「企業結合-開示、のれん及び減損」 ディスカッション・ペーパーの公表第2回 のれんの会計処理の改善・その他の論点
情報センサー2020年7月号 IFRS実務講座
IFRSデスク 公認会計士 大島 隼
当法人入所後、外資系を含む証券会社の会計監査及び内部統制監査に従事。2017年より2年間EY Canadaに出向し、現地企業の会計監査及び内部統制監査に従事。19年よりIFRSデスクに所属し、IFRS導入支援業務、研修業務、執筆活動などに従事している。
Ⅰ はじめに
本実務講座では、本誌2020年6月号の第1回に引き続き、国際会計基準審議会(以下、IASB)が20年3月19日に公表したディスカッション・ペーパー「企業結合-開示、のれん及び減損」(以下、DP)で示した予備的見解の内容について解説します。
第2回となる本稿では、のれんの会計処理の改善及びその他の論点を紹介します。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをお断りします。
Ⅱ のれんの会計処理の改善
1. 現行の減損テストモデルの維持
のれんの減損テストの有効性に関して、適用後レビュー(PIR)で特に注目された意見は、現行モデルで認識される減損損失が「too little, too late(少なすぎる、遅すぎる)」というものでした。その原因として、経営者が過度に楽観的な回収可能価額の見積りを行う可能性と共に、CGU(又はCGUグループ)単位での減損テストにおいて、他の資産の含み益や未認識の自己創設のれん等、CGUの回収可能価額が帳簿価額を上回る余裕部分(これをヘッドルームと呼びます)により、取得したのれんの減損が覆い隠される「シールド」の影響が指摘されました。
これを受けて、「シールド」の影響が軽減される減損テストの設計が議論され、財務諸表に認識されていないヘッドルームを追加的なインプットとして用いるヘッドルーム・アプローチ等が検討されていました(本アプローチの詳細については、本誌18年5月号の「IFRS実務講座」をご参照ください)。
しかし、IASBは、のれんは他の資産と共に減損テストをする必要がある以上、減損テストから「シールド」の影響を取り払うことはできず、合理的なコストで減損テストの有効性を大幅に改善することは不可能であるという予備的見解に至りました。従って、本DPでは、現行の減損テストモデルを維持しつつ、第1回で紹介した新たな開示要求により、買収の成果に関する情報ニーズに応えるものとしています。また、経営者による見積りの楽観性については、監査人や規制当局により対処されることが最善とIASBは考えています。
2. のれんの非償却の維持
合理的なコストで減損テストの有効性を大幅に改善できないという予備的見解に至ったことにより、IASBは、のれんの償却を再導入するかについても検討を行いました。のれんの償却、非償却にはそれぞれ固有の限界があるため(<表1>参照)、現行の減損のみのモデルを維持するか、償却を再導入するかで利害関係者の意見は分かれており、IASBは、14名のボードメンバーのうち8名の賛成をもって、現行モデルの維持を予備的見解としました。IASBは、本論点に関して、利害関係者がコメント・レターを通じて新たな視点を提供し、次のステップへ議論を前進させる一助を得ることに強い期待を抱いています。
3. 減損テストの簡素化
現行の減損テストは複雑で、多くの時間と費用を要するため、減損テストの有効性を大幅に低下させることなく、より簡素化された減損テストの方法が検討されました。これに関連し、以下の予備的見解が提示されています。
(1) 年次減損テストの免除
IAS第36号「資産の減損」では、減損の兆候の有無にかかわらず、年度に最低1回のれんの減損テストの実施が求められていますが、減損の兆候がない場合、年次テストのコストがかかる一方で、投資家に有用な情報はほとんど提供されないという意見がありました。そこで、予備的見解は、年次の減損テストの要求を削除し、減損の兆候がある場合のみ、減損テストの実施を要求しています。本簡素化は、のれんのみならず、耐用年数を確定できない無形資産及び未だ使用に供していない無形資産にも適用されます。また、これにより兆候判定の重要性が高まることから、前号の第1回で紹介した企業結合の事後の成果の開示における、企業結合の目的の未達成を、IAS第36号12項の兆候の例示リストに追加することなどがあわせて提案されています。
(2) 使用価値の見積りの簡素化
IAS第36号は、減損テストの使用価値算定において、次のような制限を課しています。
- 将来のリストラクチャリングや性能の拡張から生じるキャッシュ・フローを使用価値の計算から除外すること
- 税引前の将来キャッシュ・フロー及び税引前の割引率を使用すること
予備的見解は、これら二つの制限を削除することを提案しています。前者の削除により、経営者が策定する予算とより整合的なキャッシュ・フローを用いることができ、後者の削除によって、直接算定可能な税引後の割引率(及びキャッシュ・フロー)を利用できることから、現行処理の実務負担を軽減しつつ、より有用で理解可能な情報が提供できるとIASBは考えています。
Ⅲ その他の論点
1. のれん控除後資本残高の表示
のれんは他の資産と異なり、事業評価の一部として間接的にのみ測定でき、個別に売却できないという特性があります。この点に鑑み、IASBは、のれん残高控除後の資本合計を別途、貸借対照表の資本の部に表示することを提案しています。これにより、純資産のうちのれんが占める割合の把握が容易になります。
2. 無形資産の認識範囲
04年のIFRS第3号「企業結合」の公表により、ブランドや顧客関連資産等、のれんとは区別して認識する無形資産の範囲は拡大されました。これについて利害関係者の見解は分かれており、無形資産は識別や評価が困難である等の懸念も識別されましたが、無形資産の範囲を変更すべきであると結論付ける説得力ある証拠を得られなかったため、本DPにおいて現行の規定の変更は提案されていません。
Ⅳ おわりに
IASBは、公表した予備的見解を一つのパッケージとして適用することで、企業のコストを削減しつつ、企業結合の目的や成果に関して投資家にとってより有益な情報を提供することができると考えています。
前記の通り、のれんの償却を巡る議論は意見が分かれているところであり、利害関係者からの積極的なコメントの提出がとりわけ期待されています。