EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY新日本有限責任監査法人
企業成長サポートセンター
クロスボーダー上場支援オフィス
シニアマネージャー 公認会計士 小山 智弘
一般的には、株式市場が堅調であればIPOも増加し、一方で株式市場が低迷するとIPOも鈍化する傾向があります。ただし、2023年度は、これには当てはまりませんでした。2023年度は好調な経済データを背景に、株式市場は活況であったにもかかわらず、IPOは、米国での9月の短期間を除いて、多くの先進国市場において低迷しました。
株式市場の2023年度の注目はメガテクロノジー株に集中しており、関係する指数が大きく上昇しましたが、その他の銘柄はその気運に乗ることはできませんでした。マクロ経済が不確実な環境において、実績のない新興企業は投資家からの信頼を獲得することが難しく、卓越した実績をもつ企業のみが注目を集めることになりました。
また、金融政策の引き締めがIPOに影響を及ぼす要因となり、株式市況全体にも影響が生じました。中央銀行による継続的な利上げによって資金調達コストが増加し、その結果、株式投資が抑制され、IPOを妨げることになりました。
一方で、世界中の地政学的な緊張が、投資家のムードを慎重なものに変えることにより、株式より安全な投資先が選ばれることがありました。
「2023」は、2023年暦年を指し、2023年1月1日から12月4日までの期間に完了したIPO及び2023年12月31日までに完了すると見込まれるIPO(2023年12月4日時点の予測)を対象としています。
「2022」、「2021」は、2022年と2021年の暦年を指し、それぞれの期間に完了したIPOを対象としています。
出典:EY analysis, Dealogic, S&P Capital IQ (Index data rebased to 100)
インドネシア、マレーシア及びトルコの上場件数及び資金調達額は増加しました。インドネシアにおけるIPOの増加は、豊富な鉱物資源(グリーンエネルギー生産を促すもの)の世界的な需要、急成長するユニコーン企業、及び国営企業の戦略的な民営化の恩恵を受けていることによります。
一方で、香港におけるIPOは、金利の上昇や、厳しい中米関係から、2023年度の資金調達額は20年ぶりの低水準となりました。
昨今では、クロスボーダーIPOを呼び込むための市場間での競争が激化しています。世界の証券取引所は、次世代の革新的企業が自らの証券取引所で上場するための取組みを強化し、規制の緩和、先進的な取引ツール及び幅広い投資家層を提供することでアピールしています。
ただし、クロスボーダーIPOを促進する動きは、上場後の企業業績への懸念により鈍っている面もあります。過去5年間にわたり、クロスボーダーIPOは設立国での上場に遅れを取り、上場後の利益率について海外IPOは国内IPOに比べて20%以上低くなっています。2023年度には、クロスボーダーIPOはIPO全体のおよそ7%と堅調でしたが、取引規模は最盛期である2021年度の半分となっています。特に、中国本土から米国への取引規模が、2021年度の水準に比べ93%減と、過去20年で最低となっています。
クロスボーダーIPOを進めることでビジネスを拡大することができる面はありますが、一方で取引が複雑化する面もあり、上場基準以外にも、現地における文化や慣習的要素が重要です。
消費者及び資本財セクターの拡大が、世界貿易の原動力となっています。これは、世界的なサプライチェーンが従来の市場を超えて、新たな地域に移りつつあることから起こっています。インド、インドネシア及び日本において、従来から多くの消費者及び製造業セクターのIPOを呼び込んでいる中国本土市場と並んで、数多くの企業が上場しています。
ARM Holdings、Instacart及びKlaviyo等の目を引くテクノロジー企業の上場や、AI(生成AI)のスタートアップ企業への多額のベンチャーキャピタル投資にもかかわらず、2023年度のテクノロジーセクターはIPO件数、評価額、上場後の業績において下落しました。
ヘルスケア・ライフサイエンスセクターでは、特に中国本土や米国において、IPOの件数や資金調達額が大幅に減少しました。
これらのセクターは、新型コロナウイルス感染症のパンデミック期の「金融緩和」政策を背景に評価を高めましたが、安価な資金調達が困難になるに従って、評価が見直されています。
原油価格が不安定な中、エネルギーセクターは取引件数、評価額とも急激に減少し、公募価格が当初申請レンジを下回るIPOの件数が増えています。
*消費者セクターには、「生活必需品」及び「消費財及びサービス」の双方が含まれています。
「2023」は2023年暦年を指し、2023年1月1日から12月4日までの期間に完了したIPO及び2023年12月31日までに完了すると見込まれるIPO(2023年12月4日時点の予測)を対象としています。「2022」は2022年暦年を指し、2022年1月1日から12月31日までの期間に完了したIPOを対象としています。
出典:EY analysis, Dealogic.
2023年度の南北アメリカのIPO件数は、2022年度と比較して15%増加しましたが、資金調達額は、複数の注目度の高い取引により、2022年度のほぼ3倍に達しました。2023年度に500百万米ドル以上を調達した取引は7件であったのに対し、2022年度は4件でした。
南北アメリカのIPOは全体では153件で、2023年に227億米ドルを調達し、そのうち86%以上が米国の証券取引所に上場しています。南北アメリカは世界のIPOの12%、2023年の世界のIPO資金調達額の18%を占めています(2022年はそれぞれ9%及び5%)。
米国の証券取引所の2023年度のIPOにおいて、小規模なIPOが昨年に引き続いて高水準となりました。2023年度は米国のIPOの70%近くの資金調達額が25万米ドル未満(2022年度とほぼ同水準)となり、この資金調達額は、過去10年間のおよそ10%に相当します。
特別買収目的会社(SPAC)は、2023年度も引き続き低迷しました。2022年度にSPACのIPOは86社で、134億米ドルを調達したのに対して、2023年度のSPACのIPOは29社で、37億米ドルを調達しました。現在、140社以上のSPACが合併の相手企業を探しており、2023年度に132社のSPACが合併を公表しました。
2023年度は、アジア太平洋のIPO市場にとって困難な状況であり、中国本土及び香港の2つの地域で引き続き件数及び調達額が下落しました。2023年度は、アジア太平洋では、732社が上場、694億米ドルを調達し、対前年比は、それぞれ18%及び44%の下落でした。
ASEANのIPO市場は、複雑な状況を示しています。取引件数は前年比でわずかに増加しましたが、これらの多くは、インドネシア、タイ、マレーシアにおけるものであり、合計157件のうち148件を占めています。インドネシア単独で、取引件数の50%と資金調達額の64%が占められ、続いて、タイが取引件数と調達額で、それぞれ24%及び19%、マレーシアが取引件数の20%を占めました。
インドネシアのIPO件数は、2023年度で史上最高に達しました。鉱物やテクノロジーのユニコーンが生まれ、これらが成長のために資本市場を利用するにつれて、IPOの気運は活況を呈しています。
一方で、シンガポールでは、インフレや金利の上昇によりIPOが減少し、IPO予備軍である企業は低い評価額と上場後の業績の低迷に阻まれています。
中国本土は依然としてIPOによる資金調達の重要な資金源であり、2023年度の世界の資金調達額のうち41%以上が調達されています。ただし、国内IPOの原動力は、資本市場の変動、パンデミック後の回復の遅れ、不動産の債務不履行による影響、継続的な地政学的緊張等の逆風により、やや失速しています。
2023年度には、300社以上の企業がA株市場に上場し、504億米ドル以上を調達しました。このIPOの状況は、過去2年間の実績に照らすと縮小しています。平均資金調達額も前年比20%、およそ167百万米ドル程度に減少すると予想されています。
2024年は、経済的圧力や継続的な保護貿易主義等が、外部からの逆風として根強く残る可能性があります。政府は投資家の信頼の回復に取り組んでおり、政策の立案者は、中長期的な資金源を誘致することで資本市場の発展を促しています。
香港の株式市場は、限られた流動性、長く続く高金利による市場の悲観的な見方や、冷ややかな米中関係を含む地政学的緊張に直面しています。
香港では2023年に、63件のIPOで資金調達額56億米ドルが調達されましたが、前年比ではそれぞれ16%及び56%の減少となりました。大規模なIPOが明らかに不足しており、2022年度と比較できるような大型の取引はありませんでした。
香港は2024年に、中国の経済改善、並びに市場の流動性を改善するための複数の規制変更(例えば、印紙税コストの引き下げ)が行われ、中国本土企業による新規上場等による恩恵を受けることになると考えられます。今後のグロース・エンタープライズ・マーケット・ボード(GEM)の改革は、現地、中国本土及び海外の小規模ではあるものの高成長企業に香港上場の実行可能な機会を提供することが期待されています。
EMEIA(ヨーロッパ、中東、アフリカ)のIPO市場は回復への道を歩んでおり、MENA(中東・北アメリカ)からの大規模な取引、米国へのいくつかの注目度の高いクロスボーダーIPOを背景にIPO件数が7%増加しました。世界最大規模の取引10件のうち5件はEMEIAのものでしたが、前年と比較すると大規模IPOに比べ小規模IPOが増加しました。それでもなお、世界のIPOの32%を占めるEMEIAはシェアを伸ばし、アジア太平洋に次いで第2位の市場です。
ただし、戦争や加熱する地政学的緊張の中、世界経済の先行きに不確実性が根強く残されています。インフレターゲットが2%に大幅に低下したことから、利上げサイクルの収束が期待されていますが、足元では、欧米の金利上昇、中国の成長鈍化、不透明な米国の経済見通しといった状況が残されています。