不利な契約-契約履行のコスト
情報センサー2019年12月号 IFRS実務講座
IFRSデスク 公認会計士 上浦 宏喜
当法人入所後、主として半導体製品、硝子製品等の製造業、小売業、ITサービス業などの監査業務に従事。2019年よりIFRSデスクに所属し、IFRS導入支援業務、研修業務、執筆活動などに従事している。
Ⅰ はじめに
国際会計基準審議会(以下、IASB)は、2018年12月に公開草案(ED)「不利な契約-契約履行のコスト」(IAS第37号の改訂案)を公表しました。当EDでは、契約が不利かどうかを評価する目的上、企業が契約の「履行のコスト」を算定するに当たって含めるコストを定めるべく、IAS第37号「引当金、偶発債務及び偶発資産」の改訂が提案されていました。
本稿では、改訂案の概要及び現在の審議の状況を中心に、不利な契約の履行のコストに関する議論の動向を紹介します。なお、文中の意見にわたる部分は、筆者の私見であることをお断りします。
Ⅱ 改訂案の概要
1. 背景
現行のIAS第37号は、不利な契約を「契約による債務を履行するための不可避的なコストが、当該契約により受け取ると見込まれる経済的便益を上回る契約」と定義し、当該コストは、「契約履行のコスト」と「契約不履行により発生する補償又は違約金」のいずれか低い方であると述べています。しかし、IAS第37号は、「契約履行のコスト」の範囲を定めていないため、企業間の比較可能性が損なわれている可能性があります。
加えて、IAS第11号「工事契約」の廃止により、不利な契約にどのコストを含めるべきかを明確化するよう求める要望があり、IASBは、このような懸念に対処するために、18年12月にIAS第37号の改訂案を公表し、「契約履行のコスト」の算定方法の明確化を提案しました。
2. 会計処理
改訂案では、下記二つのアプローチのうち、直接関連コスト・アプローチが、契約履行の全てのコストを含んでいるため、より忠実な表現を提供するとして採用されました(ED.BC16~18より)。
① 増分コスト・アプローチ
当該契約がなかったとした場合に企業が回避することとなるコスト(すなわち、契約の増分コスト)のみを含める。
② 直接関連コスト・アプローチ
当該契約があることにより企業が回避できない全てのコストを含める。そうしたコストには、契約の増分コストと、契約を履行するために必要となる活動について生じる他のコストの配分が含まれる。
上記直接関連コストには、具体的には<表1>の項目が含まれます(ED.68Aより)。
なお、一般管理費は、契約により相手方に明示的に請求可能である場合を除いては、契約に直接関連するものではないとされています(ED.68Bより)。
そのため、従来、企業が増分コスト・アプローチ及びその他の方法を採用していた場合は、会計方針の変更として対応する必要が生じる可能性があります。具体的には、増分コスト・アプローチを採用していた企業が、増分コストのみを考慮し、個々に収益性があると判断した長期のサービス契約等について、直接関連コスト・アプローチが採用されることにより、共通のコストを含めて考慮した結果として、収益性がないと判断される場合には、企業が不利な契約に係る損失を早期に認識する結果を生じる可能性があります。
なお、本公開草案は狭い範囲での修正であることから、新たな開示要求は提案していません。
3. 経過措置
すでにIFRS基準を使用して報告している企業については、IAS第8号による完全遡及(そきゅう)適用は要求されていません。企業は本改訂による修正を、当該修正を企業が最初に適用する事業年度の期首(適用開始日)現在で存在する契約に適用しなければならず、比較情報を修正再表示してはなりません。その代わりに、企業は修正の適用開始日現在の利益剰余金(又は、適切な場合には、資本の他の内訳項目)期首残高の修正として認識しなければならないとされています。(ED.94Aより)
IFRSの初度適用企業については、IFRS第1号では、IAS第37号の要求事項に例外や免除が設けていないこととの整合を取り、特段の経過措置は設けられていません。
Ⅲ 現在の審議の動向
公開草案でコメントを募集していた次の三つの項目に対して、19年5月のIASBの会議において、フィードバックの要約が完了しています。
① 契約履行のコストは契約に直接関連するコストを含むと定めるべきであることに同意するか否か
② 公開草案で列挙された契約に直接関連するコスト及び直接関連しないコスト及びそれらのコストに追加すべき他の例に関するコメント
③ その他のコメント
要約されたフィードバックについては、順次、IASBによる審議の上、方針が決定される予定です。
19年9月のIASB会議において、一つ目の項目に関するフィードバックについて審議がなされました。審議の結果、IASBはこの公開草案を、契約が不利であるか否かの評価の目的のために、契約履行のコストを決定するに当たり、どのようなコストが含まれるべきかを明らかにするIAS第37号の狭い範囲の改訂とすることを決定しました。特に、公開草案で提案された通り、当該契約履行のコストには契約に直接関連するコストを含めるべきであることを暫定決定しました。