EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
不動産セクター 金子 和弘
EY Japanのホスピタリティリーダー。欧米のEYホスピタリティチームとの積極的な連携や、海外ホテルマーケットでの精力的な取材など、EYグローバルと連携したサービスを提供中。ホテル投資・開発に関するサービスから戦略立案支援、社内勉強等、幅広くサービス提供の実績がある。また、各種講演や雑誌への寄稿も行っている。国内金融機関勤務を経てホスピタリティ業界のコンサルティングに転じ、2012年にEY Japanに参画。
訪日外国人の増加などを背景に、近年、特に東京オリンピック開催決定以降、国内のホテル開発が活発化してきましたが、2016年の観光庁のデータで訪日外国人の宿泊需要の大きな減衰が明らかになりました。そもそも、国内の宿泊需要は、国内客が圧倒的で、訪日外国人は1~2割程度のボリュームにすぎませんが、訪日外国人はノビシロが大きく見込まれることから、ホテル業界ではアップサイドポテンシャルとして注目されてきました。しかし、15年までは訪日外国人の増加とほぼパラレルにホテル・旅館の宿泊需要が伸びていたのに対し、16年では大きな相違が発生※1しました。これは、民泊やクルーズ船、夜行バスなどの「宿泊プロダクトの派生商品」に、宿泊需要がシフトしているためと想定されます※2。訪日外国人のホテルでの宿泊需要が当初の想定よりも下振れする中で、ホテル業界では勝ち組・負け組の選別がさらに厳しくなると想定され、ホテル開発には一層の工夫が必要とされる状況となってきました。
前記のような競合環境の中でのホテル開発の成功要因をいくつか例示します。
ホテルはあくまでも「マーケットアウト」のプロダクトであり、所在するマーケットの特性によって規定されるものですが、時代ごとに普遍的に訴求可能な「テーマ・要素」があるのも事実です。それらのテーマ・要素による「個性化」とマーケット特性の2面から「ホテル像」の仮説をいくつか構築、検証する中で、持続的な競争力を有するホテル像を描いていくことが可能と考えられます。
<表1>は、ホテル開発の視点を整理した一例です。本稿では全てを説明できませんが、②については、国内では利益率の高い客室部門に注力する傾向のある中で、海外では飲食が重視される傾向が出てきていることが興味深く、また、⑤については、直近では米国の要人が日比谷公園から皇居にかけて「散歩」した報道が連想されます。
一般的に1980年代から2000年代にかけて生まれた層を「ミレニアル世代」と呼称しますが、インターネット普及期に育ったデジタルネイティブ世代として、それまでの世代と価値観や消費行動が異なるといわれています。
ホテル業界でも、「パブリックスペース」と呼ばれる社交空間が(直接的にはキャッシュ・フローを生まない面積であるにもかかわらず)ホテル内に配置されるなどのミレニアル世代の価値観を反映したトレンドが生まれています。
過去の常識にとらわれず、合理的に消費行動を決定する傾向の強いミレニアル世代は、「ブランド」や過去の「ラグジュアリー」の概念などを必ずしも受け入れないなど、ホテル業界のこれまでの「常識」が通用しなくなっています。このことは海外のホテル業界カンファレンスでも頻繁に議論となっています。
米国不動産市場最大の開発として話題となっているニューヨーク市の「ハドソンヤード」のホテル開発にフィットネスクラブのホテルが選定されたことは、ミレニアル世代の価値観の一つの象徴といえます。同ホテルでは、「フル・サービス・フィットネス・サービス」に加え、健康的な料理を提供し、新しいスパのコンセプトを開発する予定ですが、そもそも同フィットネスクラブは、月会費2万円程度と比較的高単価ながら米国を中心として百万人程度の会員を有する新興のフィットネスクラブです。ウエルネスとフィットネスにコミットする固定客と確立されたブランドを基盤に、ハドソンヤードでホテル開発に初めて取り組むことになり、ミレニアル世代のウエルネスとフィットネスの価値観の象徴といえるでしょう。
ミレニアル世代の旅行・宿泊に関する価値観として他には、「ストーリーを感じたい」「思い出を創造したい」「自然や文化の保護・保存・維持の意識」といったものが挙げられます。これらの価値観は、リノベーションを含めての地方のホテル開発における「勝ち組」の一つの訴求要素になると思われます。
テクノロジーも今後のホテル開発に大きな影響を与えます。国内ではフロントやポーターの機能を「ロボット」で置き換えるホテルの開発が広く展開されていますが、建築の仕様も対応する必要があります。海外では、大手グローバルオペレーターが5年以上も前から「インスタ映え」するようなホテルデザインと開発を始めており、建築の仕様も対応させていました。
また、自動運転技術の発達はホテルの立地に大きな影響を与えます。19年から完全自動運転車が「ロボットタクシー」としてメーカーから供給されることが発表されるなど、運転手不要の自動運転サービスが現実味を帯びてきています。これが実現した場合、公共交通インフラからのアクセスが大きな成功要因であったホテル立地の考え方を大きく変える可能性があります。また、自動運転車が「車中泊」でホテル需要を代替する可能性も考えられます。
また、自動運転のみではなく、20年には米ロサンゼルスで飛行車両サービスを立ち上げるというニュースも報じられています。日本でも同様のサービスが実現した場合、都市近郊の施設のみではなく、地方の宿泊施設への距離感覚も大きく変化すると想定され、前述のウエルネスのトレンドと併せて、地方の宿泊施設への需要拡大も想定されます。
大手グローバルオペレーターは、マーケット特性やグレードなどに対応して多数のプロダクトを有し、ブランドを形成しています。
日本のホテル市場は、伝統的に「国内勢主導」であったことと、オーナーとオペレーター間でリース契約が一般的であり、外資系オペレーターのスタンダードであるマネジメント契約(運営委託契約)が受け入れられにくかったことなどから、日本国の経済力・国際性に比して外資系オペレーターのプレゼンスが低い市場となっています。
東京オリンピック開催決定以降、ようやく外資系ブランドの幅が広がってきましたが、海外の先進諸国に比して外資系ブランドのバラエティーは必ずしも豊富ではないマーケットとなっています。このことは、外資系オペレーターが捕捉できる需要に対して、供給が不足しているという仮説にもつながります。日本未進出のオペレーターの中には、リース契約のみではなく、出資も辞さない積極的なオペレーターもいます。そのため、これらのオペレーターと組んで、その顧客基盤もレバレッジしながら集客と収益の果実を取るモデルも検討の余地があります。
特に最近は、単なる宿泊機能のみではなく「ライフスタイルの提案・体験の提供」をビルトインした「ライフスタイルブランド」と呼ばれる分野のプロダクトが増加しています。大手グローバルオペレーターだけではなく、独立系のオペレーターも独自のプロダクトを開発し、前述のミレニアル世代だけではなく幅広い世代から支持を得ています。これらのオペレーターも日本進出に強い意欲を示しています。
外資系オペレーターとWin-Winの関係を構築するのは必ずしも容易ではありません。しかし、宿泊市場自体が拡大を期待できる現状の地合いでは外資系オペレーターと協業するかつてない好機といえるので、外資系オペレーターの力をレバレッジした成功モデルは検討の余地が大きいと想定します。
ニューヨーク市のハドソンヤードでのフィットネスクラブによるホテル開発の例にみられるように、ホテルプロダクトは、人々の価値観を代弁する機能を備えつつあります。これまでの「基本的な宿泊機能」を超えて、人々と価値観を共有する場へと進化しつつあるホテル業界において、ホテル顧客の価値観のテーマ・トレンドや、その将来予測についての分析・検証を欠いたホテル開発は、将来、ホテル顧客からの支持を得られないリスクを負うといえるでしょう。
このような業界動向をいち早く捕捉していくためには、欧米でのトレンドにアンテナを張り巡らせることが最も身近な方法の一つです。実際に足を運び、マーケット実勢の臨場感も合わせつつ新プロダクトを「体感」することや、英語圏メディアからの情報収集などが有意と思われます。
ホテル業界は、民泊など派生商品の台頭やテクノロジーの発達で、競合の枠組み自体の再編を伴った厳しい環境が見込まれます。開発・運営の両面で、これまでの延長線上ではない新しい視点での取り組みが必要な時代に突入したといえるでしょう。
※1 訪日外国人が約22%増加したのに対し、宿泊需要は約6%の増加。
※2 直近で、訪日外国人の約12%が民泊を使用しているという結果が観光庁から公表されている。