情報センサー 2021年3月号

鉄道事業会社のCovid-19環境下における会計上の見積りに関する留意事項

2021年3月1日 PDF
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情報センサー2021年3月号 業種別シリーズ

EY新日本有限責任監査法人 旅客運輸セクター 公認会計士 宇井達彦

主に旅客運輸・不動産・製造業等の国内事業会社の監査業務に従事。当法人の旅客運輸セクターおよび不動産セクターナレッジメンバーとして執筆・研修などの活動を実施。主な共著書に、『不動産取引の会計・税務Q&A』(中央経済社)、『企業への影響からみる収益認識基準実務対応Q&A』(清文社)がある。

Ⅰ はじめに

新型コロナウイルス感染症(Covid-19)の感染拡大とそれに伴う社会活動の停滞は、鉄道事業会社の業績に大きな影響を与えています。輸送人員の落ち込みにより、主要な鉄道事業会社※1における鉄道事業の旅客運輸収入は、2021年3月期第2四半期において、前年同期比で45%減少し、21年3月末における業績予想においても、乗車率の回復は80%程度までとしている会社が多くみられます。さらに、百貨店事業、イベント・レジャー事業、ホテル・旅行事業などにおける営業収益、営業利益の減少の影響も少なくありません。保有路線の特徴や多角化した事業の範囲や程度により、業績への影響の幅があるものの、利益やキャッシュ・フローの源泉である鉄道事業の落ち込みは、短期的な業績影響にとどまらず、将来の成長投資の抑制等にも影響します。また、その他の事業を取り巻く経営環境の変化は、不確実性を伴って、中長期の経営計画にも影響すると考えられます。

各社は、効率化や不要不急の支出削減による営業費用の削減、鉄道事業においては感染拡大防止に取り組むとともにサービス向上による需要喚起(MaaS※2等)の推進、その他の事業においても事業構造改革の検討等に取り組んでいますが、多くの会社がCovid-19前の水準には戻らない前提で業績予想を公表しており、業績の回復には一定の期間が必要であるとしています。短期的な業績への重大な影響に加え、将来の不確実性が高まる中で会計上の見積りが重要な論点となると考えられます。

Ⅱ 21年3月期決算における会計上の見積りに関する留意事項

1. 会計上の見積りに関する全般的な留意事項

企業会計基準委員会により20年4月10日に公表された、「会計上の見積りを行う上での新型コロナウイルス感染症の影響の考え方」では、会計上の見積りに当たり、「不確実な環境下でも、一定の仮定を置き最善の見積を行う必要があり」、「当該仮定が明らかに不合理である場合を除き、事後的な結果との間に乖離(かいり)が生じたとしても誤謬(ごびゅう)には当たらない」とされています。仮定の合理性の有無は、画一的に決定できるものではありませんが、例えば、可能な限り外部機関のレポート等客観的な資料を利用している場合や、不確実性の高い長期予測については一定のストレスをかけた計画を含む複数の計画を総合的に検討・判断している場合などは明らかに不合理ではないと考えられます。一方で、マクロ的な経済予測や業界ごとのアナリストレポートなどに明らかに整合していない仮定や計画は、合理性の有無について慎重な判断が必要です。

また、事業環境の変化が著しく、事業計画等の承認のタイミングやプロセスが通常と異なっていることも考えられます。一方で、会計上の見積りに当たっては、財務諸表作成時に入手可能な情報に基づいて合理的な金額を算出することとされており、このような直近の状況を適切に会計上の見積りに反映できる体制となっているかの確認も必要と考えられます。

2. 繰延税金資産の回収可能性の検討

Covid-19の拡大以前まで、多くの鉄道事業会社においては、鉄道事業の業績は安定しており、繰延税金資産の回収可能性の検討に当たって将来の課税所得等の見積りの不確実性は低かったものと思料します。一方で、当期においては、各社で多額の税務上の繰越欠損金が発生することが見込まれ、企業会計基準適用指針第26号「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」(以下、適用指針)における企業の分類の判断や、企業の分類に応じた将来の課税所得の見積りおよびタックス・プランニングの合理性が重要な論点となります。特に企業の分類の判断において、いわゆる反証規定(適用指針28項、29項)を検討する場合は、翌年度以降一時差異等加減前課税所得がマイナスとならないか、当該計画が合理的に説明可能か等の要件を満たす必要があります。

3. 固定資産の減損の検討

固定資産の減損の検討に当たっては、Covid-19による経営環境の変化自体が減損の兆候に当たらないかの検討が必要となります。

また、認識および測定における将来キャッシュ・フローの見積りにおいては取締役会等の承認を得た中長期計画の前提となった、各事業部門が策定する予算を利用している場合が多いと考えられますが、将来計画における重要な仮定(例えばホテル事業であればADR※3や稼働率など)をどのように決定したかを把握する必要があると考えられます。また、事業構造改革が検討されている場合等は、その検討の進捗状況や機関承認の状況も考慮し、期末日時点の使用状況や合理的な使用計画が反映されているか等の確認も必要と考えられます。さらに、商業施設やホテルなど、将来キャッシュ・フローの不確実性が高いと考えられる場合には、正味売却価額の算定や、使用価値における、主要な資産の経済的残存使用年数経過時点における資産グループ中の主要な資産以外の構成資産の回収可能価額の算定が実務上困難となることも考えられます。その際は、客観的な数値として、不動産鑑定評価書等の取得を検討することが考えられますが、その場合でも、Covid-19の影響や将来の不確実性をどのように織り込んだか等、鑑定評価の前提となる条件を把握することが必要と考えられます。

Ⅲ おわりに

将来の不確実性は会計上の見積りを困難なものとしますが、会計基準は、見積り時点で入手可能な証拠に基づく最善の見積りを求めています。また、財務諸表利用者の意思決定に資する情報を提供するためには、不確実性の高い状況下でも、可能な限り客観的な資料に基づき、合理的な仮定を用いて適正な財務諸表を作成することにとどまらず、どのような仮定を用いたかの説明が求められています。

21年3月31日以降に終了する事業年度より、企業会計基準第31号「会計上の見積りの開示に関する会計基準」が原則適用となります。当該基準は翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼす見積りについて、企業の置かれている状況を財務諸表利用者が理解できる情報を開示することを求めています。将来の不確実性が高まっている状況において、注記内容が開示目的に照らして十分かの検討が必要となります。また、見積り項目が「監査上の主要な検討事項(KAM)」とされる場合には、その記載内容について、財務諸表利用者の観点から、企業の置かれている状況が理解しやすい表現となっているか、会計監査人と十分なコミュニケーションが必要と考えられます。

※1 JR上場4社および日本民営鉄道協会ウェブサイトに掲載の大手民鉄16社

※2 Mobility as a Service

※3 ADR=Average Daily Rate 平均客室単価

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