エコシステム形成戦略の策定と実践-Digital M&Aで企業価値を高める
情報センサー2019年2月号 Trend watcher
EYトランザクション・アドバイザリー・サービス(株)
EYパルテノン 中川 勝彦
企業変革、M&A、グローバル市場参入、組織・事業再編等の経営重要課題に対する多くの実績を持ち、日系企業経営トップレベルとのプロジェクト、セッションを通じて日本社会の変革をリードする取組みを行っている。また、日本のデジタル・テクノロジーリーダーとしてエコシステム戦略、デジタル戦略、デジタルトランスフォーメーションを実施する上で新たなコンサルティングスタイル、プラットフォームの導入を推進している。EYトランザクション・アドバイザリー・サービス(株) パートナー。
Ⅰ ディスラプションによる業界構造変化に対応する、エコシステム形成戦略の必要性
デジタルによるディスラプションは、破壊するだけのパワーをもって、これまでの産業・業界構造を根本的に変えつつあります。長年にわたり業界内の固定化された企業同士で競い合う売上げや利益規模追求のための施策はすでに意味をなくし、従来の競争戦略さえも効果を失いつつあります。モノに価値の源泉があったこれまでの工業化社会では、資本関係を持ったグループや系列企業が、垂直統合型の組織形成をはかることで規模の経済を追求し価値を創造することができました。
一方、デジタル化社会ではモノからサービスへ、ハードウエアからソフトウエアへと価値の源泉が移行しており、サービスやアプリケーションの利用者が増えるほど、事業価値を飛躍的に高めるネットワーク効果を追求した価値形成を図る必要があります。
日本企業は「企業系列」といわれるように、部品メーカー、完成品メーカー、販売会社といった異なる業種を垂直統合したバリューチェーンを形成することを得意としてきました。製造、金融などの主要産業は、強固な企業系列やグループ群を形成することで、国内のみならず世界市場での競争力を高めてきました。こうして形成されてきた関係があまりに強固でありすぎたため、企業系列やグループ群を維持することが戦略上の主要なアジェンダとなってしまい、系列、グループの外から資源を取り込んで新たなエコシステム形成に向かうことを阻害しています。
グローバルでは、国や業界をまたいで高付加価値企業やベンチャー企業が柔軟に関係性を築き、新たなエコシステム形成を押し進めています。日本だけが、価値が低減している企業を系列やグループ群であることを理由に守り続けることは、もはや不可能であり死活問題となりかねません。
デジタルテクノロジーの進化に伴い、これまで交わることの少なかった異なる業界の境界線が融合し、業界間の協業・競争が容易になる環境の中で共生し合う関係性をベースにしたビジネス生態系(エコシステム)の形成がグローバルレベルで進行していることを理解し、戦略を策定する必要性があります。
Ⅱ Digitalツールを活用したエコシステム戦略の策定と実践
ではどのようにエコシステム形成戦略を策定すればよいのでしょうか。エコシステム形成を進める上では、まず、どのようなメガトレンドが既存業界と自社ビジネスモデルに影響を及ぼしているのかを明確にし(<図1>参照)、それらメガトレンドが引き起こす将来の市場構造の枠組みを描き、新たな自社のポジションを定義する必要があります。例で示したように今後訪れるモビリティ社会では、自動車、流通小売、インフラ、通信など多くの産業が関与してくることになります。
次に、将来の社会構造からバックキャスティングをして、自社としての非連続な価値創出のシナリオを構築します(<図2><図3>参照)。その際に役立つのが、複雑なエコシステムを視覚とデータで分析・把握するためのAIやアナリティクスといったデジタルツールの活用です。戦略立案のために経営者が答えを出すべき次の五つの論点を検討することが可能となります。
① 既存業界がどのようにディスラプトされているのか
② 自社、競合他社がどのようにエコシステムを形成しているのか
③ 自社、競合他社はどこにどれほど投資をしているのか
④ 誰と誰がどのようなエコシステムを形成しつつあるのか
⑤ 自社の価値創出のために誰と組むべきなのか
最後に、エコシステム戦略を実践するために協力すべき相手を選定するには、これまでの財務・市場・経営者などの情報に加えて、既存の枠組みに固執していないか、企業文化の一致はあるか、相手の技術アセットとのシナジーはあるか、といった評価ポイントを持ち合わせて実施していくことが必要です。