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コーポレートガバナンス・コードと監査役(前編)

2022年1月5日 PDF
カテゴリー 特別寄稿

情報センサー2022年新年号 特別寄稿

獨協大学 法学部教授 高橋 均

一橋大学博士(経営法)。新日本製鐵(株)(現、日本製鉄(株))監査役事務局部長、(社)日本監査役協会常務理事、獨協大学法科大学院教授を経て、現職。専門は、商法・会社法、金商法、企業法務。法的諸課題に対して、法理論と実務面の双方に精通している。近著として『グループ会社リスク管理の法務(第3版)』中央経済社(2018年)、『実務の視点から考える会社法(第2版)』中央経済社(2020年)、『監査役監査の実務と対応(第7版)』同文舘出版(2021年)。

Ⅰ はじめに

コーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)は、令和3年6月11日に、二度目の改訂が公表されました。CGコードは、副題に「会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために」と記されているように、本コードを適切に実践することにより、それぞれの会社が持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のための自律的な対応を通じて、会社・投資家・ひいては経済全体の発展にも寄与することを狙いとして、金融庁と東京証券取引所が共同事務局となって施行されました。CGコードは、ソフト・ローに位置付けられ、法的拘束力はありませんが、最初の公表以降6年超を経過し、企業実務にすっかり定着した感があります。

CGコードは上場会社を対象にしており、「プリンシプルベース・アプローチ(原則主義)」と「コンプライ・オア・エクスプレイン(comply or explain-原則を実施するか、実施しなければその理由を説明)」の手法を採用しているのが特徴です※1。CGコードは、現在5の基本原則、31の原則、47の補充原則の合計83の原則(当初は73の原則が規定)から構成されています。この中で、JASDAQ及びマザーズの上場会社は、基本原則のみ対応すれば良いのに対して※2、市場一部と二部の会社は、全ての原則に対応しなければなりません※3

そこで、本稿ではCGコードが再改訂されたことを機会に、監査役として特に留意すべき原則を選んで、その記載を確認しながら、実務の観点からその着眼点や対応について解説いたします。

Ⅱ CGコードへの対応の考え方

監査役は、CGコードの原則の各項目を直接の監査の対象としているわけではありません。しかし、CGコードで規定された内容について、会社はその実施状況や実施できない場合の理由付けを金商法に基づくコーポレートガバナンス報告書を通じて、定時株主総会開催日の前後に広く開示することから、その開示内容の適切性の評価のみならず、期中監査の段階から、執行部門の対応状況に留意しておくことが大切となります。

監査役の着眼点としては、執行部門の対応状況の箇所と監査役としての監査の実効性に関係する箇所を分けて考えると理解しやすいと思います(以下、各原則において下線を付した箇所が今回の改訂で追記または修正された箇所)。

Ⅲ CGコードに対する監査役の着眼点と対応

1. 株主の権利・平等性の確保

(1) 株主の利益を害する可能性のある資本政策

M&Aや新たな設備投資等、会社運営において多額の資金の調達を必要とする局面があります。その際に、募集株式の発行(新株発行)による第三者割当増資や公募増資を行った場合には、既存株主の一株当たりの経済価値が低下するばかりでなく、持株比率の希釈化を伴います。したがって、経営者の経営権・支配権の維持のために募集株式の発行を行うことになっていないか否か、取締役会としてその必要性や合理性について十分に審議した上で承認・決議すべきですし、監査役としては手続きの適法性も含めて執行部門の対応を監査することになります※4

【原則1-6. 株主の利益を害する可能性のある資本政策】

支配権の変動や大規模な希釈化をもたらす資本政策(増資、MBO等を含む)については、既存株主を不当に害することのないよう、取締役会・監査役は、株主に対する受託者責任を全うする観点から、その必要性・合理性をしっかりと検討し、適正な手続を確保するとともに、株主に十分な説明を行うべきである。

(2) 関連当事者間の取引

関連当事者間の取引とは、ある当事者が別の当事者を支配していること、または別の当事者の業務上の意思決定に重要な影響力を有している当事者間で行われる取引のことです。典型的な関連当事者間の取引には、親子会社間の取引や会社を実質支配している近親者との取引があります。

関連当事者間の取引においては、影響力を保持している会社や個人による利益誘導の可能性が否定できないことから、監査役としては、関連当事者間の取引によって、自社に不利益が及ぼされていないか、取締役の善管注意義務の観点からも監査を行う必要があります。また、関連当事者間の取引が存在する場合には、計算書類の一つである個別注記表の記載が必要となります(会社計算規則98条1項15号)ので、この観点からも監査しなければなりません。

【原則1-7. 関連当事者間の取引】

上場会社がその役員や主要株主等との取引(関連当事者間の取引)を行う場合には、そうした取引が会社や株主共同の利益を害することのないよう、また、そうした懸念を惹起することのないよう、取締役会は、あらかじめ、取引の重要性やその性質に応じた適切な手続を定めてその枠組みを開示するとともに、その手続を踏まえた監視(取引の承認を含む)を行うべきである。

2. 株主以外のステークホルダーとの適切な協働

(1) 社会・環境問題への対応

地球の温暖化対策等の地球環境問題をはじめ、社会全体として取り組むべき課題が、近時大きなテーマとなっていることに対して、企業の社会的責任の観点からも各企業が積極的に対応すべきであるとしており、今回のCGコード改訂の柱の一つとなっています。

「サステナビリティ」は、一般的には「持続可能性」と訳されます。要するに、企業が持続的に成長していくためには、地球環境問題等への取り組みが不可欠であり、収益第一主義によりこれらへの対応を疎かにすると、リスクにもなるということです。一方で、適切な対応を行えば、投資家をはじめ、幅広くステークホルダーから共感を得られ、収益機会にもつながると考えられます。

社会・環境問題への具体的な対応は、各社の業種・業態・規模等により異なるはずですが、中長期的な視点からのビジョンを示した上で施策として織り込まれているか、監査役としても注視すべき項目です。社会・環境問題への取締役の具体的な取り組み状況は、その妥当性の問題となりますので、監査役は適法性監査に限るとの視点を持つこと無く※5、積極的に議論に加わることが大切です。

【原則2-3. 社会・環境問題をはじめとするサステナビリティを巡る課題】
上場会社は、社会・環境問題をはじめとするサステナビリティを巡る課題について、適切な対応を行うべきである。

補充原則

2-3① 取締役会は、気候変動などの地球環境問題への配慮、人権の尊重、従業員の健康・労働問題への配慮や公正・適切な処遇、取引先との公正・適正な取引、自然災害等への危機管理など、サステナビリティを巡る課題への対応は、リスクの減少のみならず収益機会にもつながる重要な経営課題であると認識し、中長期的な企業価値の向上の観点から、これらの課題に積極的・能動的に取り組むよう検討を深めるべきである。

(2) 内部通報制度と監査役

社内の違法行為や不適切な行為について、正規の情報伝達ルートは通常、部下から上司への報告であるべきところ、部下と上司間のコミュニケーション不足等から報告が適切に行われなかったり、上司が報告を受けても何ら対応を行わない場合が十分あり得ます。このような事態が生じても、内部通報制度が適切に活用されれば、遅滞なく経営層に伝達されることになり、重大な違法行為等を未然に防止したり、その拡大を防ぐことが可能となります※6。CGコードの原則の文面からは、内部通報制度の十分な活用と適切な運用、かつ通報された内容の事実関係の有無の確認に至る体制整備について、取締役会が監督すること(会社法362条2項2号)を要請しています。内部通報制度は、内部統制システムの構築・運用としても重要な手段ですので、内部通報制度を管掌するコーポレート部門の一部の取締役にその責務を全て負わせるのではなく、取締役会全体として適切な整備が行われているか監視・監督する必要があります。

補充原則2-5①では、内部通報制度が適切に運用されるために、通報窓口の独立性と情報提供者(通報者)が不利益を被らないような仕組みを求めています。通報窓口としては、社内のコーポレート部門・外部の弁護士事務所・監査役※7がある中で、現状は通報者に通報先を選択させているケースが多くなっており、補充原則が例示として掲げている社外取締役と監査役による合議体を窓口とする体制の会社は少ないと思われます。もっとも、内部通報制度では、不祥事等が執行部門で遅滞・隠いん蔽ぺいされることを防止するために、内部通報件数や通報内容が監査役や社外取締役に対しても速やかに伝達されることが大切です。

監査役としては、内部通報制度が単に存在するだけでなく、通報件数が極端に少ないことになっていないか、通報内容も誹謗中傷的な内容に終始していないかなどを含め、内部通報制度の運用の適切性についても常に意識して、コーポレートガバナンス報告書のとりまとめのための公表準備段階までに積極的に意見を述べることが大切です。

【原則2-5. 内部通報】

上場会社は、その従業員等が、不利益を被る危険を懸念することなく、違法または不適切な行為・情報開示に関する情報や真摯な疑念を伝えることができるよう、また、伝えられた情報や疑念が客観的に検証され適切に活用されるよう、内部通報に係る適切な体制整備を行うべきである。取締役会は、こうした体制整備を実現する責務を負うとともに、その運用状況を監督すべきである。

補充原則

2-5① 上場会社は、内部通報に係る体制整備の一環として、経営陣から独立した窓口の設置(例えば、社外取締役と監査役による合議体を窓口とする等)を行うべきであり、また、情報提供者の秘匿と不利益取扱いの禁止に関する規律を整備すべきである。

3. 適切な情報開示と透明性の確保

(1) 情報開示の充実

ステークホルダーからの開示要請は、近年ますます高まっています。ステークホルダーにとって、利害関係がある会社の状況を適時・適切に知り得る状況にあることは、その会社への評価とともに、その後の行動にも影響を及ぼすことになるからです。

二回目の改訂となった今回のCGコードでは、人的資本や知的財産への投資という短期的な収益には直結しない投資にもスポットを当てて、会社の中長期的な視点に立脚した持続的な発展の重要性を示しています。特に、プライム市場上場会社においては、地球の温暖化等を要因とする気候変動に伴うリスクを認識して、データ収集を含めた対応を積極的に推進し、その状況を開示するべきであるとしています。

監査役としては、前述した社会・環境問題をはじめとするサステナビリティを巡る課題(原則2-3)に対して、取締役会として基本方針を定め、その実行に向けた具体的な中長期計画を定めることを確認した上で、その情報を自社のウェブサイトや統合報告書等で分かりやすく開示しているか否かについて、必要に応じて意見を述べるべきです。社会・環境問題は、いわゆる「攻めのガバナンス」の観点からも重要であり、コーポレートガバナンスの一翼を担う監査役としては、このテーマについても妥当性の問題であるとして意見具申を躊躇する必要はないと考えます。

【原則3-1. 情報開示の充実】

上場会社は、法令に基づく開示を適切に行うことに加え、会社の意思決定の透明性・公正性を確保し、実効的なコーポレートガバナンスを実現するとの観点から、次の事項について開示し、主体的な情報発信を行うべきである。(以下、略)

補充原則

3-1③ 上場会社は、経営戦略の開示に当たって、自社のサステナビリティについての取組みを適切に開示すべきである。また、人的資本や知的財産への投資等についても、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべきである。

特に、プライム市場上場会社は、気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響について、必要なデータの収集と分析を行い、国際的に確立された開示の枠組みであるTCFD※8またはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべきである。

(2) 外部会計監査人※9

会計の職業的専門家である会計監査人は、会社の計算書類およびその附属明細書、臨時計算書類ならびに連結計算書類を監査する権限があり、事業年度の会計監査の結果として会計監査報告書の作成義務があります(会社法396条1項)。監査役の監査には、会計監査人監査の相当性の判断も含まれていますから、監査役にとって会計監査役人の連携は必須といえます。加えて、21年3月期から上場会社に全面適用となった「監査上の主要な検討事項」(KAM:Key Audit Matters)の記載においては、(会計)監査人と監査役との協議が必要とされています※10(企業会計審議会、改訂監査基準 第四報告基準二2(2))。

会社法上は、監査役が会計監査人の選解任議案・不再任議案の内容に関する決定権があること(会社法340条3項・4項)に限らず、会計監査人の監査の方法と結果の相当性を判断し監査役(会)監査報告に反映しなければならないこと(会社計算規則127条2号・128条2項2号)から、補充原則3-2①は、会計監査人への独立性・専門性も含めた適切な評価について記載しています。具体的な監査役の実務としては、会計監査人の過年度の監査の内容及びその結果、世間で話題となった会計不祥事事例を意識した重点監査の実施状況、法令や会計基準の変更の反映状況、現場の実地監査を含めた会計監査の実施の適切性、監査役との意思疎通状況等を反映した評価表を作成し確認することが考えられます※11

他方で、補充原則3-2②では、会計監査人の監査環境の整備についての対応を記載しています。具体的な整備は、取締役以下執行部門が計画し、取締役会として確認・決定し実践することになります。会計監査人が会計監査を行う際に直接窓口として対応するのは、財務・経理部門となります。この際、会計監査人と財務・経理部門の窓口担当との事務処理的な対応に留まらず、経営陣との対話・意見交換の実施、内部監査部門も含めた三様監査連絡会等の実施に向けて、監査役として主体的にかかわることが大切です。特に、最高財務責任者(CFO)以外の取締役と会計監査人との対話・意見交換については、監査役が積極的にその仲介の労をとる意義があると考えます。その上で、常勤監査役は取締役と会計監査人との意見交換会に同席するか、少なくともその場で交わされた意見交換の報告を会計監査人から受けることが望ましいと思います。

また、補充原則3-2②の(ⅲ)では、会計監査人が直接、監査役会に出席することも明示的に示されています。監査役会設置会社では、半数以上の社外監査役を就任させなければならない(会社法335条3項)ですが、社外監査役の中に公認会計士の資格取得者等の財務・会計の知見者がいれば、監査役会において、より充実した意見交換が期待できます。

【原則3-2. 外部会計監査人】

外部会計監査人及び上場会社は、外部会計監査人が株主・投資家に対して責務を負っていることを認識し、適正な監査の確保に向けて適切な対応を行うべきである。

補充原則

3-2① 監査役会は、少なくとも下記の対応を行うべきである。

(ⅰ)外部会計監査人候補を適切に選定し外部会計監査人を適切に評価するための基準の策定

(ⅱ)外部会計監査人に求められる独立性と専門性を有しているか否かについての確認

3-2② 取締役会及び監査役会は、少なくとも下記の対応を行うべきである。

(ⅰ)高品質な監査を可能とする十分な監査時間の確保

(ⅱ)外部会計監査人からCEO・CFO等の経営陣幹部へのアクセス(面談等)の確保

(ⅲ)外部会計監査人と監査役(監査役会への出席を含む)、内部監査部門や社外取締役との十分な連携の確保

(ⅳ)外部会計監査人が不正を発見し適切な対応を求めた場合や、不備・問題点を指摘した場合の会社側の対応体制の確立

Ⅴ おわりに

本稿では、前編として、CGコードの中で、株主の権利・平等性の確保、株主以外のステークホルダーとの適切な協働、適正な情報開示と透明性の確保の項目の中で、監査役(会)として特に意識すべき点を取り上げ、着眼点や留意点を解説いたしました。後編では、取締役会や監査役自身の責務、株主との対話の項目について解説いたします。

※1 コンプライ・オア・エクスプレインの手法は、英国で利用されていた手法であったが、わが国では、平成26年改正会社法の審議過程で、社外取締役の選任に関して、就任させるか、さもなければ置くことが相当でない理由を事業報告および株主総会参考書類の内容とした開示が規定されたことが一つの契機となりその手法が拡大した。

※2 令和2年11月1日以降に新規上場申請を行い、承認を受けたJASDAQスタンダードの上場会社は、全ての原則に対応しなければならないこととなっている(有価証券上場規程436条の3)。

※3 令和4年4月4日に予定されている市場区分の再編後は、プライム市場とスタンダード市場の上場会社は全原則(但し、一部の原則についてプライム市場の上場会社のみが適用となる)、グロース市場は、基本原則のみが適用となる見込みである(東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コードの改訂に伴う実務対応」(21年5月6日公表)3ページ)。

※4 経営者の経営権・支配権の維持を目的とした募集株式の発行によって、株主が不利益を受けるおそれがあるときは、株主から募集株式発行の差止請求の訴訟提起(会社法210条2号)を受ける可能性がある。

※5 監査役の適法性監査と妥当性監査の問題の経緯や論点については、高橋 均「監査役の適法性監査と妥当性監査」本誌Vol.131(18年4月号)10~13ページ参照。

※6 内部通報制度については、例えば、中央総合法律事務所編『内部通報制度の理論と実務』(商事法務、21年)が参考になる。

※7 監査役が直接通報窓口の一つとなっている会社数は、日本監査役協会の20年度のアンケート結果では、36.6%(1,237社)であり、過半数に達していないようである。日本監査役協会「役員等の構成の変化などに関する第21回インターネット・アンケート集計結果」月刊監査役No.722別冊付録(21年5月17日公表)81ページ

※8 TCFDとは、Task Force on Climate-related Financial Disclosures(「気候関連財務情報開示タスクフォース」)の略称である。

※9 会計監査人は会社内部者では就任できないことから、「外部」の文言がなくても意味に変わりにはない。

※10 監査役と会計監査人との連携実務については、高橋 均『監査役と会計監査人との連携の在り方と実務~KAMの記載も見据えて~』本誌Vol.147(19年10月号)2~6ページ参照。

※11 日本監査役協会が例示している評価項目を参考にして、自社にふさわしい基準を取捨選択して活用する方法もある。(公社)日本監査役協会会計委員会『会計監査人の評価及び選定基準策定に関する監査役等の実務指針」(17年10月13日改正版公表)。

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