EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング(株)
公認情報システム監査人 システム監査技術者 村尾健司
EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング(株)シニアマネージャー。大手ERPベンダーでの勤務経験をもとに、ITツールとデータを活用した監査技法の調査・研究および実践を多数担当。当法人アシュアランス・イノベーション・ラボ メンバー。
監査におけるデータの活用は、これまでも新たな監査アプローチとして注目を集める分野の一つでしたが、実際に監査の現場に定着しているとは言い難い状況でした。その理由として、データ活用に基づく監査の方法論が明確に定義されていないという監査基準の課題がありますが、それ以上にデータを加工・分析するツールの機能が実用に耐えず、事例・ノウハウの集積が進まないというIT側の事情が大きく作用していたものといえます。
しかし、BigDataなどのIT技術が喧伝(けんでん)され実用レベルになった数年前から、状況は大きく変化しています。本稿では、分析ツールなどの領域におけるIT技術の発展と、それに伴う監査手法の変化と将来像について紹介します。
これまで監査におけるデータ活用の技法として、CAAT(Computer Assisted Audit Techniques:コンピューター利用監査技法)が知られていました。CAATにもさまざまな手法がある中、データダウンロード方式によるCAATは、昨今多くの現場で実践されてきました。
この手法では、大きく分けて<表1>の作業ステップにて作業が行われます。
ところが、この各作業については現場レベルでさまざまな課題がありました。その課題の代表例は<表2>のとおりです。
理論上では容易に思われるCAATの手法ですが、実践の段階になると、ITの側面における課題が多数あったことが、CAATの定着を阻害していた一因といえます。
CAATに用いる分析ツールとしては、いわゆる「CAAT専用ツール」と呼ばれるソフトウエアが利用されることが多かったところ、近年では「より大量のデータを」「より高速で」「より簡単に」「よりグラフィカルに」分析する方向で、さまざまな新しい技術が開発されています。ここでは、これらの総体をDA(Data Analytics:データ分析)ツールと呼称することにします。
CAAT専用ツールそのものも機能が大幅に改善し、その他に「セルフサービスBIツール」と呼ばれるBI(ビジネス・インテリジェンス)ツールの操作性を大幅に簡素化したツールが多数リリースされ、急速に浸透し始めています。
さらには、一部の専門家のみが使用していた「統計ツール」もデータ分析やグラフィカル表示の機能を拡張し、逆の方向性として、汎用(はんよう)的に使用されている表計算ソフトなどのオフィスツールが分析機能を強化しています。(<図1>参照)
これらのツール群の特徴である「大容量データを簡便かつ高速に処理」する機能は、監査におけるデータ分析の有効性・効率性の向上に多いに役立つことから、監査現場でのこれらDAツールの採用が急速に進んでいます。
CAATツールだけを利用していた時代から、多様なDAツールから監査現場のニーズに適したものを選択する時代になったといえます。
DAツール採用による監査上のメリットの例を紹介します。
まずは、大容量のデータでも高速に処理できるようになり、例えば過去数年分の全社データをパターン分析することにより、データ母集団の理解度が向上します。数値に基づき正常値と異常値を区分できるようになり、リスク評価の精緻化に有益です。簡便かつ高速なデータ処理は、データを入手でき次第最短のタイムラグでの即時のデータ分析を可能にし、タイムリーな監査手続に直結します。
分析結果をさまざまな切り口でビジュアル化できることにより、勘定科目以外の視点、例えば組織、ユーザー(起票者、承認者)、日付、情報源(上流システム)、取引先、品目などの視点の詳細な分析が可能になります。これらの分析は、当法人の標準手続として実施しています。
分析対象となるデータを生成・管理するERPの側にも、監査におけるデータ活用の高度化に役立つ発展が見られます。
大企業を中心に高いシェアを持つERPツール(以下、A社ERP)を例に挙げますと、最新のバージョンではERPそのものが分析ツールの機能を有する構成になっています。
これまでのA社ERPはデータの記録の機能に重きが置かれており、例えば正確に計算を行う、自動的にデータを連携させる、入力時の制御(コントロール)を行う、履歴を記録するなどの機能が充実する反面、記録されたデータを分析する機能は高度とはいえませんでした。そのため、BIツールなどにデータを転送して必要な分析を行うシステム構成を採用するケースが主流でした。
しかし、最新のA社ERPでは、データを保存するデータベース基盤そのものがデータ分析機能を有しており、ERPと分析ツールが合体した構成になりました。これにより、ERPとは別に分析ツールを導入する必要がなく、ERP自体の中で高速かつ高度なデータ分析を行えることになります。
このメリットを生かして、今後は、監査人が企業のERP内で直接高度な分析を行う手法も増えていくことが予想されます。
DA(データ分析)を基礎として、監査領域での次の新技術としてAI(人工知能)やRPA(Robotic Process Automation)への取り組みも進んでいます。
日本公認会計士協会 IT委員会研究報告第48号「ITを利用した監査の展望~未来の監査へのアプローチ~」で紹介されている監査の未来事例は2025年のものとなっていますが、その仕組みは17年現在の技術だけで全て実現可能といわれています。
未来の監査業務は想像以上に早く日本の監査現場に定着するのかもしれません。