情報センサー

CGE分析の成立過程および概略


情報センサー2020年7月号 Trend watcher


EYトランザクション・アドバイザリー・サービス(株)
バリュエーション、モデリング&エコノミクス

米国公認会計士 三森亮平

国内大手事業会社等の財務・経理部門を経て、2008年EYトランザクション・アドバイザリー・サービス(株)に参画。主に事業・株式価値算定、ハイブリッド証券・オプション性金融商品の価値算定業務、エコノミック・アドバイザリー業務を担当。日本証券アナリスト協会検定会員。


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バリュエーション、モデリング&エコノミクス

井上雄介

国内シンクタンク研究員・大学非常勤講師を経て、2019年より現職。専門領域はマクロ経済政策・日本経済論・計量経済学。19年より早稲田大学産業経営研究所招聘研究員。


Ⅰ はじめに

不確実性の伴う意思決定に際し、特定の事象やそれに対する政策的な介入によって経済に生じる外生的なショックを、数量的に計測する必要があります。幾つか提唱されている経済分析手法の中で、本稿ではCGE分析と呼ばれるアプローチについて、その成立過程および概略を紹介するとともに、分析枠組みとしての幅広い可能性について説明します。

 

Ⅱ CGE分析の成立過程

一つの国家ないし地域を対象としたマクロ経済分析は、多方面から高い関心を集めています。それは単に学術的観点にとどまるものではありません。実務的要請として、国際社会全体ないし広域な範囲に影響する諸政策のシミュレーション、もしくは後発国への経済的サポートに際して必要となる経済状態の数量的把握といった役割を担っています。こうした目的を充足する分析アプローチとして高い評価を得ているのが、CGE(Computable General Equilibrium)分析です。
CGE分析は、マクロ計量モデルと呼ばれるアプローチが前提とする理論的枠組みを拡張して考案されました。CGE分析に原型となるマクロ計量モデルでは、経済学者 ジョン・メイナード・ケインズが提起したIS-LM分析、AS-AD分析の枠組みを用いて、過去の観測データからパラメータを推計し、計測を行います。同モデルは現在も多用されており、一定の評価を得ていますが、その一方である学術的批判に直面しています。
これが1995年にノーベル経済学賞を受賞したロバート・ルーカスによる指摘、有名な「ルーカス批判」です。ルーカスの提唱する合理的期待理論によれば、各経済主体は将来的な期待を内生変数に組み込む必要が生じます。設計された経済モデルが、将来的な期待を考慮せず、過去の時系列データのみに基づいて経済的な効果を計測する場合、推計したパラメータが将来的な変動を内包せず正確性を担保し得ないので、分析モデルが整合的でなくなる可能性が高まるためです。ルーカスはマクロ計量モデルにおける上記の問題点を指摘したのです。

 

Ⅲ CGE分析の概略

そこで提唱されたのが、CGE分析モデルです。同アプローチは、「ルーカス批判」に対応するために、内生変数の最適化過程を内包しています。これは学術的にマクロ経済モデルの「ミクロ的基礎付け(microfoundation)」と表現されますが、個々人・企業法人・中央・地方政府といった経済主体・各種の産業群・資本・労働といった生産要素について、前提となる与件を満足するように将来的な最適化行動が選択される、同時的均衡を想定しています。具体的には、所得制約を所与として効用最大化を目的とする家計、財・サービスおよび要素価格を所与として利潤最大化を目的とする企業に加えて、財・サービスの需給均衡条件、資本・労働など生産要素の需給均衡条件をモデルに使用します。輸出入を含む海外部門・税率操作や財政支出を管轄する政府部門を追加することで、より現実的な分析も可能となります。
上記のように通常、比較静態分析に区分されるこの分析モデルでは、政策シミュレーションに多分な可能性を有します。つまり、対象とする国家ないし地域に生じた外生的なショックを、同一会計年度を基準として比較することで、数量的な把握を可能にするのです。
実際にCGE分析が利用された二つの事例を以下に紹介します。
国土技術政策総合研究所では、羽田空港の整備が航空輸送サービスに与える経済効果について分析されています※1。羽田空港の収容能力を拡張し、航空輸送サービス産業の生産効率が向上する場合に、商業・対事業所サービス・その他運輸業に対して年間100億円以上の生産額増加効果が確認されています。
他方、経済産業研究所では自由貿易協定(FTA)の影響について貿易政策分析が行われています※2。日中間で協定が締結された場合、穀物産業生産量は-2.50%、食肉産業生産量は-3.05%、日韓間で協定が締結された場合、穀物産業生産量は-0.32%、食肉産業生産量は-1.54%と試算しています。貿易協定が国内事業者に与える経済的影響を数量的に把握できるため、貿易政策における意思決定のアプローチとして、CGE分析は高い評価を得ています。

 

Ⅳ おわりに

CGE分析モデルは従来アプローチの学術的な批判を揚棄して確立した分析であることから、実務的な利用にも高い信頼性を有しています。また、前提とする与件を拡張することでCGE分析はより汎用(はんよう)的な事例分析が可能です。実際に世界銀行、経済協力開発機構(OECD)といった国際機関をはじめ、各国政府などでも利用されています。
複数の均衡式で実体経済を正確に解析する同分析の成立過程は、経済分析の基本的理解を可能とするとともに、実務面で高い需要に応じることでしょう。

※1 石倉智樹「航空輸送サービス産業の生産性向上を考慮した応用一般均衡モデルによる空港整備効果分析」『国土技術政策総合研究所研究報告』No.24

※2 KAWASAKI Kenichi "The Impact of Free Trade Agreements in Asia", 2003, RIETI Discussion Paper Series 03-E-018

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