情報センサー

鉄道事業会社の経営多角化


情報センサー2018年11月号 業種別シリーズ


旅客運輸セクター 公認会計士 金子 晋也

主に旅客運輸・不動産・消費財等の国内事業会社やIFRS適用企業の監査業務、IFRSの導入プロジェクト等に従事。また、セクター関連の研修講師に携わる。


Ⅰ はじめに


鉄道事業は、公共性の高さから鉄道事業法による運賃設定などの規制があり、鉄道事業単独での大幅な収益性の向上は事実上困難となっています。
その中で、鉄道事業会社は、沿線開発を進め、関連事業を展開して利益を獲得し、魅力的な沿線とすることで鉄道利用客を増やすというサイクルで多角化を進めてきました。

Ⅱ 鉄道事業会社の多角化


鉄道事業会社の多角化は、事業そのものからの収益獲得だけではなく、沿線地域の価値を向上させ、鉄道利用者を増加させるといった役割も担っており、顧客の多様なニーズに応えるために、多様な事業を展開しています。
主な事業の内容としては、沿線住民の生活基盤となる不動産業(販売)や流通業、生活水準の向上を志向するレジャーサービス業などが多くの企業で展開されています。また、沿線企業のニーズに合致した、オフィスを中心とした不動産業(賃貸)も広く展開されています。(<表1>参照)


表1 鉄道各社のセグメント(JR:上場4社、民鉄:上場14社)

鉄道各社の多角化は、各社の成り立ちといった点でも特徴が存在します。
JR(旧国鉄)は、国鉄時代には民業圧迫を防止する観点から事業範囲が限定されており、分割・民営化以降に本格的な多角化が進展しました。
一方、民鉄(私鉄)は古くから経営の多角化を進めており、沿線の特性や経営の独自性が高く、各社の特色が出ています。民鉄のセグメント情報は、「レジャーサービス」「運送」などが区分される場合があり、各社さまざまです。さらに、「その他」セグメントの内容にも目を向けますと、「建設」「飲食」「広告代理店」などの事業が記載されており、各社の多角化の度合いがより深く理解できます。

Ⅲ 海外への進出


鉄道事業会社の多角化は、沿線地域での事業開発が中心でした。しかし、沿線地域内での人口の減少などから、海外への展開が進んできています。以前から沿線外で事業を展開する会社は存在していましたが、現在は海外への進出が一つのトレンドとなっています。(<図1>参照)


図1 鉄道各社の海外展開動向

海外への進出の形としては、情報発信・収集拠点を海外に設置し、インバウンドの獲得等を行うもの、もう一つの形としては、現地で事業を展開し収益を獲得するというものです。事業としては、新規の事業分野に参入するのではなく、国内での既存事業のノウハウを活かし、同様の事業を海外で展開することがほとんどです。
展開されている事業を見ていくと、本業である鉄道事業での海外展開は主としてJRにより行われています。一方、民鉄の海外進出は、「不動産」「ホテル」「国際輸送」が中心です。
なお、事業の形態としては、単独での進出から、現地会社とのジョイントベンチャー(以下、JV)あるいは総合商社とのJVなど、多様な形態で各社事業を展開しています。

Ⅳ 新規事業への参入


海外市場への進出に加えて、新規事業の開発にも着手しています。その一つがベンチャー企業との協働や出資です。
組織外の知識や技術を取り込むオープンイノベーションは、通信事業者やメーカーなどでは以前から積極的に行われていました。
鉄道各社では、アクセラレータープログラムを中心に新たな事業開発の機会を模索しています。アクセラレータープログラムとは、新興企業や企業家を募り、事業を選定の上、ベンチャー企業との協働および出資を行うものです。
ベンチャー企業側は募集企業が持っている資源やノウハウを活用でき、一方、募集企業側では、一般的に大企業では生まれにくいとされる破壊的イノベーションのきっかけを得ることができます。
特に、比較的規模が大きく、主要な事業や企業ドメインが明確に定義された鉄道事業会社にとっては、一般的にこの傾向が強く出る可能性があり、大きなメリットの一つと考えられます。
 

Ⅴ おわりに


鉄道業界は経営多角化が進んだ業界であり、会計面においても多様な論点が存在しています。近年では、事業の地理的な範囲も拡大傾向にあり、経営の多角化はより加速しているため、会計面においてもより多面的な検討が必要となっています。
特に、これから適用される企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」および企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」については、多くの論点が想定されます。関連する内部統制の整備を含め、期間的に十分余裕を持った検討が肝要と考えます。


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※ 情報センサーはEY Japanが毎月発行している社外報です。