DXレポートの意義
情報センサー2019年10月号 EY Advisory
EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング(株) 福田 重遠
RPAサービス開発やアドバイザリーサービスなど、AIを含めた先端テクノロジーのリスクマネジメントやガバナンス高度化に関するアドバイザリーサービスに従事している。
Ⅰ はじめに
2018年9月7日に、経済産業省より『DXレポート~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~』が公表され、日本企業におけるITシステムの現在の課題と日本企業の国際競争力向上という観点で強く求められているデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進上の課題について言及されています。本稿では、そもそもDXとは何か、今後具体的にどのようなことが求められていくかという観点からDXレポートについて解説します。
Ⅱ DXとは何か
1. DXの定義
2004年にスウェーデンのウメオ大学エリック・ストルターマン教授がDXを「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」概念として提唱しました。最近では、IT専門調査会社IDC Japan(株)が、「企業が外部エコシステム(顧客、市場)の破壊的な変化に対応しつつ、内部エコシステム(組織、文化、従業員)の変革を牽(けん)引しながら、第3のプラットフォーム(クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス、ソーシャル技術)を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネスモデルを通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位性を確立すること」とDXを定義しています。つまり、DXは新しいIT技術やサービスを活用し、製品、サービスあるいはビジネスモデルに組み込み、新しいビジネスモデルの創造や変革を引き起こすものと定義されています。この定義を理解した上で、DXに取り組むに当たっての課題とその対処方法を考えることは大切です。
2. DXレポートの主張とその留意点
DXレポートでは、現在の情報システム産業とユーザー企業側の課題を広く考慮した上で、具体的には以下の課題を明確にしています。
① 最新のデジタル技術を活用し、ビジネスモデルをどう変革させるかという視点が、各社の経営戦略に欠けている。
② 日本企業において、レガシーシステム(技術面で老朽化、肥大化、複雑化したシステム)が多く存在し、かつ、システムの中身がブラックボックス化しているため、最新のデジタル技術を導入することが容易ではなく、足かせになっている。
③ 情報システム業界の人手不足により情報システムに関する費用が高騰しており、レガシーシステムの保守運用費が技術的負債となっている。
④ 情報システム業界の人材不足と高齢化、ソフトウェアの保守の終了、さらに老朽化したシステムの脆弱なサイバーセキュリティーやシステムトラブルの増加で、2025年以降、年間12兆円の経済損失が発生する可能性があるという「2025年の崖」問題が顕在化する。
DXレポートは、DXに取り組むに当たっての課題提起が主な内容となっていますが、特に重要な点は、経営戦略の中でDXによってビジネスをどのように変えるのかという明確な指示が提示されていないこと、最新のデジタル技術を活用しようとしてもシステムのレガシー化(老朽化、陳腐化)がその足かせになっている可能性があること、レガシーシステムの存在により、2025年以降システムを起因とした経済損失が年間最大12兆円発生する可能性があることが言及されているという点です。DXという文脈の中で、システムのレガシー化問題が取り上げられていることは海外では少なく、日本のDXレポートの特異な点といえます。システムのレガシー化という問題は以前からあり、IT技術の進歩の中で採用した技術が陳腐化しているということは頻繁に発生しています。新たなシステムとレガシーシステムとの間でデータ連携がうまくいかない、レガシーシステムの設計時の文書が残されていないためシステム処理上の影響度が不明といった要因で、最新デジタル技術の導入を断念するケースも多く発生しています。つまり、各企業がDXを推進しようとしても過去のシステムがある企業では簡単に導入できない事情が多く生じています。さらに<図1>にあるように、ITの管理が不十分なためにシステムのレガシー化問題が生じている側面もあります。
Ⅲ 今後、DXで求められること
DXは世界的に普及している言葉で日本でも定着しています。今後、各企業がDXに取り組むときの留意点は以下となります。
1. 経営戦略と融合して進める
DXレポートでも言及しているように、経営戦略への取り込みが必要です。従来のIT化は企業の管理業務の効率化という視点が強く、売上を拡大していく要素は低いものでした。しかし、DXの場合、最新のデジタル技術を使い、顧客にどのようにコンタクトするか、どのようなルートで売るか、さらに、営業で得られたデータをシームレスに企業の各管理業務と連携させ、業務運用全体をデジタルのチェーンで結びつけることが目標であるため、売上を拡大していく要素が求められます。
2. 現在と将来のビジネスモデルの在り方を考える
レガシーシステムはDXレポートでは老朽化、陳腐化したシステムと定義されており、さらにレガシーシステムは現在のビジネスモデルに柔軟に対応できないシステムともいえます。短期的な視点のみでユーザー要件を取り入れた結果、さまざまな機能が入ったものの、結局、ビジネス形態が変化したため使われていない機能が増え、複雑化し、これまでとは違うビジネス要件への対応が難しくなるということもあります。技術進歩やビジネスが変化している中では、システムのレガシー化は常に起こる問題であり、これに対処するには定期的にビジネスプロセスの変化を検証し、最新の技術動向を注視していくことが求められます。特に、昨今の新しいデジタル技術については、その特質、例えば機械学習だとデータを数万件以上読み込ませないと特徴量が見出せないとか、読み込ませるデータに偏りがあると正しく分析が行えない等を理解した上で導入を検討していくことが重要となります。最新のデジタル技術活用に関しては社内人材だけではなく、社外の専門家を起用し検討していくことも必要です。
3. IT人材の育成と高度化
DX推進については、IT部門にとどまらず、営業や管理部門を含めてITナレッジやスキルの向上が必要となります。昨今、Excelのマクロを組むだけではなく、RPAの普及によりユーザー部門でもRPAのプログラムを組む人が増えています。RPAはフローチャートを作る感覚でプログラムを作ります。これは、IT部門に属さない人が簡単にITに接する機会を作った点でも大きな意味合いがあったと思います。また、AI(人口知能)もPythonやクラウドサービス上で提供されるものを含めるとその種類も増え、ユーザーが使いやすい環境が急速に増加しています。これらの動きはDX推進の大きな原動力となります。DXは最新のデジタル技術と業務との組み合わせがあって実現します。より広範な社員がITリテラシーを向上させ、最新デジタル技術を使うことへの抵抗感を減らすことがDXにおいては重要です。
Ⅳ おわりに
DXレポートは「2025年の崖」問題という衝撃的なワードもあり、非常に注目されているレポートの一つです。レポートの構成や論旨は日本のIT業界およびユーザー企業で抱えている本質的な課題を突いており、最近、至るところで引用されています。重要なポイントは単にデジタル技術の適用という問題ではなく、経営者自らが最新のITやデジタル技術の動向に関心を持ち、現状のビジネスモデルを検証し、将来像を描くことの重要性を説いている点だと私は考えています。EYは会計監査、税務、M&A、IT、人事等の幅広い領域での業務と接点がありますが、この中でDXが関係しないものはありません。DXについても、EYはクライアント企業にさまざまな形で支援をし、その支援を通じて、多くのノウハウを有しています。