建設業のKAM事例分析

建設業のKAM事例分析

2021年11月1日 PDF
カテゴリー 業種別シリーズ

情報センサー2021年11月号 業種別シリーズ

EY新日本有限責任監査法人 建設セクター 公認会計士 海上大介

主に建設業、不動産等の上場、非上場会社の会計監査に従事するほか、当法人の建設業セクターナレッジのサブリーダーとして、各種ワーキンググループでの活動や執筆、リクルートを通じた外部への情報発信活動を行っている。

Ⅰ はじめに

2021年3月決算の監査から「監査上の主要な検討事項」(KAM:Key Audit Matters)の原則適用が始まっています。KAMに関しては、監査人が経営者および監査役等との協議を経た上で候補を選定し、記載しますが、KAM導入の主たる目的である「財務諸表利用者への監査プロセスに関する情報提供の充実」を図るべく、継続したKAMの記載内容の充実化が求められています。

KAMの記載内容のよりいっそうの充実化に向けて、本稿では、建設業各社における適用初年度のKAM事例分析を通して、業界に特徴的な記載傾向を紹介します。なお、21年4月1日以降開始する連結会計年度および事業年度の期首より「収益認識に関する会計基準」および同適用指針が適用されていますが、本稿の分析対象事例が21年3月決算会社のKAMであることから、「工事契約に関する会計基準」および同適用指針の適用を前提としています。

Ⅱ 21年3月期KAMの事例分析

21年3月31日決算の上場企業のうち、21年6月30日までに有価証券報告書を提出した建設業に属する会社120社のKAMを調査しました。

KAMの記載内容である、「監査上の主要な検討事項の内容(項目)」、「監査人がKAMであると決定した理由」および「監査における監査人の対応」のそれぞれについての業界の傾向について解説します。

1. 監査上の主要な検討事項の内容(項目)

まず、建設業全体の傾向として、一般的に見積りの不確実性が高いとされる工事進行基準に関する項目をKAMとして記載しているケースが多く見られました。調査対象会社(連結ベース)の項目内容は、以下の分布となっています。

表

なお、連結ベースでは工事進行基準に関する項目をKAMとして記載していないものの、単体ベースでは記載している事例が10社あり、工事進行基準をKAMとして選定した事例は計106社となっています。

工事進行基準の適用に当たっては、工事収益総額、工事原価総額および工事進捗(ちょく)度の3要素について信頼性をもって見積もることが必要であり(工事契約に関する会計基準9項)、工事進行基準をKAMとして選定した106社の分布は下表のとおり、工事原価総額の見積りのみを選定している事例が多く見られました。なお、工事収益総額の見積りのみを選定している事例はありませんでした。また、工事進捗度の見積りを選定した14社のうち、工事原価総額の見積りを選定していない事例は4社ありました。

表

2. 監査人がKAMであると決定した理由

工事進行基準をKAMとして選定した会社の多くは、見積りの不確実性が高いことを理由として記載していますが、その他の理由を記載している事例もあります。具体的には、下表の分布となっています。

表

なお、会計監査人が工事進行基準の見積りをKAMとして選定した理由において、特定の個別工事を記載している事例はありませんでした。他方、例えば以下のように、過去の施工経験等に基づき、選定理由となった工事について言及している事例は、数社見られました。

  • 海外案件のうち、特に過去の施工実績の乏しい国の案件では、現地の協力会社と取引実績が乏しく、かつ、当該工事内容についての協力会社の施工経験が多くない場合がある
  • ジョイント・ベンチャーのサブ企業としての契約も増加している。サブ企業の場合、工事で主導的立場を有するスポンサー企業契約や単独契約に比べ、請負金額の変更及び工事原価総額の変更等に関する情報が適時、適切に収集するのが難しい傾向がある

3. 監査における監査人の対応

本稿では、工事進行基準の工事原価総額の見積りをKAMとしている事例(102社)の監査人の対応について記載します。

まず、全ての事例に、内部統制の評価手続についての記載が見られました。なお、このうち、ITに関する内部統制評価について言及している事例は10社ありました。

次に、内部統制の評価手続以外の手続記載に関し、主たる手続の記載分布状況は下表のとおりとなっており、多くの事例が「会社担当者への質問」を記載していることがわかります。

表

なお、例えば「予算項目についての証憑突合」の具体的な検証方法については、多くの事例が下記のような記載をしていました。

  • 工事原価総額の見積りの正確性を検証するため、着手している工事については協力会社との契約書または注文請書との突合を実施した。
  • 実行予算の原価明細を閲覧し、作業内容ごとの見積原価について、発注書などその根拠となる積算資料との照合を実施した。

また、「現場視察」を記載している事例もありましたが、工事進行基準適用工事全てについて実施することは事実上難しいため、視察対象工事を絞って実施している旨を記載している事例が多く見られます。

なお、上表の他、下記のようにデータ分析や専門家を利用するなどの対応を記載している事例もありました。

  • 工事進行基準が適用された工事契約を工種に基づいて分類した上で、データ分析の専門知識を有する者を関与させ、当該分類ごとにデータ分析技法を適用することによって、工事進捗度に異常性が認められる工事を特定
  • 工事進捗度と工事原価総額に占める発注済額の関係性を可視化し、標準曲線から乖離(かいり)する工事契約について、最新の工事工程表を入手し、工事原価総額の見積り変更要否の判断について工事責任者に質問
  • 構成単位の監査人と連携して、ネットワーク・ファームの評価専門家を関与させ、工事原価総額の見積りに関する適切性を検証

Ⅲ おわりに

建設業においては、全ての工事進行基準対象工事に見積り要素が含まれており、KAM記載対象として特定の個別工事に絞ることは難しい状況です。他方、KAMはその主たる目的である「財務諸表利用者への監査プロセスに関する情報提供の充実」を図るべく、画一的な記載(ボイラープレート化)をなるべく避けることが望まれています。今後、業界としてKAMの記載をさらに充実化するに当たっては、各社固有の状況や過去の施工経験等の多様な視点も織り込んでいくことが期待されます。

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