BEPS行動13(移転価格文書化)に基づく国別報告書の導入とその対応 後編

BEPS行動13(移転価格文書化)に基づく国別報告書の導入とその対応 後編


情報センサー2016年12月号 Tax update


EY税理士法人 移転価格部 西 康之

EY税理士法人 パートナー。1999年大阪国税局に入局後、2002年に大手税理士法人の移転価格グループに入所し、米国駐在を経て、2012年にEY税理士法人の移転価格部に入所。移転価格を中心とする国際税務戦略のアドバイザリー業務、移転価格調査立会い及び事前確認をはじめとする税務当局対応業務を中心に携わる。経済産業省の移転価格関連の調査プロジェクトにも関与。米国公認会計士。


Ⅰ 国別報告書の税務当局による活用

前号(本誌 2016年11月号)で、2016年度税制改正で新たに導入された移転価格文書のうち、多国籍企業グループの各国別の利益、納税額の配分等の各国での活動状況を税務当局に開示する「国別報告書」の概要と、その作成方法や税務情報管理ツールとしての活用可能性を紹介しました。今号では、同文書導入後の移転価格調査等への影響や、その事前準備について紹介します。
内資系企業を例にとると、国別報告書等に基づき、海外子会社所在国の税務当局は、日本の親会社や他の国の海外子会社の利益配分状況等を見ることができるようになります。そしてアクセスできる多くの情報を活用して移転価格課税を強化し、また、移転価格調査時に多様な分析手法を採用する状況などが予想されます。(<図1>参照)

図1 国別報告書制度化後の税務当局目線の多面化

Ⅱ 国別報告書に基づく税務リスクの見える化

国別報告書等に基づき、各国税務当局は、多国籍企業グループ内の移転価格課税リスクの有無を評価し、当該評価に基づいて移転価格調査を実施するものと見込まれます※1。このような状況に備えて、各国税務当局が、国別報告書等に基づきどのような見方や指摘をしてくるのか、また、そのような指摘等に対してどのように対応できるかを事前に検討しておく必要があります。また、17年3月期以降の国別報告書の提出に先立ち、例えば、<図2>のようなリスク評価を行い、異常値等を示す国等の確認や、これらへの対応策の検討を行っておくことが望まれます。

図2 リスク評価例1:各国の利益率及び関連取引の状況

<図2>は、国別報告書に基づき、各国における「税引前利益率」及び「関連収入割合」に関する指標を計算したものです。例えば、税務当局は、当該情報を基礎に、自国所在の子会社の利益率と同様の機能を果たす他の子会社所在国の利益率との乖離(かいり)状況等(他の子会社のほうが利益率が高い等)に関心を持つことが想定されます※2。このような乖離状況につき、その理由を税務当局に合理的に説明する準備を行うほか、乖離要因等によっては移転価格ポリシーの策定と、これに即した移転価格の見直しが必要になるものと考えられます。
<図3>は、国別報告書に基づき、各国における「一人当たり税引前利益」(縦軸)、「実効税率」(横軸)、及び「利益配分割合」(バブル)に関する指標を計算したものです。<図3>の情報を基礎に、例えば、一人当たり税引前利益が高く、かつ、実効税率が低い国に利益が多く計上されている場合、低税率国所在の事業運営等の経済実体がない子会社等に多くの利益を集め、連結実効税率を過度に低減しているのではないかと税務当局が疑問を持つことが想定されます。この点、経済協力開発機構(OECD)が公表したBEPS行動8-10「移転価格税制と価値創造の一致」によれば、例えば、無形資産の活用から生じる利益(例:ロイヤルティ等)を受ける者の検討に当たって、無形資産の法的所有関係のみならず、開発活動等の経済実体がより重視されています。そのため、前記状況が認められる場合、利益配分状況と事業運営等の実体との整合性の確認や移転価格ポリシーの見直しなどの検討が必要になるものと考えられます。
また、<図3>の検討は、このような税務リスクマネジメントのみならず、税務プランニングにも役立てることができます。例えば、各国の法定実効税率と比べて実際の税負担率が高い場合、その乖離要因の検討を行い、要因次第では税負担を低減する取り組みにつなげていくことができると考えられます。

図3 リスク評価例2:従業員一人当たりの利益及び実効税率の状況

Ⅲ 移転価格ポリシー等を通じたグループ内の利益配分の最適化

各国税務当局は、国別報告書に基づき多国籍企業グループの経済活動と各国での利益・納税状況を多面的に検討するなど、今後、移転価格課税の強化や複雑化等の状況が想定されます。企業としては、海外事業展開・活動の内容、その結果としての利益・税金の配分の税務当局への開示が前提になることを念頭に、まず、国別報告書を基礎にして、社内で「税務リスク」(税務オポチュニティ含む)の見える化を図る必要があります。次に、グループ各社の機能・リスク等に見合う利益配分を実現する移転価格ポリシーの策定・見直しなどの税務プランニング、同ポリシーの運用結果を分析するローカルファイルの作成などの税務コスト及び税務リスクの管理についても、取り組んでいく必要があると考えられます。
 

※1BEPS行動13最終報告書では、「国別報告書は、全体的な移転価格のリスク評価にとって有用となる」とし、同時に税務当局による使用方法等について「十分な機能分析と比較可能性分析に基づいた個々の取引及び価格の詳細な移転価格分析に代わるものとして使用されてはならない」ことを強調している。また、同様の趣旨の内容について、国税庁公表の移転価格事務運営要領2-1(国別報告事項の適切な使用)において記載されている。

※2国別報告書の表1(居住地国等における収入金額、納付税額等の配分及び事業活動の概要)では、子会社単位ではなく、国単位の税引前当期利益(損失)の開示が求められているため、子会社ごとの厳密な利益率比較はできない。しかし、同報告書表2(居住地国等における多国籍企業グループの構成会社等一覧)を参照することにより、子会社の事業内容等を把握することができる。そのため、税務当局は、自国の子会社と同様の機能を果たす他の子会社の所在国を把握し、当該国の利益状況等を参照することはできる。なお、移転価格税制では、同報告書の表1で開示する税引前利益(損失)レベルではなく、営業利益(損失)レベルや売上総利益レベルでの分析を行うことが一般的である。そのため、<図2>の利益率比較は、移転価格課税を目的とするものではなく、移転価格税制上の問題の有無についてのハイレベルな評価を目的とするものである。

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