約の内入金の支払いを行いました。さらには、債務超過の解消による上場廃止回避を目的として、不動産評価額を通常の4倍超と評価・決定した土地の現物出資による募集株式の第三者割増資を計画・実行したり(後に、金融商品取引法違反(偽計取引)の被疑事実で逮捕・起訴)、資金繰り逼迫(ひっぱく)による約束手形を振り出すなどしました。その後、セイクレスト社は、経営に行き詰まり破産しました。このために、監査役に対し、破産管財人が申し立てた役員責任査定の額をめぐって訴訟が提起されました。
本事案に対して、大阪高等裁判所は、監査役は内部統制システムの構築や代表取締役を解職するように会社に助言・勧告すべきであったが、これを怠ったとして監査役の善管注意義務違反を肯定し、損害賠償の支払いを認容しました※3。
本事案では、大阪高等裁判所は、セイクレスト社の内部統制システムの観点から監査役の監視義務※4、及び取締役会における代表取締役の解職の意見陳述を怠ったことから、監査役の善管注意義務違反を肯定しました。しかし、裁判の審理では原告が主張しなかったこともあり争点にはなりませんでしたが、期末の監査役(会)監査報告に代表取締役には重大な法令・定款違反がある旨の記載(会社法施行規則130条1項・129条1項3号)の欠如や、取締役が会社破産につながるような金融商品取引法違反をしようとした場合に取締役行為の差止請求権の行使(会社法385条1項)を行わなかったことも、監査役の善管注意義務違反の有無を判断する上での重要な論点であったと思われます。
上記で紹介した裁判例は、大原町農業協同組合やセイクレスト社が最終的に破綻した局面において、監事や監査役の善管注意義務違反が肯定された事例でした。経営破綻により、多くの利害関係者に多大な影響を及ぼした事実から、裁判所が監査役の任務懈怠を厳しく捉えて善管注意義務違反を肯定したとの見方もできるかもしれません。他方で、仮に経営破綻をしなくても、社会的な信頼を失墜するに値する大きな会社損害に対しては、取締役のみならず監査役の善管注意義務違反の有無も争点になることは十分に考えられます。
新型コロナウイルス感染症の拡大局面では、世の中の経済社会活動の停滞により資金繰りに窮したり、取引先の破綻により連鎖倒産に巻き込まれるリスクもあり得ます。この点から考えると、両事案を参考にして、新型コロナウイルス感染症の脅威が収束していない現状においては、監査役としては善管注意義務を果たすことを具体的に検討する意義があります。また、当面は経営破綻という事態にまで至らないと思われても、感染症拡大の収束が見通せない状況下では、適切なリスク管理を行う必要があります。そこで、監査役としては取締役の職務執行を監査する立場から、執行部門が適切に新型コロナウイルス感染症対応を実施しているかについて監査すること、及び適切な対応をとるどころか取締役が善管注意義務違反を犯すおそれがあるときには、監査役としての法的権限を適正に行使することが求められます。すなわち、監査役は、平時の場合以上に法令違反の防止や会社の損失拡大回避に向けて取締役が善管注意義務を果たしているか否かを監視しなければなりません。それでは、新型コロナウイルス感染症の収束が見通せない状況下で、具体的に監査役として留意すべき点は何でしょうか。
第一は、感染によるリスクを確認した上で、自社における感染症対策について監視することです。すなわち、会社として、役職員が感染しないような具体的な行動指針や予防措置、及び感染によるクラスター(感染者集団)が発生しないような社内対応について、取締役が社内において注意喚起や対策を周知徹底させ、具体的に運用していることの確認となります。
また、取引先会社の役職員が濃厚接触者としてPCR検査を受けることになり、それによって陽性者が出れば、取引先企業の事業活動の中断や稼働率低下による影響を受けることになります。例えば、外注企業に保守点検を委託しているインフラ系の会社であれば、当該外注先企業の活動の自粛は、自社にとって安全面での重要なリスク問題となってきます。
感染症対策として自社において守る行動規範とは、出張も含めて従業員の不要不急の外出自粛や事業の自粛要請に対応することなどです。法的強制力のある法令等を守らなければ、法令違反となりますが、わが国においては、今回の感染症対策に関連して、企業活動の停止や個人の行動を制限するための罰則を伴う法規定は現時点では存在しませんので、法令違反として直ちに問題となることは考えられません。もっとも、社会におけるルールがある場合、そのルールには一定の合理性があるはずですので、ルールを遵守せずに問題が起きれば少なくとも会社として道義的責任を負うことになります。また、ルールを守らないことにより、自社が大きな損失を伴う事態になったときには、取締役の善管注意義務違反の問題に発展する可能性もあります。監査役の判断基準として大切なことは、ルールを遵守しないことによって社会からの信頼を失墜したり、会社に大きな損失を及ぼすことになるか否かということになります。
第二は、キャッシュ・フロー状況に基づく資金の確保の見通し、企業活動再開に当たっての課題・問題点について、社内で情報を共有し会社全体として対応を取るリスク管理体制となっているかどうかの監視であり、必要に応じて取締役らに助言や意見を率直に述べることです。
今回の新型コロナウイルス感染症のような社会全体の危機は、会社の重大なリスクともなり得ることを考えると、会社としてのリスク管理という視点からは、内部統制システムの観点から理解することが大切と考えます。すなわち、取締役ら執行側が何らかの個別のリスク対応を取らずに収益第一で事業継続を固執しようとするならば、内部統制システムの内容の一つとして規定されている会社の損失危険管理体制として問題はないのか(会社法施行規則100条1項2号)、監査役としては取締役とあらかじめ十分に意見交換をすべきだと思います。取締役には、内部統制システムを構築し、適切に運用する善管注意義務がありますから、取締役の善管注意義務の観点からも、監査役として事業再開や継続の可否を慎重に判断すべきことを取締役に促すべきと思われます。もちろん、執行側が事業再開等に対して、関連情報を事前に十分に収集した上でリスク管理を徹底し、その判断について社内の意思決定プロセスを踏まえた上で合理的であると判断したならば、経営判断原則の観点※5から、事業再開や継続に対して善管注意義務違反はないとの評価になります。
なお、代表取締役社長による事業継続の意思決定は、社内外に対して多大な影響を及ぼすおそれがあり、慎重であるべきであると多くの取締役や監査役が考えたとしても、ワンマンな代表取締役社長が事業の継続を強行しようとする局面がないとは限りません。その際に、監査役は有事の際の法的権限である取締役行為の差止請求(会社法385条1項)が認められるか否か検討する必要があります。行為差止の対象となる法令違反には、個別具体的な法令違反に限らず、善管注意義務違反や忠実義務違反も含まれるというのが通説となっています※6。従って、事業継続についての取締役の判断が善管注意義務違反を構成し、かつその行為により会社に著しい損害を及ぼすおそれがあることを主張・立証できれば、本店所在地を管轄する地方裁判所に監査役として差止請求申立ての仮処分の申請をすることは可能です。もちろん、そのような事態にまで発展しないように監査役間や監査役と取締役との間で十分に意思疎通を行い、代表取締役に対して一致して対応の変更を説得する努力は必要です。
第三は、業務監査の方法です。新型コロナウイルス感染症が収束しない状況下では、現場への往査を制限せざるを得ない状態にあると思われます。特に、移動を伴う出張について、会社の中には、原則禁止としているところもあります。このような場合、事業部門や製造現場によっては、一事業年度の業務監査が実施できない場面も想定されます。
しかし、大原町農業協同組合事件に見られるように、どのような理由であれ、業務監査を全く実施しないことにより、当該部門での重大な事件や事故が発生した場合には、監査役としての善管注意義務違反が肯定される可能性が高まります※7。従って、当面はオンライン会議や資料ベース(チェックリスト等)の確認を優先し、新型コロナウイルス感染症がある程度収まった段階で、集中的に往査・立会を実施する対応を行うようにすべきです。重要なことは、事業年度を通じて、業務監査を全く行わなかった事業部門は存在しないようにすることであり、何らかの監査を実施したとの監査調書等の証跡は残しておくことが望ましいと思われます。
わが国においても、諸外国のように行政当局が法的強制力を伴う禁止措置を発令すれば、企業もそれに従って企業活動の可否を決めればよいので、監査役としては、取締役の職務執行を監査するのは容易であるといえます。しかし、現実にはそうではありませんので、海外では操業を強制停止された現地法人もある一方で、監査役が社内の取締役らに対して具体的にどのような監査意見を表明すべきか迷うことが多いと思われます。
会社の中には、SARS(重症急性呼吸器症候群)や新型インフルエンザの際に策定した感染症対応としての事業継続計画(BCP)が今回の新型コロナウイルス感染症のケースで大いに役に立ったという会社もあると聞いています。しかし、そのような場合であっても、すでに策定した事業継続計画が当初の想定通りであったのか、または今後見直す必要もあるのかについて、会社としては検証する必要があると思います。
役職員及びその家族を含めた健康確保と企業活動という相反した命題に対して、企業自身が自律的に対応する基準を策定し運用していくことは難しい課題です。しかし、各企業が、自社の業種・業態等を勘案した上で、個別・具体的に検討し策定していかなければならない重要な課題でもあります。世界全体に影響するような大きな事象が発生したときに、誰が・いつ・どのようなタイミングで初期対応について検討し、実行に移すのか、あらゆるリスクを想定しシミュレーションをしておくリスク管理が極めて重要となってきます。リスク管理の範囲が大きいだけに、社内外の英知を集めて、策定しなければなりません。
会社の危機管理の体制づくりですから、取締役以下執行部門が検討することに対して、監査役としてもその検討過程において意見を述べるなど積極的な関わりをもつことが重要です。今回の新型コロナウイルス感染のような大きなリスクに対しては、一朝一夕に会社としての万全な体制を整備することは難しいはずです。当面は、感染状況の収束の程度を注視しながら、企業活動を早期に開始したいという取締役ら執行部門の思いに一定の理解をしつつも、そのことによって、かえって後々に企業の利害関係者に多大な損失を与えることにならないか十分に検討した上での意思決定となっているか否かが評価のポイントになります。
事業再開や継続の具体的な執行状況も含めた新型コロナウイルス感染症事象への対応について、監査役は、取締役以下執行部門に対して、リスク管理委員会・経営会議・取締役会等の重要な会議において、適法か否かの問題にとらわれることなく積極的に意見を表明する場合があるとの意識は常に持っておくべきと考えます。
※1 最判平成21年11月27日民集232号393ページ
※2 大阪高判平成27年5月21日金判1469号16ページ
※3 もっとも、重過失まで認められないとして、監査役の責任限定契約を適用して報酬の2年分を責任査定の額とした。
※4 裁判所は、日本監査役協会が定めた「内部統制システムに係る監査の実施基準」を遵守しなかったことも監査役の任務懈怠の理由の一つとしてあげている。このあたりの事情については、判例評釈(高橋均「監査役の対会社責任と責任限定契約の適用」ジュリスト1469号104~107ページ)を参照。
※5 判断の前提に不注意な誤りがなく、判断の過程や内容に重大な不合理な点がなければ、取締役の行為の裁量の観点から取締役は善管注意義務違反とならないという判例(「アパマンショップHD株主代表訴訟事件」最判平成22年7月15日判時2091号90ページ)・学説(近藤光男編『判例法理・経営判断原則』中央経済社(2012年)等)において確立した考え方である。
※6 上柳克郎=鴻常夫=竹内昭夫編『新版注釈会社法(6)』(有斐閣、1987年)424ページ
※7 現実的には、監査役が業務監査を実施しなかった任務懈怠と、会社の損害との因果関係が認められてはじめて監査役の損害賠償責任が認容される(会社法423条1項)。