EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
デュッセルドルフ駐在員 公認会計士 野村 充基
2007年、当法人に入所。製造業や飲食業を中心とした上場企業の会計監査を中心とし、上場準備などのコンサルティング業務や、その他非監査業務に従事。16年よりEYデュッセルドルフ事務所に現地日系企業担当として駐在。会計や税務のみならず、組織再編サポートやアドバイザリー業務など、幅広く現地での日系企業の事業展開を支援。
2014年11月14日にドイツ連邦財務省は「電子的方法による帳簿、記録および文書の記帳および保管ならびにデジタルアクセスに関する原則(GoBD)」ならびに「データ媒体の提供に関する補足情報」を公表し、15年1月1日以降開始する課税年度より適用されています。適用から3年が経過した現在では、税務調査などにおいて、移転価格文書と同様にGoBDに関する文書についても税務当局より提出を求められるケースが増加しています。
一方で、16年5月23日付のドイツ連邦財務省による租税通則適用通達の補足を通じて、租税通則法第153条と自己開示申告の区別が明らかにされました。この中で、GoBDを含む税務コンプライアンスに関する内部統制を適切に整備、運用していた場合の企業のメリットが明示されました。本稿では当該制度の概要を解説します。
昨今、企業の業務プロセスはますますIT化され、電子形式で保存されている証憑(ひょう)も多くなっており、ビジネスの大部分がITに依存するようになってきています。そのような状況に対応するため、従来の「データ処理システムベースの会計処理における正規の簿記の原則(GoBS)」「データアクセスおよびデジタル文書の検証可能性に関する原則(GDPdU)」ならびに「税務当局によるデータアクセス権に関する質疑応答」の三つの通達を統合し、GoBDとして整理され、15年1月1日以降開始される課税年度から適用されています。GoBDの主な内容は、以下の通りです。
① 納税者としての履行義務
納税者は、電子的方法による帳簿および記録が正規の簿記の原則に則(のっと)った内容となっているかどうかについて、たとえこれらの業務を部分的または包括的に、組織的および技術的に(税理士等に)外部委託している場合であっても、常に全責任を負う。
② 一般要件
電子帳簿およびその他の電子的方法による記録が正規の簿記の原則を満たしているかについての評価は、(租税通則法第140条から148条に規定される)ペーパーベースの帳簿に適用される一般原則に則って行われる。
③ 証憑管理
全ての商取引は証憑に基づく記録が必要となる(すなわち、外部証憑がない場合は内部証憑の作成が必須となる)。ハードコピーまたは電子的方法による書類の保管が必要となる。
④ 時系列で内容的に整理された商取引の記録
納税者は電子帳簿およびその他の電子的方法による記録の網羅性、正確性、適時性および整然性に留意し、記帳された取引について証憑との関連性を確保しなければならない。
⑤ 内部管理システム
データアクセスおよびアクセス権の管理、機能の分割、記録(エラーメッセージ、蓋然(がいぜん)性チェック)、検証、処理の管理、ならびにプログラム、データおよびドキュメントの作為的および不作為の操作を防止するセキュリティ機能は、内部管理システムの構築により確保されなければならない。
⑥ データセキュリティ
ERP(Enterprise Resource Planning)システムは、(追跡不能、削除、破損および盗難といった)データの消失に対する安全性が確保され、未承認入力および変更から保護されなければならない。
⑦ 変更の不可能性および変更履歴
初期入力されたデータは当初の入力内容で維持されなければならず、変更が可能で必要な場合は、変更による影響が識別可能でなければならない。
⑧ データ保存
データの保存および保管は完全に確保されなければならない。例えば、帳簿は税務調査に際して遅滞なく提供可能でなければならない。(例えば、VAT法第14b条等の)個別税法により、追加の保存要件が課せられる可能性がある。
⑨ 追跡可能性および検証可能性
形式的および実質的な正確さの検証可能性は、個別の商取引の記録だけでなく関連する書類も対象となる。ERPシステムを使った帳簿上の商取引についても、帳簿の法定保管期間中は、遡及(そきゅう)的および将来的に検証可能でなければならない。
⑩ データアクセス
納税者は、税務調査に際して、質問内容にかかわらず、調査官に対して電子帳簿へのアクセス(直接アクセス、間接アクセスまたはデータ媒体の提供)を可能としなければならない。
⑪ 認証およびソフトウエア証明
データ処理(ERP)システムまたは他のシステムとの関連で、電子帳簿の正確性を保証するソフトウエア認証は、必ずしも法定要件を満たすわけではない。
正規の簿記の原則は、電子帳簿およびその他の記録に加えて、これらと関連する手続きおよびERPシステムにも求められます。GoBDでは、各ERPシステムについてプロセスドキュメンテーションの作成が必要とされています。プロセスドキュメンテーションは、各ERPシステムの最新バージョンと併せて、プロセスを網羅的、明確に反映するものでなければならないとされています(GoBD欄外番号151)。
【GoBDが求めるプロセスドキュメンテーション】
プロセスドキュメンテーションが作成されていない、または前記の要件のいずれかを満たしていない場合であっても、必ずしも帳簿の適正の否認につながる形式的な瑕疵(かし)にはなりませんが、そのためには追跡可能性および検証可能性が損なわれないことが条件とされています(GoBD欄外番号155)。
16年5月23日付のドイツ連邦財務省による租税通則適用通達の補足を通じて、租税通則法第153条と自己開示申告の区別が明らかになりました。その中で、ドイツ連邦財務省は過去の申告の修正が事後的に発見された場合であっても、企業内の税務申告に関する内部統制が適切に整備されている場合は、これらを「過失による租税回避行為」または「故意による脱税」によるものとはせず、「単純な修正」として扱うことになるとしました。
つまり、会社がGoBDのプロセスドキュメンテーションを含む税務コンプライアンス全体についての適切な内部統制を整備、運用していると税務当局が確認した場合、当該内部統制が機能し、事後的に誤りが修正された場合であっても当該修正は単純な修正とみなされ、過失による租税回避または脱税と見なされることはなくなります。特に、VAT等に関しては事後的に修正が必要となった場合は金額が多額になることが予想されますが、前記税務申告にかかる内部統制が適切に整備、運用、文書化されている場合は、当該修正は単純な修正とみなされ、特別税務調査が追加で実施されたり、租税刑事罰が追及されたりするリスクを低減することができます。
今回取り上げたGoBDならびに税務コンプライアンスに関する内部統制は、税務当局がIT技術の発展に対応するとともに、税務申告に対して適切な内部統制を整備、運用している企業にインセンティブを与えることによって企業の自主的な対応を促す内容となっています。
ドイツでは税務申告については税理士に委託するケースが一般的です。しかし、申告業務を税理士に委託しており、かつ社内で適切な内部統制が整備、運用されている場合であっても、適切に文書化されていないケースが多いのが現状です。GoBDでは、特にシステム関連の税務申告に係る内部統制の文書化が求められていますので、システム周りを含めた税務コンプライアンス全体に関する内部統制を見直し、適切に文書化する好機であると言えます。例えば、事後的に過去の税務申告を修正することになった場合に、たとえそれが単純な誤りであったとしても、内部統制が適切に整備、運用、文書化されていない場合には、過失による租税回避または脱税と疑われ、詳細な調査、場合によっては重大なペナルティーを受けてしまう可能性があります。
そうなった場合には、金銭的に重大な影響を受けるだけでなく、最悪のケースでは取締役個人が刑事罰に問われ、社会的にも重要な被害を受ける恐れがあります。こういった事態を回避するためにも、税務コンプライアンスに関する内部統制を整備、運用し、文書化することが必要になります。