英国における「義務的開示制度(MDR)」の法案の公表について
情報センサー2019年11月号 JBS
ロンドン駐在員 公認会計士 松川 拓郎
2006年、当法人に入所。製造業、情報通信業をはじめとする上場企業の会計監査を中心とし、会計基準に関する執筆活動にも従事。18年よりEYロンドン事務所に駐在。会計・税務を中心に、M&AやBrexit関連業務など、幅広いサービスを提供。
Ⅰ はじめに
欧州連合(EU)理事会は、2018年5月25日に報告対象のクロスボーダー・アレンジメントに関する税務情報の開示義務(Council Directive on Administrative Cooperationの第6次改正:DAC6)を正式に承認し、18年6月25日より施行しています。
このEU指令は、仲介者(EUを拠点とする税務コンサルタント、銀行、弁護士を含む)および場合によっては納税者に対し、一定のクロスボーダー・アレンジメント(報告対象アレンジメント)を関連するEU加盟国の税務当局に報告することを義務付けるものです。
EU加盟国は、19年12月31日までに国内法で当該EU指令を実施する必要があり、これまで幾つかの国にて義務的開示制度(Mandatory Disclosure Rules:MDR)に関する草案が公表されています。
19年7月22日に、英国政府は一定のクロスボーダー・アレンジメントに関する税務情報の開示義務の国内法案化のため、法案を公表しました。当該法案は、現在パブリックコンサルテーションに付され、19年10月11日までコメントが募集されています。そして、パブリックコンサルテーション文書では、英国の税務当局である歳入関税庁(HM Revenue & Customs:HMRC)が当該法制をどのように解釈し適用するかについて明確化しています。本稿では、当該法案の内容を解説します。
Ⅱ 制度の概要
1. 対象となる税の範囲
英国の法案はEU指令のDAC6に準拠しており、付加価値税、関税、物品税、および義務的な社会保障拠出金を除く全ての税に適用されます。そして、一定の特徴・特質(ホールマーク)を有するクロスボーダー・アレンジメントが報告対象となります。
2. 報告対象アレンジメント
EU指令によると、報告対象アレンジメントは以下の要件を満たすものとされています。
- アレンジメントがクロスボーダー・アレンジメントの定義を満たすこと、かつ
- アレンジメントがホールマークに一つでも該当すること
なお、クロスボーダー・アレンジメントとは、複数の加盟国または一つの加盟国と第三国に関するアレンジメントと定義されます。
3. メインベネフィットテスト
英国政府のパブリックコンサルテーション文書では、当該アレンジメントに参加する者の動機(目的)ではなく、アレンジメントを作成したことにより、参加者が享受するであろう主な便益(メインベネフィット)の一つにタックスアドバンテージが含まれるかどうかが考慮されなければならないとされており、メインベネフィットテスト(MBT)が客観的なものであることを明確にしています。
4. タックスアドバンテージ
英国のパブリックコンサルテーション文書はタックスアドバンテージとして以下のとおり、広い定義を示していますが、これに限られるものではありません。
① 税額の減免または減免の増加
② 税額の還付または還付の増加
③ 税の賦課の回避あるいは軽減
④ 税の賦課の可能性回避
⑤ 納税の繰延または還付の前倒し
⑥ 税の源泉徴収または計上義務の回避
5. ホールマーク
ホールマークとは租税回避行為のリスクを秘めたクロスボーダー・アレンジメントの特徴・特質を指します。これらには、金額規模による適用除外がないことに留意が必要です。また、ホールマークの中には、MBTを満たした場合にのみ報告義務が発生するものがあります(<表1>参照)。
6. 適用時期
EU指令と同様に、英国における報告義務は20年7月1日から、関連する国・地域間の情報交換は20年10月31日から開始するとされています。ただし、移行期間中の18年6月25日から20年7月1日までの間に開始されるアレンジメントについても、上記要件に該当した場合には当該法令が適用される可能性があります。
7. ペナルティー
英国の法案には、仲介者および関連する納税者が報告対象情報の報告および情報提供要件への対応を怠った場合などの詳細な罰則規定が含まれています。それぞれの項目によって、期間に応じた1日当たり最大600ポンド(一定のものについては定額で最大5,000ポンド)のペナルティーがあります。年次報告作成要件を順守しなかった関連納税者は最大5,000ポンド、および過去に同様の不履行があった場合は最大10,000ポンドのペナルティーが科せられます。しかし、ペナルティーが十分ではないと判断された場合、最大100万ポンドまで増額される可能性があります。
Ⅲ おわりに
英国はEUから離脱することを模索している状況ですが、国際的な租税回避行為への対応に取り組み、そして経済協力開発機構(OECD)およびG20に積極的に関与する意思を示しています。
英国で事業を行っている仲介者・納税者は、報告対象となるクロスボーダー・アレンジメントの有無を適切に判断するため、関連情報を収集・評価し、必要に応じてアレンジメントを記録・報告できる仕組みを構築し、英国と他の現地国双方の義務を果たすことができるよう、準備を整えることが求められます。
<参考文献> 英国歳入関税庁(Her Majesty's Revenue and Customs/"HMRC"):International Tax Enforcement: disclosable arrangements
EY Global Tax Alert 19 August 2019: United Kingdom publishes draft proposal on Mandatory Disclosure Rules
EY Japan tax alert 2019年9月10日号:英国、義務的開示制度(MDR)法案を公表