新規事業を成功に導くビジネスモデルの描き方

新規事業を成功に導くビジネスモデルの描き方


情報センサー2017年7月号 EY Advisory


EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング(株)
米国公認会計士 土田 篤

EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング(株)パートナー。国内の大手総合化学メーカーから、大手コンサルティングファーム、投資ファンドなどを経て、現職。現在、企業における事業戦略立案、M&Aなどの投資意思決定支援、収益改善計画策定および実行におけるハンズオン支援、中期経営計画策定などの戦略・コーポレートファイナンス領域のコンサルティング業務に従事。


Ⅰ  優れた技術は利益を生むか

1998年11月、北南極・山岳・砂漠・大洋を含む世界中での通話を可能とする衛星電話サービスが開始されました。98年といえば、ちょうど日本の携帯電話の普及率が50%を超えた年です。当時、国内通話エリアは限られており、各社ともに順次拡大していたことを記憶されている方も多いでしょう。その当時に世界中を通話エリアとする画期的な衛星電話サービスが、日本でも展開されていました。しかしこのサービスを展開した「イリジウム」は、翌99年8月に米国の連邦倒産法第11章を申請し、2000年3月にサービスを停止しました。なぜこのような結果となったのでしょうか。
新規事業を検討する際、通常<図1>のステップを踏む必要があります。

図1 新規事業検討のステップ

しかし、イリジウムのように優れた「事業アイデア」が適切に「ビジネスモデル」に落とし込まれず、失敗に終わる例は非常に多いと感じます。そこで本稿では、新規事業を成功に導くためのビジネスモデルの描き方を解説したいと思います。
 

Ⅱ   ビジネスモデルとは何か

そもそも、「ビジネスモデル」とは何でしょうか。皆さまの会社や担当事業のビジネスモデルは、どのように説明できるでしょうか。実は、このビジネスモデルという言葉ほど定義が曖昧なまま用いられている言葉はあまりありません。
私たちは通常、ビジネスモデルとは「事業領域(誰に何を提供するか)、事業構造(それをどう提供するか)、収益構造(それによってどう稼ぐか)の三つで構成される事業の設計図」と説明しています。それは<図2>のフレームワークで説明されます。

図2 ビジネスモデルのフレームワーク

顧客には顕在的・潜在的なニーズが存在します。企業はその中で特定のニーズを持つ層を「ターゲット顧客」とし、その層に求められる「提供価値」を考えます。これらを「事業領域」といいます。
次に価値を提供する「手段」を考えます。企業の中では「経営資源」を用いて「事業活動」を営みます。そして取引を獲得するために、「チャネル」を介して顧客と接点を持ち、「顧客との関係構築」に取り組みます。一方、自社にない機能は外部委託先や仕入先など「事業パートナー」により補完します。これらを総称して「事業構造」といいます。
そして、この事業構造の各構成要素からの矢印が示す通り、これら全てがこの事業の「コスト」を決定します。これを、顧客への提供価値の対価である「収入」で賄えるかを見極めます。これらを「収益構造」といいます。
ビジネスモデルの設計においては、これら各構成要素が十分に検討され、全体として収益を生み出す算段ができていることが必須です。
 

Ⅲ ビジネスモデル設計のポイント

ビジネスモデルの設計には、二つの視点が必要です。
一つはフレームワークの全ての構成要素が網羅的に検討されているかです。しかし現実的には、技術力や製品性能の高さのみが強調され、顧客が感じる提供価値につながらない製品開発がなされていたり、商品・サービス開発のみ議論され事業構造や収益構造の設計が不十分であったりするケースが散見されます。
イリジウムの例では、失敗の根本原因は技術主導の製品開発でした。ブリック・サイズといわれた大きな機器は提供価値を損ない、小型化が進むセルラーとの「携帯性」の比較において、大きな不利となりました。
もう一つはフレームワークの構成要素が相互に整合しているかです。フレームワーク全体を俯瞰(ふかん)して、以下を考える必要があります(<図3>各番号と対応)。

図3 ビジネスモデルの整合性チェック

①提供価値は「ターゲット顧客」に受容されるか(事業領域の合理性)

②提供価値は価格に見合うと認められるか(提供価値と収入の関係性)

③事業構造は提供価値を実現できるか(提供価値と事業構造の関係性)

④事業構造はそのコストで実現できるか(事業構造とコストの関係性)

⑤事業の成功要因を満たすか(事業構造の合理性)

⑥その結果、収益の出る算段になっているか(収益構造の合理性)


イリジウムの本体3千ドル、通話1分あたり2~7ドルの価格は提供価値に見合わず、加入者数はピークでも、想定した100万人の6~7%にしか及びませんでした。その結果、50億ドルという巨額のシステム投資は回収不能となり、この事業は2,500万ドルと実に投資額の0.5%の価格で売却されました。
 

Ⅳ 事業の成功確率を高めるために

新規事業が成功するかは多分に「やってみなければわからない」要素があります。しかし、ビジネスモデルの設計段階での検討の抜け漏れや不整合など、「やる前からわかっている」失敗要因は避けておきたいところです。<図2>のフレームワークを用いれば、検討中のビジネスモデルが有効に設計されているか、容易に確認できます。ぜひ活用していただきたいと思います。
また、ビジネスモデルの有効性をチェックする方法の詳細は、拙著『企業のリスクを可視化する事業性評価のフレームワーク』(金融財政事情研究会)にまとめられています。こちらもご参考にしていただけると幸いです。


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2017年7月号
 

※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。