情報センサー

IN-OUT型M&Aトランザクションにおける留意点


情報センサー2018年2月号 Trend watcher


EYトランザクション・アドバイザリー・サービス(株)
オペレーショナル・リストラクチャリング クリストファー J. マック
EY米国オフィスのリストラクチャリング部門を経て、大手住宅設備メーカーに参画。グローバル事業のCFOを含む複数のエグゼクティブポジションを経験し、海外企業のM&A、PMI、パフォーマンス改善を実行。現在はEYトランザクション・アドバイザリー・サービス(株)のオペレーショナル・リストラクチャリング部門のリーダーとしてターンアラウンドを中心にコンサルティング業務を展開。

オペレーショナル・トランザクション・サービス 植木 定俊
米国広告代理店のストラテジック・プランニング部門を経て2009年より現職。国内外のM&A案件において戦略立案から候補先選定、ビジネス・コマーシャルデューデリジェンス、PMIまでM&Aのプロセスを一貫したサービスを提供。製造業および金融を中心にコンサルティング経験多数。


Ⅰ はじめに:IN-OUT型M&Aの増加


停滞が続く日本経済の中で、成長機会を海外に求め、積極的に海外投資を実行している日本企業(IN-OUT型M&A:日本企業による外国企業のM&A)が年々増えています。実際にM&A件数(IN-IN型M&A、IN-OUT型M&A、OUT-IN型M&Aを含めた総数)でピークを記録した2006年からのIN-OUT型M&Aのトランザクション件数を見ると、09年前後の金融危機を契機とした停滞期以降、増加傾向にあります(<図1>参照)。直近の17年1月~9月データを見ても、IN-OUT型M&Aの件数が過去最高となった前年との同月比7.2%増となっており、この潮流が継続していることが見て取れます。


図1 IN-OUT型M&Aのトランザクション件数

Ⅱ IN-OUT型M&Aの複雑性


IN-OUT型M&Aは件数ベースで増加しているだけではなく、金額ベースでも増加傾向にあり大型案件も増えています。また、M&A対象企業の業種・地域・事業領域の広がりや、一事業部門を譲受するカーブアウト買収案件、自社事業よりも規模が大きい企業を買収し、自社事業を被買収企業傘下に統合するリバースインテグレーション案件など、M&Aトランザクション自体が高度化・複雑化しています。加えて、「クロスボーダー」という要因が重なり、物理的・心理的な距離が介在するIN-OUT型M&Aを成功に導くのは非常に難しくなりつつあります。
実際、70~90%のM&Aトランザクションが、当初想定していたM&Aの目的や成果を実現することができていないと一般的にいわれています。特に、前述の通り、クロスボーダーの要因が大きく作用するIN-OUT型M&Aは、その確率を高めている一因と想定されます。
M&Aの目的や成果が実現できていない企業の要因を大別すると、①価値の誤認②価値の毀損(きそん)③価値実現の遅延の三つに起因していると考えられます。


①価値の誤認
買収前のデューデリジェンス時点において、対象企業の事業や市場を過大評価していたり、問題点・リスクの過小評価や見逃しが買収後に発覚するケース

②価値の毀損
買収後のガバナンス体制が不十分だったため、業績KPIの未達やキー人材の流出などが発生し、結果、買収後の経営オペレーションがスムーズに回せないケース

③価値実現の遅延
買収後のリーダーシップの欠如や、統合プロジェクトに対する作業量・時間・コストの過少見積もり、プロジェクトメンバー間のコミュニケーション不足などにより遅延が発生するケース


Ⅲ M&Aの目的や成果を実現するための対応策


1. 価値の誤認の対応策

デューデリジェンスを限られた時間で実施しなければいけないケースや、競合他社を買収するために限られた情報しか提供されないケースでは、買収後に思いもよらない課題やリスクが発覚することがあります。企業統合を成功に導くためには、これらのまだ表面化していない課題やリスクを買収後に早期に特定し、対応策を講じる必要があります。買収後にデューデリジェンス結果を再検証し、さらに詳細な課題やリスクを洗い出す作業をポストクローズ・デューデリジェンス(PCDD)と呼びます。

2. 価値の毀損の対応策

買収後を見据えた取得企業のガバナンス体制構築はDay One以前から詳細に設計・合意する必要があります。戦略のベクトル合わせ、組織・権限配分の設計、管理態勢の制度設計など、ビジネス慣習や企業文化の相違を十分に考慮し、経営陣の意向にアラインする形で法務部、人事部などで詳細を検討・合意していきます。
また、弊社では買収後1、2年経過した時点でインデペンデント・ビジネス・レビュー(IBR)を実施することを推奨しています。買収前に思い描いていたM&Aによるシナジー効果が実現できていない場合、第三者の視点から理想と現実のギャップを経営面・事業面・財務面で調査・分析し、理想に近づけるための課題やリスクの抽出、対応策を策定します。同時に、M&Aには株主や金融機関などさまざまなステークホルダーが関与しており説明責任が発生しますが、当該説明に対応するための情報としても有効です。

3. 価値実現の遅延

多くの日本企業はまだM&A(特にクロスボーダーM&A)の経験が浅く、買収プロジェクトから買収後の統合プロジェクトまでの一連のプロセスを成功裏に進めるインフラ自体が整っていません。Post Merger Integration(PMI)の対応策として買収先の海外企業に人を送り込んで任せきりとするケースが往々にしてありますが、派遣された方も言語・ビジネス慣習・企業文化の相違によって情報を適時・適切に把握することができず、課題・リスクへの対応が遅れてしまうケースが多く見受けられます。
このようなケースを防ぐ意味でも、Post Mergerだけではなく、Pre Mergerの段階から日本のプロジェクトチームと海外のプロジェクトチームが連携しながら戦略的にIntegrationを計画する必要があります。また、経営統合後のガバナンス体制を保つためにも、PMIの段階から日本側で主導権を持ってプロジェクトをコントロールするリーダーシップが必要になります。(<図2>参照)


図2 M&Aサイクル

Ⅳ おわりに


M&Aは、企業の中長期経営計画を実現するための戦略カードの一つとして位置付けられますが、「買収したこと」の安心感で、「買収後の成果を実現すること」が追求されないケースが多くみられます。IN-OUT型M&Aにおいても、その難易度を所与のものとしてあらかじめ認識し、買収後のシナジー効果実現に向けたプランニングをDay One以前から綿密に協議を重ねる必要があります。また、買収後に入手できる内部データや内情の早期分析による早い軌道修正や一定期間後の成果振り返りは、IN-OUT型M&Aだけに限らず非常に重要です。


「情報センサー2018年2月号 Trend watcher」をダウンロード


情報センサー

2018年2月号
 

※ 情報センサーはEY Japanが毎月発行している社外報です。