収益認識基準(表示・開示)の解説
情報センサー2020年7月号 会計情報レポート
品質管理本部 会計監理部 公認会計士 大竹勇輝
品質管理本部 会計監理部において、会計処理および開示に関して相談を受ける業務、ならびに研修講師を含む会計に関する当法人内外への情報提供などの業務に従事するとともに、石油・ガス開発業等の監査業務や非監査業務に従事している。
Ⅰ はじめに
本稿では、2020年3月31日に企業会計基準委員会(以下、ASBJ)から公表された改正企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」(以下、本改正会計基準)及び改正企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」(以下、本改正適用指針)等の概要について解説します。また、会計基準等の改正に伴い、20年4月10日に金融庁より、「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則等の一部を改正する内閣府令(案)」等が公表されており、当該内容については、次号において解説する予定です。なお、文中の意見にわたる部分は、筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。
Ⅱ 本改正会計基準等公表までの経緯及び開発にあたっての基本的な方針
1. 公表の経緯
18年3月30日にASBJより、わが国における収益認識に関する包括的な会計基準として、企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」(以下、2018年会計基準)及び企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」が公表されています。2018年会計基準においては、早期適用するにあたっての必要最低限の以下の注記のみを定め、また、収益認識の表示に関しても、収益の表示科目、収益と金融要素の影響(受取利息又は支払利息)の区分表示の要否及び契約資産と債権の区分表示の要否について、財務諸表作成者の準備期間を考慮した上で、2018年会計基準が適用されるときまでに、検討することとしていました(2018年会計基準第80項、本改正会計基準第96-2項)。
- 企業の主要な事業における主な履行義務の内容
- 企業が当該履行義務を充足する通常の時点(収益を認識する通常の時点)
本改正会計基準について、会計処理と同様に開示についても国際財務報告基準(IFRS)第15号「顧客との契約から生じる収益」(以下、IFRS第15号)と同様の定めを取り入れるべきかを含めて、開発過程で審議を行い、19年10月31日に公開草案を公表し、広くコメント募集を行った後、ASBJに寄せられたコメントを検討し、公開草案の修正を行った上で公表に至っています。
2. 基本的な方針
本改正会計基準の審議の過程では、個別の注記事項ごとに有用性を検討し取り入れるものを決めるべきという意見も寄せられましたが、契約の類型はさまざまであり、全ての状況において有用な情報を開示するように定めることは困難であると考えられるとされています(本改正会計基準第101-5項)。したがって、本改正会計基準では、開示目的を定めた上で企業の実態に応じて、企業自身が当該開示目的に照らして注記事項の内容を決定することとした方が、より有用な情報を提供できるとして、注記事項の開発にあたっての基本的な方針として、次の対応を行っています(本改正会計基準第101-6項)。
- 包括的な定めとして、IFRS第15号と同様の開示目的(本稿Ⅲ2.(2)①参照)及び重要性の定めを含めています。また、原則として、IFRS第15号の注記事項の全ての項目を含めています。
- 企業の実態に応じて個々の注記事項の開示の要否を判断することを明確にし、開示目的に照らして重要性に乏しいと認められる項目については注記しないことができることを明確にしています。
Ⅲ 本改正会計基準等の概要
1. 表示
(1) 顧客との契約から生じる収益の表示科目等
顧客との契約から生じる収益を、適切な科目(例えば、売上高、売上収益又は営業収益等)をもって損益計算書に表示します。顧客との契約から生じる収益については、それ以外の収益と区分して損益計算書に表示するか、又は区分して表示しない場合には、顧客との契約から生じる収益の額を注記します(本改正会計基準第78-2項、本改正適用指針第104-2項)。
(2) 顧客との契約に重要な金融要素が含まれる場合の取扱い
顧客との契約に重要な金融要素が含まれる場合、顧客との契約から生じる収益と金融要素の影響(受取利息又は支払利息)を損益計算書において区分して表示します(本改正会計基準第78-3項)。なお、区分処理することとした金融要素の影響の表示については、他の金融要素の影響と合算して表示すること、又は合算して表示した場合において追加の注記をしないことは妨げられないと考えられるとされています(本改正会計基準第157項)。
(3) 契約資産、契約負債又は顧客との契約から生じた債権に関する取扱い
契約資産、契約負債又は顧客との契約から生じた債権は適切な科目をもって貸借対照表に表示します。適切な科目として、本改正会計基準では、<表1>のとおり例を示しています(本改正会計基準第79項、本改正適用指針第104-3項)。
また、契約資産と顧客との契約から生じた債権のそれぞれについて、貸借対照表に他の資産と区分して表示しない場合には、それぞれの残高を注記することが求められています。さらに、契約負債についても、貸借対照表において他の負債と区分して表示しない場合には、契約負債の残高を注記することが求められています(本改正会計基準第79項)。
2. 注記事項
(1) 重要な会計方針
本改正会計基準において、顧客との契約から生じる収益に関する重要な会計方針として、次の項目を注記するとされています(本改正会計基準第80-2項、第80-3項)。
①企業の主要な事業における主な履行義務の内容
②企業が当該履行義務を充足する通常の時点(収益を認識する通常の時点)
③上記①及び②以外に重要な会計方針に含まれると判断した内容
なお、上記②について、本改正会計基準第163項において、「企業が当該履行義務を充足する通常の時点」と「収益を認識する通常の時点」は、例えば本改正適用指針第98項における代替的な取扱い(出荷基準等の取扱い)を適用した場合には、両時点が異なる場合があり、このような場合には、「収益を認識する通常の時点」を注記することになる点が明確化されています。
また、上記③については、例えば本改正適用指針第98項における代替的な取扱い(出荷基準等の取扱い)を適用している場合に、後述Ⅲ2.(2)③「収益を理解するための基礎となる情報」として記載することとした内容のうち、重要な会計方針に含まれると判断した場合等が考えられます。
(2) 収益認識に関する注記
① 開示目的
本改正会計基準第80-4項において、開示目的を次のように定めています。
顧客との契約から生じる収益及びキャッシュ・フローの性質、金額、時期及び不確実性を財務諸表利用者が理解できるようにするための十分な情報を企業が開示すること
また、当該開示目的を達成するため、収益認識に関する注記として、次の項目を注記するとされています(本改正会計基準第80-5項)。
- 収益の分解情報
- 収益を理解するための基礎となる情報
- 当期及び翌期以降の収益の金額を理解するための情報
ただし、上記の項目に掲げている各注記事項のうち、開示目的に照らして重要性に乏しいと認められる注記事項については、記載しないことができます(本改正会計基準第80-5項ただし書き)。重要性の判断については、定量的な要因と定性的な要因の両方を考慮する必要がありますが、定量的な要因のみで判断した場合に重要性がないと言えない場合であっても、開示目的に照らして重要性に乏しいと判断される場合もあると考えられるとされています(本改正会計基準第168項)。
また、収益認識に関する注記として記載する内容について、例えばセグメント情報の注記に含めて収益の分解情報を示す等、財務諸表における他の注記事項に含めて記載している場合には、当該他の注記事項を参照することができます(本改正会計基準第80-9項、第172項、第173項)。
② 収益の分解情報
当期に認識した顧客との契約から生じる収益を、収益及びキャッシュ・フローの性質、金額、時期及び不確実性に影響を及ぼす主要な要因に基づく区分(例えば、製品別や地域別等)に分解した情報を注記することとされています(本改正会計基準第80-10項、本改正適用指針第106-3項)。
また、企業会計基準第17号「セグメント情報等の開示に関する会計基準」を適用している場合、当該会計基準に従って各報告セグメントについて開示する売上高との関係を財務諸表利用者が理解できるようにするための十分な情報を注記することとされています(本改正会計基準第80-11項)。
上記の収益の分解情報を注記するにあたっては、例えば決算発表資料やプレスリリース等で提供されている、より詳細な収益の分解に関する情報を、その開示目的に照らしてどの程度開示すべきかを検討する必要があります(本改正適用指針第106-4項)。
③ 収益を理解するための基礎となる情報
顧客との契約が、財務諸表に表示している項目又は収益認識に関する注記における他の注記事項とどのように関連しているのかを示す基礎となる情報として、以下の事項を注記するとされています(本改正会計基準第80-12項から第80-19項、第179項から第191項、本改正適用指針第106-6項、第106-7項)。
- 契約及び履行義務に関する情報(ステップ1及びステップ2)
- 取引価格の算定に関する情報(ステップ3)
- 履行義務への配分額の算定に関する情報(ステップ4)
- 履行義務の充足時点に関する情報(ステップ5)
- 本改正会計基準の適用における重要な判断
上記の注記にあたっては、履行義務の充足時期などの履行義務に関する情報は、契約の情報等に基づいて開示する必要があり、これらの情報を適切に収集する体制を構築する必要があると考えられます。
④ 当期及び翌期以降の収益の金額を理解するための情報
当期及び翌期以降の収益の金額を理解するための情報として、<表2>の内容を注記するとされています(本改正会計基準第80-20項から第80-24項、第192項から第205項、本改正適用指針第106-8項、第192項)。
なお、従来行われていた、受注高等の未履行の履行義務残高についてはシステムにおいて情報を入手することが可能な企業も多いと考えられますが、<表2>の注記事項では、未履行の履行義務残高の将来における充足時期の情報等を要求しているため、既存のシステムの改修や新たな情報の収集体制の構築を検討する必要があると考えられます。
(3) 工事契約等から損失が見込まれる場合
企業会計基準第15号「工事契約に関する会計基準」における注記事項の定めを引き継いでいます(本改正適用指針第193項)。このため、次の事項が注記されることとなります(本改正適用指針第106-9項、第106-10項)。
- 当期の工事損失引当金繰入額
- 同一の工事契約に関する棚卸資産と工事損失引当金がともに計上されることとなる場合には、棚卸資産と工事損失引当金の相殺の有無及び関連する影響額
(4) 個別財務諸表における取扱い
連結財務諸表を作成している場合、個別財務諸表においては、「収益の分解情報」及び「当期及び翌期以降の収益の金額を理解するための情報」について注記しないことができるとされています(本改正会計基準第80-26項)。また、「収益を理解するための基礎となる情報」の注記を記載するにあたり、連結財務諸表における記載を参照することができるとされています(本改正会計基準第80-27項)。
さらに、連結財務諸表を作成している場合、個別財務諸表においては、本改正会計基準第78-2項、第78-3項及び第79項の表示及び注記の定め(本稿Ⅲ1.(1)から(3)参照)を適用しないことができます(本改正会計基準第80-25項)。
(5) 四半期財務諸表における取扱い
全ての四半期の四半期連結財務諸表及び四半期個別財務諸表において、年度の期首から四半期会計期間の末日までの期間に認識した顧客との契約から生じる収益の分解情報の注記のみが求められています(改正企業会計基準第12号「四半期財務諸表に関する会計基準」第19項(7-2)、第25項(5-3)、第58-5項及び第58-6項)
3. 会計処理に関する改正
2018年会計基準においては、契約資産は金銭債権として取り扱うこととされていましたが、本改正会計基準では、契約資産の会計処理については、IFRS第15号が必ずしもその性質について言及していないこと等を踏まえ、契約資産が金銭債権に該当するか否かについては言及しないとされています(本改正会計基準第150-3項)。
この点、契約資産が金銭債権に該当するかを言及しないものの、本改正会計基準に定めのない契約資産の会計処理は、企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準」における債権の取扱いに準じて処理することとし、また外貨建ての契約資産に係る外貨換算については、企業会計審議会「外貨建取引等会計処理基準」の外貨建金銭債権債務の換算の取扱いに準じて処理することとされています(本改正会計基準第77項)
4. 適用時期及び経過措置
本改正会計基準の原則適用の時期は、2018年会計基準の原則適用の適用日と同じとされていることから、適用の準備にあたっては会計処理のみならず表示及び開示も含めて検討を進める必要があります。具体的な適用時期及び経過措置については、<表3>のとおり定められています(本改正会計基準第81項から第89-4項、第208項から第216項)。なお、会計処理の定めである2018年会計基準のみ早期適用することも可能とされています。