モデリングの現場と将来への展望
情報センサー2018年新年号 Trend watcher
EYトランザクション・アドバイザリー・サービス(株)
バリュエーション&ビジネスモデリング チーム 何 敏
中国上海出身。外資系投資銀行を経て、2011年にEYに参画。ファンド、商社、一般事業会社など、さまざまなクライアントに対する、M&A、会計または税務目的の株式価値算定業務、および国内・海外投資案件に関わるモデリング業務に従事。EYトランザクション・アドバイザリー・サービス(株) アシスタント・ディレクター。
Ⅰ はじめに
モデリングはEYが提供するサービスの中で、近年急成長している分野の一つです。以前からモデリングを好んで使用するファンドや商社のみならず、一般事業会社から依頼を受ける機会も年々増加しています。
モデリングを一言で紹介すると、スプレッドシートのテーラーメイド業務で、各企業の現場担当者のニーズ(投資採算の確認、株式価値の算定、工場稼働率の最適化など)に合わせて構築されるシミュレーションツールのことです。そこに、財務・会計・税務の高度な専門的要素を複合的に組み合わせられるかが最も重要なポイントです。
Ⅱ モデリングの現場
1. 経済性シミュレーションモデル
モデリング業務の典型モデルとして、EYはここ数年間、主にファンド、商社および一部の事業会社に対し、新規投資案件の経済性シミュレーションモデルを提供してきました。対象会社は国内・国外とさまざまであり、複数国をまたぐケースもしばしばあります。また、対象事業は太陽光・火力などの発電事業をはじめ、液化天然ガス(LNG)上流事業、送電線事業、空港コンセッション事業、道路コンセッション事業など多岐にわたります。
経済性シミュレーションモデルの場合、アウトプットの典型例として、スポンサーにとってのEIRR※1や投資回収期間などと、レンダーにとってのDSCR※2やPIRR※3などがあります。
2. 事業計画シミュレーションモデル
近年、事業会社では事業計画策定の局面において、積極的にモデリングを使用する傾向にあります。背景として、従来、経営陣が現場担当者に求める事業計画の策定は売上高や営業利益などのハイレベルな項目にとどまるケースがほとんどであったものの、近年は積み上げ方式でより緻密な計画の策定が要求されるようになりました。また、現場担当者の社内説明要請が日々強まる中、投資判断をする際の参考資料として計算ロジックが読み取れない紙ベースの報告書だけでは情報が十分でないことも、モデリングに対しての需要が増えている一因です。
3. 業務改善シミュレーションモデル
また、近年、業務改善のモニタリングや結果のシミュレーションツールとして、モデリングが使用されるようになりました。従来、SAPのようなシステムを使用するのが一般的でしたが、膨大な費用と時間を要することが難点でした。一方、モデリングはSAPほどの厳密性はないものの、短納期で比較的安い費用で分析ツールを入手できるのが最大のメリットです。以下、直近で実施した業務改善シミュレーションモデルの事例を一つご紹介します。
ある製造販売会社から、業務改善の一環として最適生産量・在庫量の分析を目的としたモデリングを依頼されました。そこでは、製造プロセスにおいて原材料から製品在庫に至るまで外注に加え複数の工程が存在し、一定の設備のもとで多品種を生産していました。こうした中、最適生産量・在庫量をタイムリーに報告することが要求されました。
従来、この製造販売会社はスプレッドシートを用いて一定の管理やシミュレーションは行っていましたが、使用方法や管理プロセスが非常に煩雑化していました。EYはモデリングの専門家として、既存のシートを収集し、複数回のヒアリングを通じ、管理プロセスを理解しました。その後、スプレッドシートの再設計・再構築を行い、管理プロセスを簡素化したことにより、依頼企業の業務改善をサポートしました。
Ⅲ モデリングの将来への展望
EYのモデリングの領域における最大の強みは、業務として分離不可分な税務および会計の機能がEYグループ内に備わっており、一貫したサービスが提供できることです。今後は、モデリングを、さまざまなコンサルティング業務とセットでサービスを提供することが可能になると考えており、より幅広く他分野の専門家と共同で案件に取り組む機会も増えていきます(例えば、排出ガスのシミュレーション、商業ビルの集客シミュレーションなど)。
また、モデリングはデータアナリティクスとの融合により、これまでとはまったく異なる視点からの分析が可能となり、新たな問題解決の切り口が見つけられると期待されています。さらに、近い将来、スプレッドシートとその他データアナリティクスツールとのマルチアプリケーション間の互換性が増していくにつれ、モデリングでの分析結果を簡単に他のアプリケーションでより直感的に分かりやすいビジュアライゼーションで紹介することが可能になります。
※1 Equity Internal Rate of Return:スポンサーの投資利回りを示す指標
※2 Debt Service Coverage Ratio: プロジェクトキャッシュフローの返済能力を示す指標
※3 Project Internal Rate of Return:プロジェクト全体の投資利回りを示す指標