EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EYトランザクション・アドバイザリー・サービス(株) 田村 晃一
EYトランザクション・アドバイザリー・サービス(株) シニアパートナー・マーケッツ統括。2018年にEYに参画する以前の10年間、商社・プライベートエクイティファンド・セクター統括、グローバルリードクライアント統括パートナーとして、数多くの複数国関与の複雑な大型クロスボーダープロジェクトを成功に導く。リーダーシップ・タレント育成にパッションを持ち、さまざまな育成セミナーのリードファシリテーターも務める。10年-13年のロンドン駐在時には日英欧ファイナンシャルアドバイザリー業務統括。1992年より大手コンサルティングファーム、グローバルプライベートエクイティファンド等において、プライベートエクイティ投資、M&Aアドバイザリー、マネジメントコンサルティング、およびアシュアランス業務に従事。今までの勤務地はニューヨーク、ロサンゼルス、ロンドン、シンガポール、そして東京を含む。
昨今の日本の経営者のプライオリティの高い所にあるのが事業ポートフォリオマネジメントです。これは事業ポートフォリオの最適化およびフルポテンシャルプログラムともいわれている事業価値の最適化に向けた積極的なビジネスのポートフォリオ経営のことです。また、CFOやコーポレートリスク管理部の管理課題ではなくCEOおよびCSO(Chief Strategy Officer)の経営課題であるべきものです。この経営課題に取り組むに当たり重要なのは、今後のビジネスの向かうべき道筋を明確にして事業ポートフォリオの積極的改革、入れ替え、事業価値の改善と最適化のアクションに結びつけ、さらには経営者が経営者として当たり前のことを当たり前にしっかり実行することが肝要であるということです。ロジカルシンキングを徹底して「空気」や「感情」をドアの向こうに置き、経営者としての経営判断と実行力を発揮することが成功の鍵です。
EYのグローバル・キャピタル・コンフィデンス調査は、グローバル企業の経営層を対象として半年に一度行っているアンケートです。前回の結果(2018年10月に実施、約2,600人参加)では、回答者の6割以上が6カ月ごとにポートフォリオのレビューを行うようにしているとのことです。しかし、実際に事業ポートフォリオの入れ替えやフルポテンシャル化(将来の事業機会を加味した事業の最適化)を積極的に実行することができている経営者は少ないようです。業種的には複数の業種やセクターにまたがる事業を営む巨大コングロマリットや総合商社、グローバルプライベートエクイティファンドは、積極的なポートフォリオのレビューを体系的に行っています。世界的に見ると、インダストリアルコングロマリット(多角的多国籍企業グループ)の事業会社や投資会社が挙げられますが、これらの企業グループのさまざまな成功例と失敗例には、事業ポートフォリオマネジメントに関する「学び」があります。
欧米のコングロマリットにおける効果的な事業ポートフォリオマネジメントの共通点は、ビジネスユニットの積極的な買収やボルトオン(土台となるプラットフォーム事業に相乗効果のある事業を付け足すこと)に加えて、積極的なカーブアウト(多角的企業グループからの事業の切り出し)やスピンアウト(多角的企業グループから独立すること)を実行していることです。必ずしも業績の良し悪しでポートフォリオをみているのではなく、その企業グループの将来の在るべき姿 (在りたい姿)に向けて買い時と売り時を見据えてポートフォリオを入れ替えています。まさにその企業の目的と使命そしてストラテジーに関わる事柄であり、CEOとCSOの役割および経営課題です。それには20年以上も前より世界中で起こっている事業ポートフォリオの再編に深く関わっている資本の原動力の活躍があります。その原動力がまさにグローバル展開をしているプライベートエクイティファンドの存在です。上場会社の非上場化 (MBOやTOB)を通じて事業の効果性と効率を高め、オーガニック(自社だけの力)にも非オーガニック(M&Aなどの自社だけではない力)にも規模を拡大して、再上場にこぎ着ける働きは過去にも多くあります。それらに加え、プライベートエクイティファンドと事業会社の共同投資や共同買収も積極性を増しています。コングロマリットの非コングロマリット化、カーブアウト、スピンアウトの受け手としての存在感も大きなものです。この2、3年では日本においても数多くの大手電機メーカーや自動車業界などでそのような動きが活発です。今後もこの流れは活発さを増すものと考えられます。
最近では、複数のセクターが収束して、1社1グループで取り組めるビジネスも限られてきていることから、積極的に業務提携や業務資本提携などのエコシステムを構成する企業群が増加してきています。
戦略的な事業ポートフォリオマネジメントには、幾つか成功の鍵があります。一番重要なのはマーケットインテリジェンス(市場のプレイヤーから集積される情報および分析結果)とタイミングだと思われます。事業ポートフォリオマネジメントの集中と選択は多くの場合、 ①そのまま現状維持②さらに投資する③オペレレーションの改善を図る④Exitストラテジーを検討して実行する、の四つに分類されます。企業グループ内のある事業をこの四つのうちのどの分類に置くかは、その事業業績の良し悪しだけで決まるわけではありません。その企業グループ全体の将来の在るべき姿の中での位置付け、ピア(同業種、同業他社)と市場のオポチュニティとビジネス環境の中でのポテンシャルをどう捉えられているか、フルポテンシャルを捉える力とリソースがあるのか、といった点が考慮されます。「業績が良く、業種テーマがマーケットパーセプション※として通常より『より』高い評価を得ており、Exitをするなら一番価値が高い時に」という積極的なExit戦略というものもあります。特に③と④に関してはマーケットのインテリジェンスとタイミングが非常に重要です。③のフルポテンシャルへ向かってのオペレーションの改善にはスピードとコミットメントが必須であり、タイミングを間違うと手遅れになり得ます。④のExitストラテジーを検討する際にも同様にスピードとコミットメントが必須であり、最適なExitのタイミングを計るためにはマーケットインテリジェンスのアンテナを常に立てておくことが必要不可欠です。一言で言うと「最善の売り時を見定め、スピード感を持って実行しきる」ということになるのです。
日本に本社を持つグローバル企業も競争にさらされる中で、適材適所適時で事業ポートフォリオマネジメントを戦略的、かつ積極的に実行していくことが求められています。また、その経営者に求められるリーダーシップの資質は、将来を見据えたビジョンとオーナーシップを持ち、そしてアカウンタビリティーに関する強い感覚・意識を持つことです。
そのようなグローバルリーダーの資質を備えたリーダーが日本から出てくる可能性はもちろん大きいでしょう。そのためには、次世代に向けたグローバル人材、グローバルリーダーの育成が急務だといえるのではないでしょうか。
※ ある業種のある時代特有のその時点での市場の認識と評価