情報センサー

ブラジルにおける労働法改正について


情報センサー2018年3月号 JBS


サンパウロ駐在員 公認会計士 林 裕孝

建設業、不動産業、製造業をはじめとする会計監査を中心とし、上場準備などのコンサルティング業務や、その他非監査業務に従事。2013年よりEYサンパウロ事務所に現地日系企業担当として赴任。在ブラジル日系企業に対し、会計・税務を中心にアドバイザリーやM&A関連業務など、幅広いサービスを提供。ブラジル、日本両国内でブラジル税制、進出実務に関する講師の経験を多数有する。


Ⅰ はじめに


2017年11月に、法律第13,467/2017号が施行され、ブラジル統一労働法(以下、ブラジル労働法)が、74年ぶりに改正されました。従来のブラジル労働法は労働者有利の側面が強く、規定も曖昧な点が多かったため、多くの労働訴訟を招き、ブラジルでは在ブラジル企業の競争力を阻害する意味で「ブラジル・コスト」の一つと呼ばれてきました。この改正により、現地進出日系企業にとってもこれまで過剰に課せられていた労務コストを削減できる可能性があると考えられます。

Ⅱ ブラジル労働法改正概要


1. 概要

今回の改正は、前述の問題点を改善し、時代のニーズに合った新しい働き方を提案することで、ブラジルの産業競争力を高めることを狙いとしています。今回のブラジル労働法改正は改正内容が非常に広範となっていますが、大きなポイントとしては、①規定の明確化・簡素化(法的安定性の確保)、および②労働契約の柔軟性の向上という2点に集約されると考えられます。

2. 合意による変更

これまでは、法律が原則として全ての団体労働協約(CCT)および労使協定(ACT)に優先して適用されていました。今般の改正で、「法律<団体労働協約<労使協定」となり、労使協定による個別交渉結果が法律および団体労働協約に優先されることとなりました。結果、以下のような項目での交渉・合意が可能となっています。


  • 憲法で定められた範囲内での労働時間
  • 有給休暇の取得方法
  • 時間外勤務時間の振替制度(Banco de horas)
  • 勤務時間内の途中休憩時間
  • 職能・賃金プラン
  • 職務規定
  • 職場における労働者の代表者
  • 在宅勤務
  • 待機拘束、断続勤務などの取り扱い
  • 生産性報奨制度
  • 勤務時間の記録方法
  • 祝祭日の振り替え
  • 不衛生な職場の分類設定
  • 契約解除

これらのうち、特徴的な改正点を以下に取り上げて紹介します。

(1) 有給休暇の取得方法

従来は、法定30日を2回までに分割して取得することが可能でした。ただし、18歳未満および50歳以上の従業員は一括取得のみとされていました。改正後は、いかなる年齢であっても、法定30日を3回まで分割して取得することが可能となりました。各ニーズにより柔軟に対応できる制度変更といえるでしょう。

(2) 時間外勤務時間の振替制度(Banco de horas)

時間外勤務手当の支払いに代えて就労時間の削減に充てられる制度です。従前は、これを行う場合には労働協約での同意が必要であり、時間外勤務時間の残高は1年以内に充当する必要がありました(1年を超えた場合にはさらに50%加算して支給が必要)。新制度では、労使同意のみでこの振替が可能になり、制度運用の柔軟性が向上しました。

(3) 在宅勤務

改正前は、特段の取り扱いが規定されておりませんでしたが、改正法では、設備費用負担などの詳細内容を労働契約書内で明記がなされていれば問題なく適用可能とされました。これにより、労使間で柔軟な働き方が選択できるようになりました。

(4) 契約解除

今回の改正により、「合意に基づく契約解除」という形が新設されました。これにより、大きく影響する項目として勤続期間保証基金(FGTS)の取り扱いがあります。改正前は、会社都合退職の場合にFGTS元本に加えて40%の罰金支払いが必要とされており、自己都合退職の場合は、FGTSの引き出し不可とされていました。改正後は、労使合意によれば、会社都合退職の場合の罰金は20%のみであり、自己都合退職(合意解約)の場合でも、80%部分までは引き出し可能とされました。当該改正で解雇を巡る紛争の減少に寄与するものと考えられています。

3. その他の重要な制度変更

その他、合意に基づかない重要な制度変更として以下のような項目があります。

(1) 通勤時間の取り扱い

改正前労働法においては、通勤・移動が困難な勤務地で、かつ雇用主が従業員に送迎などを提供している場合、自宅から勤務地までの移動時間は給与支給対象の労働時間と見なされていました。これが改正により、雇用主による送迎などの交通手段が提供・指定されていたとしても、自宅から勤務先までの通勤・移動時間は、労働時間とは見なされないこととなりました。

(2) 個人事業主との契約

改正前は、個人事業主との取引において、特定の会社に独占的かつ長期的な役務提供が行われる場合は、雇用関係の存在を擬制される可能性がありました。改正後労働法では、これが明示的に否定され、独占的かつ長期的にサービスが行われていても、原則雇用契約とは見なされないこととなりました。

Ⅲ 留意事項


改正論点は多岐におよび、一般に企業側の事務手続きや柔軟性の向上がうたわれていますが、以下のような、憲法が保証する権利そのものを削除、もしくは削減するような交渉・規定変更は認められません。


  • 失業保険
  • 勤続期間保証基金(FGTS)
  • 最低賃金
  • 夜間労働賃金が昼間勤務より高額であること
  • 家族扶養手当
  • 残業手当が通常勤務時間の最低50%増であること
  • 週次有給休日
  • 有給休暇手当
  • 母親ならびに父親の出産・育児休暇
  • 13 ヶ月給与(クリスマス・ボーナス)

Ⅳ おわりに


当該労働法の改正により、法的安定性が向上する結果、労働訴訟が減少することが見込まれています。しかし、支給手当の取り扱いなど本改正内容の一部については、条文上の解釈だけでは不明な点も残されています。実務上の対応については、専門家とも十分検討の上、今後の検察庁や各裁判機関による判決や見解を慎重に判断する必要があります。
併せて、現在ブラジルでは、電子申告制度が非常に進んでおり、18年1月より人事関連情報の登録・申告制度(eSocial)が始まっています。今般の労働法改正を受け、新制度にあった人事政策の策定が必要となるほか、eSocialをはじめとした電子申告情報の網羅性・正確性が厳格に要求される点に留意が必要です。

※ CLT:Consolidação das Leis do Trabalho


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