2022年7月29日
DXも活用した戦略実行で業績を回復する時代

DXも活用した戦略実行で業績を回復する時代

執筆者 EY ストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社

複合的サービスを提供するプロフェッショナル・サービス・ファーム

EY Strategy and Consulting Co., Ltd.

2022年7月29日

大量情報時代においては、戦略の優位性だけでは自社ビジネスの差別化が難しくなっています。差別化を図るためにどのようなリソースを活用すればよいのか、DXを進めるに当たり企業が重視すべきことについて解説します。

本稿の執筆者

EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株)

EYパルテノン TRS バリュークリエーション 伊藤 久博

米国にて経営コンサルティング会社を独立経営。国内大手銀行副社長、Big4米国監査法人、米国投資銀行、M&Aファームでマネジメントを歴任。EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株)では、戦略実行オペレーションを通じて子会社を含めた国内外事業の業績改善を支援している。同社 パートナー。

要点
  • 戦略のコモディティ化を回避する戦略実行の差別化が鍵となる。
  • 自社資産✕ビジネスロジックで有効なコアコンピテンシーを形成する。
  • スピード、共有、無形資産化に向けデジタル活用に焦点を当てる。

Ⅰ はじめに ~経営三要素のバランス~

企業における成長と業績向上には、経営ビジョン、経営戦略、オペレーションの経営三要素がバランスよく機能している必要があります。現在では、多くの企業が追求している企業理念、あるいはSDGsといった社会的価値に合致した経営ビジョンやミッションが最重要な要素として明示されています。それらを戦略が支えており、企業においては、経営企画、戦略企画部門を中心に将来の企業が進むべき中期事業計画、企業の方針に関する戦略を、経営陣の下で実務的に立案することで、その重要な役割を担っています。

図1 経営の三要素

Ⅱ 市場の変化による価値創造の困難

最適解として設定された企業戦略が、国際市場での企業競争において目標通りに達成できず、企業が市場から撤退する事例もあり、大きな課題です。特に市場が大きく、成長が望める市場に対しては、多くの企業が参入することで、供給過剰、マージン低下、他社による類似商品やサービスの投入によって差別化が図れず、企業価値向上(Value Creation)が難しく、期待通りに成長できず苦しむ企業もあります。

買収のターゲット会社や業績が苦しい子会社の企業診断をする場合には、過剰在庫やSCM(サプライチェーンマネジメント)コストが高いといったミクロの課題ではなく、次のような2つのマクロの観点からビジネスの課題を把握し、まず企業回復や成長に向けた道筋を見つけることが重要です。

  • 戦略のコモディティー化
  • 戦略実行による差別化

昨今の大量情報時代においては、同業他社にも同様の情報があふれており、すでに「戦略のコモディティー化」の問題が多く発生しています。戦略ターゲットとしたセグメントに世界中から過剰投資が集まり、戦略の優位性だけでは市場で勝てないのは容易に想像できます。

過熱したセグメントでは、多くの企業が激しく市場参入を目指すため、新興新規市場では規模拡大の流れに乗るチャンスがあるものの、既存の成熟市場では過当競争が起き、退場のリスクが高くなります。理想的なM&Aターゲット企業の価格であるEBITDAマルチプルは、参入だけで見る場合には平常時よりも高くなりがちで、戦略立案側としては、当初の戦略だけでは自社ビジネスの差別化が難くなっているのです。

Ⅲ 自社の差別化

重要となるのは、次の4つの視点から自社が主体的に支配できるリソースを活用で自社の差別化を図ることです。

① 経営資源(人、モノ、資金、特許技術、顧客取引先関係等)

② ケイパビリティ(IT、SCM、マーケティング、ロジ、R&D、生産拠点等)

③ 組織・リーダーシップ(マネジメント、社風等)

④ コアコンピテンシー(希少性、独自性、代替不能なこと)

世界中の競争相手に対して、このような自社支配が及ぶ範囲のリソースの組み合わせで大きな差別化要因を作り出すためには、このリソースから組み合わせて競争相手に勝るビジネスロジックを構築し、セグメントの特定も同時に調整して、自社の差別化を図れる新たなオペレーション戦略を生み出す必要があります。

経営の三要素の底辺にあるオペレーションは、新しいオペレーション理論を業務実行する現場であり、SCMや、コーポレート業務という企業活動の現場です。

この前提を理解すると、戦略実行において、どの自社リソースを合わせ、どのようなタイミングで、どのような方法で、誰がどのように使うのか(5W1H)を組み合わせた幾つものビジネスロジックを事前に構築し、そのロジックで差別化した新たなコアコンピテンシーで戦略実行すること、つまりオペレーション戦略構築の重要性が理解できるはずです。こうした差別化されたコンピテンシーをもって行う戦略実行が企業戦略の成功、企業の回復、企業の期待する業績効果をもたらす根源なのです。

今日まで成功してきた日本企業の戦略は、欧米における自動車や電子精密機械産業のセグメント市場を中心に、特に自社の唯一無二の技術(有形・無形)というリソースであるコアコンピテンシーを持ち、あるいは高い品質と技術というケイパビリティの両方と、価格で、ストレートに「戦略実行による差別化」を図ってきました。

しかし、現在のリバースエンジニアリングの技術の発達で高い品質と高い技術が当たり前になってくると、経営資源である唯一無二の技術による差別化の効果が小さくなってきています。今のデジタル化の波は「コネクティビティ」や「スピード(アジリティー)」をより重要な価値観としています。自動運転の技術開発には、世界的な企業とコンソーシアムを作るオープンなデータレベルでの技術的な共有を可能にするコネクティビティ、他社や顧客と個人レベルでSNSを通じた新しいコネクティビティや、コンビニエンスストアやEC物流に見られるスピードという利便性が新たな価値観として重要視されています。

図2 顧客の価値の変化

さらに、GAFAM※1企業に見られる売上増加に対してコストが増加しない無形資産化の有効性も新たな価値観として進化しています。自社の経営資源、組織力、ケイパビリティを含むコアコンピテンシーという自社リソースベースで独自のビジネスロジックを構築するだけでなく、ブランドをコアにした企業では、GAFAM経営に見られる無形資産型企業が増加しています。

図3 無形資産型と有形資型の二極化

これまでのコンピテンシーやケイパビリティを駆使した戦略実行は次々と常識となり、それだけでは今後は差別化できません。ハンズオンで自社の経営資源、組織力、ケイパビリティを含むコアコンピテンシーというリソースを駆使した全く新たなビジネスロジック構築による差別化を常に取り組まない限り、市場から退場する可能性が高くなるでしょう。

Ⅳ 企業回復への戦略構築

企業を回復させ成長させる「戦略実行による差別化」を自社のリソースから構築する最初のステップとして、自社が差別化できて市場価値がありそうなノウハウや技術を特定することです。それに「スピード」と「コネクティビティ」の要素を加えて、無形資産型(サブスクリプションやアウトソース)か有形資産型(CMO※2受託生産)に2極化される今後の市場で、それぞれの企業にあった2極のうちどちらかの立場で自社リソースを使って差別化ロジックを構築する必要があります。

Ⅴ デジタルツールによる戦略実行の鍵

この戦略実行の差別化を図るオペレーション戦略構築の重要度を理解すると、現在のデジタルテクノロジーの波に対して、同じように自社の経営資源のテクノロジーリソースとして取り込んで、独自に差別化できるオペレーション戦略を作らければならないというビジョンが明確になります。海外では、デジタルという観点からはすでにデータベース、ERP活用は25年前、日本企業が近年買収した先端SCMシステムも20年前から広く使われていました。従って、DXケイパビリティを導入したこと自体が「戦略実行による差別化」要因にはなりません。それより、デジタルツールを自社の経営資源の中のテクノロジーリソースとして戦略実行の差別化に活用できれば、企業の回復につながるでしょう。

ここ5年ほどはエンジニアリングチェーンにおける開発設計のスピード短縮化、コスト削減と品質向上に焦点を当て、デジタルツイン技術を使い、完全仮想化によって設計開発段階から差別化を図ることを推奨しています。その段階には、開発テスト、つまり実験シミュレーションによる設計承認も含まれています。その後の製造工程でのプラントデジタルツインとして、製造ライン設計や製造労働者のアバターを使って、効率や安全性を見ながら人員配置やロボットや人の動きをシンクロし、最低コストにて設計し、機械を直接SCADA※3でIoTを通じてリアルタイムで分析し、製品生産コストや生産機械状況をマクロで24時間管理することもできます。これは今後期待されるスマートファクトリー化の発展における必須条件です。また、PMS(ポスト製造販売)へのデジタルツインがカバーする範囲として、販売後における製品使用状況をモニターして、顧客が利用している自社製品のリペア修理のタイミングや利用データを蓄積し、さらに改善設計やカスタマーサービスに活用し課金するビジネスや、製品をサブスクリプションとして製品販売をすることも可能になっています。

これらは、全てデジタルツインの仮想化テクノロジーのビジネス利用の特徴ですが、デジタルツールは、あくまで道具に過ぎず、それを上手く活用するためには、自社経営資源リソースを吟味して、差別化が図れるビジネスロジックを構築し、コアコンピテンシーとして戦略実行を立案していることが前提です。

欧米やアジアの一部のトップ企業では、すでにここにコアコンピテンシーを置き始めています。日本企業ではまだ、ERP導入や、デジタルツールによるデータ分析にとどまっているため、こうしたデジタルツールを活用し、自社リソースとして差別化できる戦略実行に急ぎ結びつけるべきでしょう。

Ⅵ おわりに ~ DXを進めるに当たり企業が重視するべきこと~

デジタルの活用も急務ではありますが、まずはデジタルツール無しで業績回復を目指し、企業の買収時においては、対象企業のオペレーションの特性や置かれている外部内部環境を吟味して、「戦略実行による差別化」のシーズ(種)をリソースから特定し構築することに時間を掛けて特定する訓練が先決です。その上で、「スピード」や「コネクティビティ」の価値創造へ応用出来れば、ITテクノロジー活用でさらに解決の幅が広がり、差別化が高いビジネスロジックの構築がより高度になります。やがてデジタル先行のソリューションより、戦略実行に強いオペレーション戦略を導くことができます。結果として、企業の回復や、企業買収の局面でも成果を生み出せる力が身につけることが可能になるでしょう。

※1 米国の大手IT企業であるGoogle、Amazon、Facebook、 Apple、 Microsoftの5社

※2 Contract Manufacturing Organization(製造受託機関企業)

※3 Supervisory Control And Data Acquisition(産業機器監視制御システム)

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サマリー

大量情報時代においては、戦略の優位性だけでは自社ビジネスの差別化が難しくなっています。差別化を図るためにどのようなリソースを活用すればよいのか、DXを進めるに当たり企業が重視すべきことについて解説します。

情報センサー2022年8月・9月合併号

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2022年8月・9月合併号

※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。

 

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