情報センサー

超高齢・人口減少社会におけるIoTの役割


情報センサー2017年3月号 EY Institute


EY総合研究所(株) 未来社会・産業研究部 主任研究員 吉識宗佳

国立研究所での研究、コンサルティングファームでの調査・研究、コンサルティングを経て現在に至る。専門分野は、高齢社会におけるテクノロジー活用、社会保障、環境問題など。

Ⅰ  はじめに

団塊世代が全て後期高齢者となる2025年に向けて、社会保障費用の増加や医療・介護人材不足への対処が課題となっています。また、生産年齢人口の減少により、飲食業や小売業、運輸業などでは、働き手不足が深刻になっています。
一方、近年さまざまな分野でテクノロジーの発展が加速しています。最も革新的で産業や社会へのインパクトが大きい技術の一つが、モノのインターネット(Internet of Things: IoT)です。従来インターネットに接続するのはコンピューターやスマートフォンが中心でしたが、さまざまなモノ(センサーなど)がインターネットに接続されることにより、物事の状態を表す膨大なデータを入手することが可能になります。こうしたデータの高度な分析に基づいて、既存業務の最適化や効率化、個人のニーズに合わせた新しいサービスや商品の創出などが期待されています。IoTの活用領域は、製造業(Industry 4.0)、サービス業、農林水産業など広範に及ぶと考えられています。
では、IoTは、超高齢・人口減少社会の課題にどのように応えることができるのでしょうか。本稿では、高齢者の増加(超高齢社会)への対応と働き手不足(人口減少社会)への対応の2分野に分けて、今後の方向性を展望します。

 

Ⅱ  超高齢社会におけるIoTの役割

1. 超高齢社会でのテクノロジーの貢献

現在、約110兆円の社会保障給付費は25年には約149兆円に増加すると予測されています。また、都市部を中心に、医療や介護のリソース不足が懸念されています。
このような中で、高齢者の自立を促し介助する人の負担を軽減するため、特にテクノロジーの貢献が期待されるのが、「住・介護」「食」「医療・健康」「外出」の4領域と考えられます。「住・介護」領域では、日本の制約ある住環境下で、今後増加する独居高齢者や高齢者二人暮らし世帯の自立を支援するとともに、介護施設において介護職の負担を軽減する役割が期待されています。さまざまな福祉用具や介護機器(ロボット)・見守りシステムなどがこれに応えます。「食」の領域では、高齢者の食の質を高め、健康寿命を延ばすことが求められます。高齢者向けの食品や食事指導サービスの貢献が期待されます。「医療・健康」は、今後急速な進歩が予想される領域です。さまざまな革新的医療技術の登場が、高齢者の寿命と健康寿命の両方を伸ばします。さらに、在宅高齢者の増加に備え、在宅医療インフラの整備が必要となってきます。「外出」領域では、自動運転技術やオンデマンド交通などが高齢者の自由な外出を可能にし、高齢者の社会とのつながりや生きがいを支えると予測されます。
これら高齢者向けの新しいテクノロジー市場は、高齢者数の増加に伴って今後大きく拡大します。4領域の市場規模を推計したところ、30年には合計で約18兆円になるという結果が得られました(<図1>参照)。

図1 高齢者向けテクノロジーの市場規模

IoTは、これら高齢者向けテクノロジーのほぼ全ての分野に関与しています。以下では、介護を助ける見守りシステムや介護ロボット、疾病の悪化を予防する健康・食事管理システムを取り上げます。

2. 介護におけるIoT活用

25年に向け、高齢者介護の在り方が課題となっています。介護・医療リソース不足のため、介護施設に入居するのは要介護度の高い高齢者が中心になると予測されます。現在でも介護職は人手不足が深刻ですが、要介護度の高い入居者の増加により、さらに介護職の負担軽減の必要性が高まります。
介護施設の介護職の負担が重い業務は、ベッドから車いすなどへの移乗、移動、トイレやオムツ交換などの排泄ケア、入浴、夜間の見守りなどです。
現在、介護施設における見守り業務の負担を軽減するため、IoT技術を用いた見守りシステム開発が進められています。見守りシステムでは、赤外線カメラ、ベッドなどに設置したセンサー、ウエアラブル端末などを用い、高齢者のベッドからの離床や転倒などの検知、トイレのタイミングの予測などを行います。見守りシステムを用いることにより、高齢者が安全に睡眠を取っているか、トイレやオムツ交換のタイミングかどうか、などを一目で確認することができます。個別に居室を見回る従来の見守り業務と比較して、夜間の業務負担軽減が期待されています。また、夜中に職員が巡視のために部屋をのぞく必要が減るため、高齢者にとっても落ち着いて夜の時間を過ごせるという利点があるようです。
他に介護分野でのIoT活用として、高齢者の歩行を補助する歩行器へのロボット技術の導入、レクリエーションやリハビリを補助するロボット・IT機器の開発、高齢者の移乗や入浴などの介助を行うロボットの開発などを挙げることができます(<表1>参照)。このうち移乗や入浴の介助はIoT活用への期待が強い業務ですが、直接高齢者に接するため開発の難度が高い側面があります。このため、見守りシステムやリハビリ分野でのIoT活用が先行すると予想されます。

表1 介護におけるIoTの活用例

また、今後期待したいのが在宅高齢者向けの犯罪被害予防分野です。在宅高齢者、特に認知症患者が特殊詐欺や犯罪的な訪問販売のターゲットとなる例が多発しています。被害を防止する新しい製品やサービスが必要とされています。

3. 食・健康におけるIoT 活用

高齢者の健康な生活を維持するため、今後、病気になる前の予防が重要になってきます。そのとき一つのカギとなるのが「食」の領域です。
特に一人暮らしや高齢者のみ世帯の高齢者では、食の質が落ちる危険があります。食事準備の負担感や食への関心の低下のため食事の内容が偏る、味覚や消化器の機能低下のため食事の量が減るなど、食の質の低下により健康を損ねるリスクが増大します。
そこで、個人の健康状態や食事の状況を診断し、食事のアドバイスを行う個別栄養指導が必要となります。食の質改善の取り組みは中長期的な継続が求められるため、個別栄養指導では、継続的に高齢者の健康状態や体質・食事内容などのデータを登録・把握し、推移を見守る必要があります。そこで、IoTを用いた取り組みとして、すでにインターネット上でこれらのデータをモニタリングする健康管理サービスやスマートフォン上の健康データ管理プラットホームが登場しています。また、食事画像から食事内容を自動分析するなど、データ登録を助ける仕組みの研究が行われています。高齢者の場合、過去の食経験に基づく食の好みが食欲を左右するため、食の好みも重要なデータとなります。
さらに、慢性疾患を罹患する高齢者を対象に、高度な健康管理・テーラーメイド食の研究も進んでいます。例えば糖尿病の重症化パターンとして、日常生活や診療受診が不規則になることが原因となる場合があります。そこで、体重、血糖値などのデータ、健康診断の結果、食事内容などをIoT技術を用いてモニタリングし、医師や管理栄養士が適宜アドバイスを行うことで、疾病の悪化を防止するシステムが検討されています。家庭での血糖値測定の負担を軽減するため、針を使わない血糖値測定機器やデータを自動登録する機器も開発されています。
このような健康・食事管理は、人によって関心や取り組みの熱意が異なります。実際、ヘルスケア分野のIoT活用では、利用者の継続を促す仕組みの構築が課題の一つとなっています。疾病の重症化は医療費支出の増大につながり社会全体の問題ですので、健康への関心が高い高齢者だけでなく、関心が低い高齢者も継続的に健康・食事管理を促す仕組み提供が必要です。
将来的には、ソーシャルロボットとの会話内容から認知症を発見したり、負担の少ない検査機器やウエアラブルデバイスのデータから病気の兆候を発見するなど、早期に病気を検出する技術の登場も期待されます。

 

Ⅲ 人口減少社会におけるIoTの役割

14年の労働力人口6,587万人に対して、30年の労働力人口は5,800万人と、787万人減少すると予測されています。将来的に労働力需給ギャップが約1割に達するとの予測もあります。特に、飲食業、小売業、農林水産業、運輸業など、労働集約型の産業で働き手不足が顕著になると予測されています。
すでにこれらの業界では、賃金高騰や深夜営業の中止が発生しつつあります。働き手不足への対策が必要という意識が高まり、IoTを用いた業務効率化や省力化の取り組みが進められています。
例えば飲食業では、タッチパネルを用いたセルフレジが導入されているほか、接客スタッフがいない店舗も登場しています。また、じゃがいもの皮むきロボット、ご飯の盛り付けロボットなど、調理を補助するロボットの導入により、作業の省力化が進められています。
小売業でも、業務効率化や省力化に資するIoT活用が始まっています。人工知能(AI)やセンサーを活用してレジを廃止した店舗、レジでの精算と袋詰めをロボットが行う店舗が登場しています。また、店内を自律して巡回し、陳列棚の商品の補充状況を確認して、商品切れを知らせるロボットの開発が進んでいます。小売業におけるIoT活用としては、来店客の行動分析など販売促進を目的とした用途が重要ですが、今後はこれらの用途も拡大すると考えられます(<表2>参照)

表2 スーパーなど小売店舗におけるIoTの活用例

また、このような効率化・省力化へのIoT活用は、他に物流分野や農業分野でも広がっています。労働力減少は今後日本の長期的な課題になると予測されますので、IoT活用の重要度は高いと考えられます。

 

Ⅳ おわりに

本稿では、超高齢・人口減少社会におけるIoTの活用例として、「介護」「食・健康」「働き手不足への対応」の例を紹介しました。超高齢・人口減少社会という社会課題に、IoTという新しいテクノロジーが結びつき、変化が発生し始めています。現時点では実証レベルや過渡期の取り組みもありますが、今後洗練され、大きな流れになっていくと予想されます。

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2017年3月号
 

※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。