表明保証保険とデューデリジェンス
情報センサー2021年7月号 Trend watcher
EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) ストラテジー・アンド・トランザクション 公認会計士 橋本 健
2005年にEY新日本有限責任監査法人に入社後、大手電機メーカー、不動産ファンド、REIT等の監査業務に従事。2009年よりEYストラテジー・アンド・コンサルティング(株)に転籍し、PEファンドを主なクライアントとして、財務DD、ファイナンシャルモデル作成支援等の総合的な財務アドバイザリー業務を提供している。同社パートナー。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。
Ⅰ M&Aにおける表明保証とは
表明保証とは、契約の一方当事者が相手方当事者に対して、特定の時点において一定の事項(<表1>参照)が真実かつ正確であることを表明し、保証するものです。
株式譲渡契約書等のM&Aにおいて締結される契約書には表明保証条項が規定され、買主・売主の両当事者がそれぞれ一定の事項について表明保証を行うことが一般的です。
また、一般的に株式譲渡契約書等においては、相手方に表明保証違反が判明した場合には、株式譲渡等の実行前であればその実行を中止することや、相手方に対して表明保証違反により被った損害の賠償を行うことを規定します。当該規定により、本来は株式を取得する買主が負担すべきリスクについても、売主が表明保証を行った事項についてのリスクは売主が負担することとなり、表明保証が買主と売主の間のリスクを分担する機能を果たすことになります。
売主が一定の事項について表明保証を行わなかった場合は、当該事項については当然に買主がリスクを負担することとなるため、買主としてはリスクに応じて株式の譲渡価額を下げたり、取引の実行自体を躊躇(ちゅうちょ)する可能性も生じます。
売主は、表明保証を行い自らがリスクを負担することによって、取引を安定化させるとともに、高い価格での売却を期待することが可能となります。
Ⅱ 表明保証保険とその必要性
株式譲渡契約書等において通常買主はリスク負担を軽減するためにも売主の表明保証の範囲をできるだけ広くすることを望みます。一方で売主は表明保証の範囲をできるだけ限定することを望むため、表明保証について合意に至るまでに交渉が難航する、または合意に至らないケースも存在します。
また、表明保証の内容について合意がなされても、実際に表明保証違反が判明して買主が売主に対して補償請求を行う場合に、その時点で売主に支払能力がなく補償金が回収不能となるリスクや、売主が外国法人である、または売主が複数存在する場合では、補償金の回収に多大な手間やコストを要するリスクも存在します。
このような、M&Aにおける表明保証違反によるリスクを軽減するとともに、表明保証や補償責任の範囲に関する買主と売主の間の交渉を円滑化するために利用される保険として表明保証保険が存在しています。
Ⅲ 表明保証保険の概要
表明保証保険は、1990年代に英国で販売が開始され、その後欧米では2010年頃から本格的に普及が進んでいます。一方、日本では2015年に初めて海外向け案件の取り扱いが始まりましたが、海外向け案件では書面の準備等、英語での取り扱いが必須であったこと等から、その利用実績は少ないものでした。ただし、近年では、国内案件向けの表明保証保険を取り扱う国内の損害保険会社も増加していることや中小企業向けの表明保証保険も発売されていることから、日本の会社が日本において表明保証保険に加入するケースが増加しています。
買主に対する表明保証保険における補償限度額は、買収価格や売主の財務状況等によりケースバイケースで決められていますが、一般的に買収価格の10〜20%程度に設定されることが多いようです。
また、その保険料は補償限度額の何%という形式で決まることが一般的であり、対象会社の所在地等によりその水準は異なる(<表2>参照)ものの、1〜4%程度とされることが多いようです。
なお、保険料以外にも引受審査時の費用であるアンダーライティング・フィー(200〜500万円)や、弁護士等のアドバイザーに対する費用等が必要になる場合もあります。
当該費用も勘案すると、M&Aの取引規模が小さい場合には、費用対効果の観点から表明保証保険の購入は見送られていましたが、直近では表明保証保険によってカバーされる保証内容をあらかじめ損害保険会社が指定したものに絞ることや、アンダーライティング・フィーが発生しない仕組みで販売することにより、安価で表明保証保険の購入ができるようになっています。
Ⅳ 表明保証保険とDDの関係
M&Aにおけるデューデリジェンス(以下、DD)とは、投資を行うに当たって、投資対象となる企業や事業の価値およびリスク等を調査することをいいます。一般的に、買主は、自ら、またはアドバイザーを起用して、対象となる企業や事業についてDD(ビジネス、財務、税務、法務等)を実施しますが、通常買主によるDDは限られた時間・情報の中で行われるため、必ずしも調査対象に関するリスクや問題点を網羅的に把握できません。そのため、株式譲渡契約等において、DDによって判明していない対象会社に関するリスクや問題点について、売主が表明保証を行うことが重要となります。
ここで、売主が表明保証をした事項について、表明保証保険の補償対象としていれば、DDを実施しなくてもリスクを防げるのではないかと考えることもできます。
しかし、表明保証保険は、買主によるDDが案件の規模や性質に照らして合理的な水準で実施されていることを前提として設計されています。
そのため、DDが合理的な水準で実施されていないと判断された事項については、損害保険会社により、表明保証保険の補償範囲から除外されてしまうこともあります。また、損害保険会社によってはDDを実施する専門家の実績・経験に応じて、保険料率を上げたり、保証のカバー範囲を限定したりすることもあります。
このように、表明保証保険は、買主によるDDを代替するものではなく、DDを実施した上でも避けられないリスクを補完する位置付けにあると捉えることができます。
表明保証保険に加入して、そのメリットを享受するためにも、M&Aの際には適切なDDを実施することが重要です。