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統合型リゾート(IR)整備法案の規制のポイント


情報センサー2018年8月・9月合併号 Topics


統合型リゾート(IR)支援オフィス 渡邉 真砂世

慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程、東京大学法科大学院修了。金融系シンクタンクを経て、2013年に当法人に入所。政策評価、公共経営改革、政府インセンティブ・特区政策分野における数多くの調査研究・コンサルティング案件に従事。IR関連の海外事例調査、海外の法制度調査研究を行い、わが国における新しい法制度導入・改革を支援する実績を多く有する。


Ⅰ はじめに


2018年6月現在、第196回通常国会において、特定複合観光施設区域整備法案(以下、IR整備法案)の審議が進められています。IR整備法案は、16年12月に成立した特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律(以下、IR推進法)に基づき、カジノを含む統合型リゾート(以下、IR)を我が国に導入するプロセス、IR事業者の責任、IR事業者を監督するために設置されるカジノ管理委員会等について規定するものです。
本稿では、IR整備法案の規制の基本的な考え方や主な論点について整理します。

Ⅱ IR整備法案の規制の基本的な考え方


IR整備法案は、全13章・全251条にわたり、我が国に初めて導入されるIRに関する制度をさまざまな観点から規定しています。その内容は多岐にわたり、複雑な条文も少なくありませんが、IR整備法案に通底する基本的な考え方を踏まえると、全体像及び個々の条文を理解しやすくなります。

1. IRとは何か

IRには、従来認められなかったカジノ施設が含まれるため、その点に注目が集まっています。しかし、カジノ行為専用の部分(カジノ行為区画)の面積は、IR施設全体の延床面積の3%以下に制限される見通しであり、IRの大部分が非カジノ施設で構成されることとなります。IR整備法案第2条第1項では、IRで設置されるべき非カジノ施設について、<表1>のように規定されています。


表1 IRに含まれる非カジノ施設

大規模イベント等によって国内外から観光客を呼び込み(MICE施設、日本のショーケース、その他施設)、ホテルに宿泊してもらい、送客施設を通じて国内各地に観光客を送り出す、といった国際的な観光拠点の形成が期待されていることが分かります。
他方、IR全体の収益割合については、カジノ施設の収益が、IR全体の収益の7~8割程度を占めることが予想されています。例えば、カジノ施設数・面積を制限しているシンガポールにある2カ所のIRでは、いずれもカジノ施設の収益がIR全体の7~8割を占めており、日本も同様の構成比率になるとの想定です。IRの全体の延べ床面積の3%以下にとどまるカジノが、全体の7~8割程度の収益を上げるということになります。
つまり、国際的な観光拠点としての機能が期待される非カジノ施設の設置・運営が持続的になされるよう、政策的に収益性の高いカジノと組み合わせたものが、IRです。IR整備法案では、その仕組みが適切に機能するために、カジノ施設と非カジノ施設の「一体的な」設置・運営が繰り返し規定されています。

2. IR整備法案の目的規定

IR整備法案第1条では、目的について、「この法律は、...国内外からの観光旅客の来訪及び滞在を促進することが一層重要となっていることに鑑み、...カジノ事業の収益を活用して地域の創意工夫及び民間の活力を生かした特定複合観光施設区域の整備を推進することにより、我が国において国際競争力の高い魅力ある滞在型観光を実現するため、...必要な事項を定め、もって観光及び地域経済の振興に寄与するとともに、財政の改善に資することを目的とする。」と規定しています。すなわち、「観光及び地域経済の振興」による経済効果とそれに伴う「財政の改善」が目指すべき最終アウトカムであり、それを目指して国際的な観光拠点となるIRを整備するという位置付けになっています。

3. IR制度と刑法の賭博に関する法制との整合性

しかし、「観光及び地域経済の振興」と「財政の改善」がもたらされるとしても、カジノの設置により懸念されるネガティブな影響が無制限に許容されるわけではありません。従来認められなかったカジノを導入するのであれば、それを正当化するだけの制度的な裏打ちが必要となります。IR推進法附帯決議では「政府は、...法制上の措置を講じるに当たり、特定複合観光施設区域の整備の推進に係る①目的の公益性、②運営主体等の性格、③収益の扱い、④射幸性の程度、⑤運営主体の廉潔性、⑥運営主体の公的管理監督、⑦運営主体の財政的健全性、⑧副次的弊害の防止等の観点から、刑法の賭博に関する法制との整合性が図られるよう十分な検討を行うこと」(①~⑧の番号は筆者が付したもの)が求められました。
そこで、IR制度の整備を進めている特定複合観光施設区域整備推進本部事務局により、IR制度と刑法の賭博に関する法制との整合性について、<表2>のような整理がなされました。<表2>で下線が引かれたキーワードに対応する規制が、さまざまな切り口で、IR整備法案の中に盛り込まれています。また、特にギャンブル依存症問題に関しては、別途、ギャンブル依存症対策基本法案が現在の第196回通常国会において審議されています。


表2 IR制度と刑法の賭博に関する法制との整合性の考え方

4. 世界最高水準のカジノ規制

以上のような考え方を象徴する表現として、「世界最高水準のカジノ規制」という言葉がよく使われます。17年4月4日に開催された第1回特定複合観光施設区域整備推進本部会合において、本部長である安倍晋三総理大臣が、「クリーンなカジノを実現するため、世界最高水準のカジノ規制を導入するとともに、それを的確に執行するための体制を整備する」と述べたものです。何をもって世界最高水準と評価するかについてはさまざまな考え方があると思いますが、現在のIR整備法案は、世界各地のIR関連規制の中から、規制項目ごとに、相対的に厳格な規制が参考とされ、結果的にパッチワーク的な法案になっていると言えます。今後は、IR整備法案の目的である「観光及び地域経済の振興」の効果を高めるため、一つの規制体系として、政省令や運用を通じてバランスを図っていくことも重要になると考えられます。
 

Ⅲ 主な論点


1. 与党の検討会議において取り上げられた主な論点

では、IR整備法案の主な論点について、見ていきたいと思います。
IR整備法案が公表される前に実施された、与党の検討会議(自民党の「IR実施に向けた制度・対策に関する検討PT」等)では、特定複合観光施設区域整備推進本部事務局により整理された論点に関する資料が提示され、検討が行われました。<表3>では、その主な論点について記載しています。


表3 与党協議において取り上げられた主な論点

カジノ施設の規模、入場料は、シンガポールの規制が参考にされています。また、立地市町村との関係については、我が国の公営ギャンブルに関する制度が参考にされています。
納付金率は、海外におけるカジノ税率に相当するものですが、世界的に見てかなり高い水準の賦課率となっています。IR整備法案では一律にGGR(カジノ粗利益)の30%であるのに対して、例えばシンガポールでは、5%(VIP客の場合)か15%(一般客の場合)にとどまります。IR整備法案の高い納付金率は、Ⅱ3.で整理したように、カジノ収益の社会還元が非常に重視されたことによると考えられます。
また、日本オリジナルの規制も導入されています。まず、入場回数制限については、海外よりも厳しい規制内容となっています。海外の場合、ギャンブル依存症の恐れがある者等、一定のリスクが懸念される対象者のみについて、入場回数制限が導入されるのが通例です。しかし、IR整備法案の場合には、全ての日本人に対して、一律で7日間で3回まで、28日間で10回まで、という入場回数制限が設けられています。また、各人の入場回数を正しく捕捉するため、入場の際の確認手段として、マイナンバーカードによる認証を求めています。マイナンバーカードの普及率の低さを懸念する事業者は、少なくありません。
また、申請・認定のプロセスを2回行う可能性があることについては、従来は議論がありませんでしたが、与党の検討会議において、その可能性が明らかになりました。IRの設置が認められるためには、まず、各候補地の自治体がIR事業者を選定し、その後、当該自治体と当該IR事業者が協力してIR区域認定申請を国に対して行う、という流れになります。IR事業者選定に向けた準備が先行している自治体については、早期にIR事業者選定を行い、国としても早期にIR区域認定を実施する、というファーストトラックが用意されるかもしれません。

2. その他の主な論点

与党の検討会議では取り上げられずに、IR整備法案が公表されてから明らかとなった論点も多数あります。その中で、事業者の注目度が高い主な論点を<表4>に整理しています。


表4 その他の主な論点

いずれも、Ⅱ3.で述べたIR制度、刑法の賭博に関する法制との整合性の整理において重視されたキーワード(<表2>の下線部)に対応する観点で導入された規制と考えられます。
このうち、区域認定の有効期間等の項目に関して、区域整備計画の更新時にも当該都道府県等の議会承認が必要とされることについては、IRへの参画に関心を持っている事業者の間で、事業計画・投資計画への影響が特に懸念されています。当初の区域整備計画認定後、10年が経過すると、首長や議員の方針が変更している可能性が考えられるため、更新時の承認が得られないリスクがあるのではないか、長期間にわたって安定的にIR事業を継続することが難しくなるのではないか、という懸念です。IR整備のための初期投資として、数千億~1兆円といった額が言及されている中で、このような巨額投資事業を10年という比較的短い期間で区切ることが適当なのかという問題提起や、このような規制が導入されるとIR事業者の初期投資額が更新リスクを勘案して縮小されてしまい、経済活性化効果が減退してしまうのではないか、といった心配の声も聞かれます。
 

Ⅳ おわりに


前述のとおり、IR整備法案は、IR事業をしっかりと統制していこうという姿勢が打ち出された内容となっています。将来的には、これら規制の運用を通じて、目指すべきアウトカムである「観光及び地域経済の振興」と「財政の改善」が実現することが重要です。IR事業者とのコミュニケーションを通じて、IRによる経済効果を最大化するように規制内容がブラッシュアップされ、さらなる「世界最高水準のカジノ規制」に進化していくことが期待されます。


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